二章 開門

(1)

「きたで悟ちゃん。ビンゴや」


 言いながら操はパチリと指を鳴らせて見せた。


「見つかったのか!?」

「せや。と言っても、まだ俺も実物とは出会ってへん。あくまで、どこにあるかっていう情報や」

「十分だよ。さすがだな。今回はどうやったんだよ?」

「トップシークレットや。それに、マジックの種なんか知っても興醒めするだけや」


 操の情報収集のスピードは折り紙つきだが、今回もその力は遺憾なく発揮されたようだ。

下級生、上級生も満遍なく取り込んでいる人間関係の強さが操の情報経路を強固でスピーディーなものにしているのだろうと予測はしてみるものの、きっと操が活用しているのはそれだけではないだろう。

 その世界はいくら悟が聞いた所で教えてくれそうにないので、操のマジックに素直に称賛を示しておく。大事なのはそんな事じゃないからだ。


「それで、どこにあるんだよ?」

「灯台下暗し。なんや以外と近いとこにあるみたいやで。こっからやとだいたい2、3時ぐらいか」


 操の話によれば、目的のブツは隣県の件という雑貨屋に存在しているという。

 件と聞けば、オカルト好きの悟は顔は人間、体は牛の有名な妖怪を思い浮かべた。果たしてその雑貨屋がそこから名前を拝借したかどうかは分からないが、その店名に悟は根拠もなくリンフォンの可能性を感じた。


「じゃあ、今週の土曜にでも覗きに行ってみるか」

「せやな」







「何だよ……」


 土曜日。

 悟は件があるという場所の最寄駅に到着していた。

操のおかげでリンフォン探しは順調な滑り出しを見せた。そして今日、操と共に件を訪れる約束をした。

 しかし、駅に到着して間もなく操から連絡が入った。


「悪い。どうしても今日は行かれんくなってしもた」


 もっと早くに連絡をくれれば良かったのにと文句を垂らす悟を軽くかわし、操は通話を切ってしまった。


「一人で行くしかないか」


 諦めのため息をつき、操は見知らぬ土地を歩き始めた。

 初めて降り立った土地は、繁栄とは縁を切り、新たな文化を取り入れる事を断絶する代わりに、これまで育て上げた古き慣習、文化、歴史を重んじるような、下町感溢れる風情のある街並みだった。

 でかでかと掲げられた古臭い商店街の看板の先に続くアーケードは煌びやかさはないが、落ち着いた和やかな空気が行き交う人々を暖かく迎えいれた。


 アーケードを抜け、線路を挟んだ先に「件」は静かに立っていた。

 その佇まいは、雑貨屋という前情報がなければ民家と見紛うようなものだった。しかし扉の前に置かれた立て看板に書かれた「件」の文字が、紛れもなく目的の店である事を証明していた。

 引き戸になっている入口を開けようと、戸を横にずらそうとすると、ががっと溝に詰まり潤滑に扉は開かれず、ぐっと一力加える事でようやく人が入れる程のスペースが空き、悟はその隙間に体を滑り込ませた。

 古びた扉に出鼻をくじかれたが、店内に目を向けると、そこは見事に雑貨屋そのものだった。


 雑貨というだけあって色々な品が並べられていた。しかし、本当にただ商品を並べているだけと言った感じで、配置も種類もあまりにもあべこべなものだった。

 クリスタルのような透き通った小石の横に、急に小さなリアルな牛の置物があったりと、ここの店主はレイアウトのセンスが全くないか、はたまたただの無頓着か。とてもじゃないが、高校生の悟から見ても商売をしようと思っているとは到底思えない様子だった。だが、そのどこか崩れた雰囲気が悟の期待を膨らませた。

 ここに、リンフォンがある。

 正直、都市伝説でしかない存在が実在しているとは俄かに信じがたいものがあった。操がどうやって情報を得たかは知らないが、この件にあると言われているリンフォンが本物かどうかなんて冷静に考えれば非常に疑わしい。

 それでも期待をしてしまうのだ。オカルトに興を惹かれた者として、そのオカルトに実際触れてみたいと思うのは至極当然の思考だった。


 悟は店内をゆっくりと見て回った。しかし、見れば見る程、統一感がない。

 よく分からないキャラクターのマトリョーシカ。葉っぱを傘替わりにしたアマガエルの置物。英字新聞を便箋にしたようなもの。時代劇で出てきそうな案山子傘。

 色んな品が転がっているが、リンフォンと思われるような品は見当たらない。

 雑貨屋と言っても、民家の一室をだだっ広くくり抜いて無理矢理商品を詰め込んでいるような部屋だ。広さは知れている。狭い店内を一周するのに5分もかからなかった。

 結果、地獄を開くパズルは見つけられなかった。


 悟はがっくりと項垂れた。

 妙に期待が高まっていたので尚更ショックは大きかった。


「まあ……そりゃそうか」


 思わず自嘲的な笑いが漏れた。

 自分は何を期待していたのか。

 口裂け女が本当にいたか? トイレの花子さんが本当にいたか? 耳から出た白い糸を引っ張って失明などするか?

 どれもこれも、ただの噂だ。湾曲し面白おかしく語られ流布された都市伝説という名のエンターテイメントだ。

 実在などしない。ちょっと考えれば分かる事だった。


 ――帰ろう。


 あるわけないのだそんなもの。少しでも信じて熱くなった自分を悟は恥じた。こんな事の為に休日を無駄にした。

 そう思い、悟は店の外に出ようとしたその時


「欲しい物は、見つからなかったかい?」


 ふいに背後から声が聞こえた。

 驚いて振り返った先にいたのは、豊かな白髭と白髪を携え、小さな丸眼鏡をちょこんと鼻の上にかけた丸顔の老人だった。

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