My world
見鳥望/greed green
プロローグ
*
手段はいくらでも目の前に転がっている。当たり前だ。ここはその為の世界。必要な物は全て揃っている。そして後はそこから自分が何を選び取るか。それだけだ。
退屈。
何千、何万回と用意された退屈を手に取り、既存の方法に従って成すべき事を執り行う。
繰り返し、繰り返し、繰り返し。
終わりなどなく。
「あーあ、まーたろくでもない奴が来たな」
パンパンに膨らんだ風船のような腹をぶよぶよと揺らしながら、真横で同じように退屈を貪る先輩は心底うんざりといった様子で呟いた。
「めんどくせえな」
先輩は今しがた現れた存在に対して、まるで脳筋を使う気はないようだった。
――それでいいのか?
ずっと渦巻いていた疑念が頭の中をまたかきまぜる。
最初は僅かな、ごく矮小な想いだった。気付かぬふりどころか、自分自身ですら確証のない針の穴程度のものだった。
だが、繰り返せば繰り返すほどに穴が広がっていった。
こんな事をただずっと繰り返すだけでいいのか。
そう思っているのは自分だけではない。九割九分の者達が同じ想いを持っている。だがそこから何かを変えようと思う者は一切いなかった。
退屈に思いながらも、それを打ち破る為に何の面白みもないこの世界にひび一つ入る事すら恐れていた。
――つまらない。
この世界も。ここにいる者達も。そしてその世界で、同じように振舞う自分も。
「先輩、ちょっといいですか?」
「なんだあ?」
いい加減に飽きた。
このままじゃ、一生何も変わらない。
――終わりにする。せめて俺だけでも。
もう限界だ。例えそれで自分自身の世界がバラバラになっても、取り返しのつかない事になったとしても。
「あれの処理、俺がやってもいいですか?」
そう言って、俺はろくでなしを指差した。
「あ? もちろん、かまわねえが」
どうなろうが、俺の責任でしかない。俺の世界が変わるだけだ。
変えてやる。
誰もやった事のない世界に。
「おい」
「はい?」
先輩がつるつるな自分の頭皮を手のひらでさすりながら、にやついた顔で俺の顔をまじまじと見つめた。
その目は俺の心の全てを見透かしているようだった。
「なんですか?」
「お前、何考えてる?」
先輩が侮れない存在である事を、たまに見せるその目で思い出す。
普段の業務では脳みそなんか使わず、ただ体に染み込ませた習慣だけで動いているような存在だったが、それは脳が使えないわけじゃなく、必要最小限に活動を抑え、使う時にその力を引き出せるように、脳を休めているだけなのだ。そんなふうに俺は先輩を分析していた。そして今、先輩の脳みそは動いている。
「どうなっても、責任は自分でとれよ」
今回はどこまで見えているのだろう。
だがその言葉でこちらの思惑のだいたいは掴んでいるようだった。
「分かってます」
本当に駄目なら、止めるはずだ。
本当は皆見たいのだ。
この世界に傷がつくのを。その傷に野次馬のように集りたいのだ。
その様を思い描いて俺は思わずにやけた。
――楽しみだな。
「おい」
先輩の顔からは先程までのにやつきは消えていた。
自分の口元をきっと引き締めた。威圧感のある先輩の真顔に、少しばかり緊張が走った。
しかししばらくして、その顔が破顔する。
そして一言、俺の背中を押した。
「せいぜい、楽しめや。お前の世界を」
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