あたしのプロローグ

 10月16日

 果たして、この手紙を手にする人はいるのだろうか。いや、きっといないよね。いないという前提で、いないと信じて、あたしはあたしが思うまま、好きなように書いてみようと思う。

 もし、万が一、これを受け取ってしまった人がいたら、すぐに捨ててください。内容は絶対に読まないで。読んだら許さないから。……なんて、ここに書いても仕方ないか。


 ――あたしは、何か間違ってた?

   あたしは、何を間違えた?

   あたしは、いつから間違えてた?


 いつもわからないや。

 あたし自身のことが。あたし、いつからこうなんだろう。


 あたしの街は、工場ばかりの街。

 あたしたちは毎日毎日、機械的に仕事をしてる。ずっと昔からこうだった。

 この街に生まれたら、6歳から働かされる。働かなきゃ、生きていけないから。年齢も性別も関係ない。ただ、どれだけ働けるかということが大切。

 そんなあたしたちの街には〝エトワノス〟っていう謎の工場名が残っている。昔の昔、さらにそのまた昔に大成長した工場らしい。その工場はいつしか無くなってしまって、輝かしい成功とその名前だけがあたしたちの時代まで残っている。多分、これからも。

 〝エトワノス〟という名は、今ではこの街で最も優秀な働き手に与えられる称号となった。この街の人たちは、みんなそれを目指して働く。正直、何を作ってどこに出荷しているかなんて分からない。


 くだらない。


 そう思う。だけど、働かないわけにはいかない自分が悲しいし、悔しい。

 何故、こんな街に生まれてしまったのだろう。他の街、他の世界に生まれていれば、あたしの今も違っていたのかな。「もしも」なんて考えても、無駄だってことはよく分かってる。先輩たちは、もうとっくに諦めている。あたしは……どうなんだろう。働き始めてから、もう何年も経つけれど。毎日毎日働いて、働いて、働いて……多分、ずっとこのままなんだろう。


 〝エトワノス〟が何なんだ。そんな称号、あたしはいらないって思う。

 他の街の同じくらいの歳の子たちは、どんなことをして毎日を過ごしているの?あたしには想像もできない。こんな風にひたすら働かされているのかな。もしそうだとしても、もう、この場所から出たい。逃げ出したい。ここではない場所なら、どこでもいい。誰かがここから連れ出してくれたらいいのに。


・ + ♪ + ・


 とん。


 あたしは鉛筆を置いた。


 これで何回めになるかな。

 小さい頃から誕生日になると必ず書いている、全く同じ内容の手紙。手紙という形式はとっているけれど、誰かに読んでもらうつもりもないし、読まないでほしい。

 みんなには内緒で、工場から出て行くトラックの荷物の隙間にこっそり挟んでる。ほんとはダメだけどね。

 

 まず、絶対、誰にも届かないと思う。

 分かってる。届いてもきっと捨てられるだけだってこと。むしろそれを望んでる。

 それでもあたしは手紙を書くことをやめようとは思わない。

 やっぱり心のどこかでは、誰かに受け取ってもらうことを望んでいるのかもしれない。


 ——ああ、星だ。


 もう夜なんだ。

 きっと明日からは仕事が増える。ひとつ歳をとったから。

 星は、私の悩みなんか知らないで呑気に輝いてる。どうでもいいけど。


 そんなに眠くはないけど、眠っておこうかな。

 明日のための体力を蓄えるためにも。

 しっかり働かないと、後々いろいろと大変になる。


 ——おやすみ。


 そう呟くと、あの子が答えてくれた。優しい、私の唯一の味方。


 懐かしい人を思い出しながら、あたしは眠りについた。

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