徒然なるままに。お好きな様に。

灰ノ路 麻子

始まりは眠りの中で。

君を見つけて。



すべての始まりの前に。








ざぁっと体が持っていかれそうな風と、視界に広がる青と緑。

その青と緑の境界線だけが、空と大地を分けて広がる。



何もない。

それ以外に何もないその空間に、怒号が落ちる。








「くぅぉらぁ、冨岡ぁー?!」


「ほぎゃ?!」


「私の授業はそんなに退屈か?」




冨岡 真琴は、寝ぼけ眼でぼやける視界の中で、何とか席を立つとその場に気をつけの姿勢を取った。

完全に状況は把握できていないが、それは確実に反射だった。



「冨岡、頼むから私に落第点をつけさせないでくれる?」


「す、すみません…」


「はぁ、放課後準備室。」




またか。とクラスメイトがクスクス笑う中、友人である遠野 茜が頭を抱えてため息を吐くのが見えた。

真琴は、しょんぼりと小さく「はい。」と声を上げてカタンと音を立てて席に着いた。


また、数学担任の桐島 美登利が黒板に並べられた数式の説明を始めた。

今度はその数式だけでもノートに書き写そうとシャーペンを手に白紙であるはずのノートに視線を落とす。




「……?」



真琴は、ノートに描かれた景色に見覚えがあった。

しかも、ちょっとやそっとの旨さではない。写真を完全に複写したような白黒の空と草原。


自慢ではないが、真琴の絵心は悪い意味で天才的だ。

中学の成績は先生のお情けで成績表に3を貰えたが、実際のところは2が良いところだろう。

さて、そんな絵心の持ち主が、完璧な複写が描けるだろうか。


仮に描けたとして、居眠りをしていたはずの真琴にそれが可能なのかは、名門大学を卒業して教鞭をとっている桐島にも解けない難問だろう。



それよりも真琴にとって難問だったのは、ノートの上のその景色が夢で見た景色と全く同じだった事だ。


どこまでも広がる青と緑。

その境界線が永遠に追い付けないほど遠くに感じる広さ。

終わりが見えない広さ。

描かれた草原は夢と同じように風になびき、揺れているように感じる。

何とも不思議な絵だった。




「じゃ、今日はここまで。」


「きりーつ、れい」



チャイムと、桐島の声に慌てて席を立った真琴。

次に視線を下に向けた時には、先ほどノートに描かれていた白黒の景色は消えいた。




「冨岡ー!部活の前に準備室来なさいよ!」


「あ、はい!」



教室を後にする桐島が、ぼーっとしている真琴に一言声を掛けた。

また、引き戻されるように慌てて返事をして、寝ぼけていただけなのだろう。とノートをしまって次の授業の準備を始めた。





✳︎





「真琴ー、本当に卒業出来なくなるよ?」


「むー、最近すっごい眠くなっちゃうんだよなぁー。」


「コーヒーでも飲んで乗り切りなさい。」


「へーい…あ、茜!数学のノート貸して!」




昼休みの屋上。


いつものベンチでいつものように、中学からの同級生、遠野 茜と真琴は弁当を広げている。


可愛らしくふわふわとした印象の茜と、ボーイッシュな真琴では真逆だ。

その点身長は、173cmの茜と155cmの真琴では、18cmも差がある。

まったく、アベコベもいい所だ。


その茜に、いつものように心配される真琴。

数学以外はそこそこ出来るのに、勿体ないと呆れる茜に、真琴はいつもの返答をする。

そんな会話がいつもの会話。


いつもと変わらない。

何でもない時間。



真琴は、また呆れる茜に「アイス奢るので、コピーさせて下さい!」と、これまたいつものお願いをする。


二カッと甘えたように頼む彼女を相手にすると、ついつい甘やかしてしまう。

中学を卒業した時に担任に甘やかし過ぎないように、高校ではしっかりと面倒を。と頼まれたが、結局真琴を甘やかしてしまう。

そんな自分にも呆れてしまう。


だが、茜はそれが嫌ではないのでいつまでもきっと真琴を甘やかす事になるのだろう。




「そういえばさ、夢見たんだよね。」


「能天気ねー!?」


「あ、え、いや。変な感じの夢でね!?…その後、桐島先生に怒られてからもしばらく夢見てたのかなぁって…」




その発言に、茜はもう呆れて口が閉じない。

落第の危機という所まで来ているのに、未だ夢見心地の彼女に何と言っていいか分からないのだ。



「…一先ず、間違っても桐島先生の前でその発言はしないようにね。」


「し、しないよー?!そんな事したら、ほんとに卒業出来なくなる!」



想像しただけで真っ青になる真琴に、最悪の心配はしなくても良さそうだと、息を吐いた茜。

2人は、中学からこんな感じだ。


見た目は天然そうなのに、実はしっかり者の茜と、元気と明るさと運動神経が取り柄でボーイッシュな真琴。

合わなさそうな2人は、誰よりも気が合う者同士で、それは高校に入っても変わらなかった。





真琴は、高校を卒業しても関係は変わらないだろうと思っている。

それは茜にも言えることだ。

現に、2人はこのまま大学も同じだ。関係は当分変わることはないだろう。




✳︎




「はぁー…」



真琴は、手に数学の課題を持って部活へ向かう。

案の定、このまま数学で赤点を取り、授業も真面目に受けられないとなれば、落第点を付けざるを得なくなる。とキツく叱られてしまった。


スポーツ推薦で内定を貰っている真琴にとって、最悪の状況である。




「…なぁーんか、前より眠いんだよなぁ。急にスコンって眠くなるし…」



桐島から渡された課題を眺めて、また大きなため息をついた。

ここ数日、真琴は急な睡魔に悩まされていた。

授業でも、通学でも、部活でも。

最近所構わず眠気が襲ってくる。

それも、コックリコックリと船を漕ぐような可愛らしいものではない。

結構ガッツリ寝てしまう。




「…って言ってる間に、また眠い〜」



真琴は、教室で荷物を纏めながらまた襲ってくる眠気に耐えた。

秋には最後の大会がある。

走り高跳びで自己新記録を目指す真琴にとって、部活は貴重な時間だ。

大切な時期の今、現在進行形で机に突っ伏して眠る真琴。




静かな教室に、外から運動部と吹奏楽の練習する音が流れ込んでくる。

その音を子守唄に、真琴はどんどん深く眠っていく。

まだ夏の日差しが残る中、額に薄く汗を滲ませて、深くなる眠気の中で声を聞いた。




ー 見つけた。ー



誰もいない、放課後の教室で響いた声は、静かに外の音に紛れて消えてしまう。




眠る真琴は、またあの夢を見た。


吹き抜ける風と、どこまでも広がる青。

遠くに見えるぼやけた地平線と、緑の草原。





これが、全てが始まりだった。







...fin?

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