落ちた鍵
水楢 葉那
第1話 〜狂い始めた歯車〜
「出来た…。」私は筆を置いた。
約2ヶ月かけて描いていた絵がようやく完成した。
ずっと描きたかった。あの美しい竹林と、静かなせせらぎ。
今日、やっとその絵が完成した。
私は、立ち上がり、伸びをしながら美術室の中をぐるりと見渡した。
皆、真剣な眼差しでキャンパスに向かっている。
すると、副部長のあずさが近づいてきて無愛想に言った。
「部長、やっと終わったんですか。来月の活動についてそろそろ決めないとマズイですよ。」
何でこの娘は同い年なのに敬語なんだろう。正直、私はあずさが好きではない。
「向こうの空いてる席で話しましょう。」そう言ってあずさは奥へと歩いて行った。私はその後を歩いた。
午後6時、部員達がポツポツと帰り始めた。
私とあずさは、静かに衝突していたが、やっと片付いた。
私が、帰ろうとすると、「友莉」と後ろから声がした。
「今帰るの?俺もそろそろ帰れるから、待っててくれない?」
声の主は幼馴染みでお隣の家の悠介だった。
いつも、悠介は私の悩みを聞いてくれるし、元気付けてくれる。
15年の付き合いだ。私が悩んでいることを察したんだろう、珍しく誘ってくるなんて。悠介は優しい。
私は笑顔でうなずいて、玄関で悠介が来るのを待った。
悠介と2人きりで帰るなんて、久しぶりだから話題がなくなったらどうしようとか思っていたけど、悠介は、たわいのない話で私の心のモヤモヤをはらってくれた。
しかし、少し大きな交差点を通り、住宅街に入り、突き当たりを曲がろうとした時、後ろから頭を何か硬いものでガンと殴られた。
その瞬間、私の意識が遠くなって行った。悠介は、一瞬驚いた様子だったが、後ろから走り去って行った自転車を追いかけ、捕まえた。
そこで、私の目の前は真っ黒な闇に包まれた。
「…りさん、友莉さん、聞こえますか?」何度も繰り返し私を呼ぶ声がして目が覚めた。でも、目が開けられなかった。
でも、目を開けなくても今自分の身に何が起きているのか、すぐにわかった。
「浅野 友莉さん 15歳、朝陽ノ中学校生徒。帰宅途中に後ろから自転車に乗った男に金属製のバットで後頭部を殴られ、意識不明。脳内で出血を起こしている可能性があり…」
誰かが私に起きたことを周りに早口で説明している。
そうか。私は意識不明なんだ。
そうか…
辺りが明るくなってきた気がして目が覚めた。今度はちゃんと目を開けられた。
真っ白な天井が見える。
視線を動かすと、お母さんが今にも泣きそうな顔で私を見つめていた。
「おか…さ…」上手く喋れない。
それでもお母さんは涙をこぼして笑った。
私は頭を強く打ったせいで、脳がどうかしたらしい。(話をよく覚えていないからわからない)
で、私は意識不明になったらしい。
リハビリをして、やっとまともに歩けるようになった頃、久しぶりに絵を描こうと思った。
でも、私はペンを持つことが出来なかった。医者が言うには、後遺症の一種らしい。
何よりも好きだった絵が、描けなくなった。悔しくて、悲しくて、とにかくショックで、私はとにかく泣いた。
私は、美術部を辞めるしかなかった。
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