間章 それぞれの

 ── 道化師と若人




 場所は戻り兵舎。

 病室の扉が開いた。シャンもロウも気づかない。風が開けたかのように、自然と病室の扉は開いた。



 カツカツと音をたてて、誰かが中に入って来た。


 ふて寝をしていたロウが、かすかに聞こえた靴音に瞼を開いた時。すでにもう濃紺の制服はロウの隣に腰かけていた。



「しょっ、──将軍!」



 上擦ったロウの声に寝入っていたシャンが飛び起きる。

 本日何度目かの起床とともに、蒲団が派手な音をたてて床に落ちた。


「クレハ将軍、いつからそこに……」


 搾り出すように声を出す。

 まったく、一切、人の気配がしなかった。寝ていても、誰かが入ってくればわかる。それもこんなすぐそばに。

 将軍は狼狽えるロウを一瞥した。

 

「ついさっきだ」


 将軍は笑うでもなく、呆れるでもなく、ただ何かを手でいじっていた。


 ガラス玉。


 ロウは胸の内で唸った。

 間違いない。ロウの呪物だ。

 一瞬すっとぼけようかとも思ったが、自分の片耳に同じ物が付いていることを思い出す。


「いい出来だ。ロウ・キギリは手先も器用なようだ」

「……お褒めに預かり光栄です」


 ふいに将軍の指がガラス玉を弾いた。

 パリンという微かな音とともに、薄張りのガラスが壊れる。

 ロウは奥歯を噛み締めその様子を見た。呪物は作るのに時間がかかる。特にガラスは高価だ。手間もお金もかけた自信作だ。割れないように保護のまじないもかけておいた。それがまったく効いていない。


「まさか私の結界の中で盗聴が出来るとは思わなかった。いい教訓だ。今後用心させてもらおう」


 割れたガラスに将軍が息を吹きかけると、破片は一瞬で塵に変わってしまった。

 窓から吹き込んだ風がその塵すらも攫ってどこかへ追いやってしまう。

 ロウは黙ってそれを見ていた。パスも消され、まじないも効かなかった。単に神力の強さの問題か、それとも内乱を治めた経験の問題か。


(全部合わせて実力か……)


 金と橙のオッドアイが、ひたとロウを捉えていた。

 ロウは観念し、その両眼と目を合わせた。色違いの両眼は初代の血を濃く引いている証。燃え立つような赤髪を揺らしながら、クレハ将軍はうっすらと笑った。


「それで、どこまで掴んだ?希代の天才神術師よ」


 からかうように将軍が言う。

 ここまで実力差を見せつけた上でこの言葉だ。


 ロウは笑った。


 何を言い、何を言わざるべきか。将軍がここに立ち寄った真意は何か。

 将軍の向こうで、一人蚊帳の外に置かれたシャンが困惑した顔でロウを見ていた。


「コトコはどこです?」


 将軍は能面のように凪いだ顔をしていた。

 焦りの気配はなく、あくまでも落ち着いてロウの顔を覗きこんでいる。


「どこだと思う?」


 ロウは瞬きをした。将軍の問に面食らったわけではない。

 考えろ。

 なぜ、質問に問で返した。

 視線を揺らさないよう気をつけながら、ロウはもう一度瞬きをした。こめかみが熱く痛む。


「そう遠くないところに。将軍の、思惑から外れないところに」

「まあ正解だな。それで、なぜロウ・キギリはコトコ・ハヤミに気を配る?」


 将軍が空の手を振る。


「私の懐に盗聴器まで仕掛けて知りたかったのは彼女の安否か?」

「いいえ。……いえ、ただ部屋の外の動きを知りたかった」

「ふん……医療班の報告だと君はもう一日以上寝ていないとろくに神力も回復できないそうだが。そこまで相手は強かったか。当代一の実力だと目されている君から見ても」


 ロウは答えず、将軍の顔を睨み付けた。そんなことはその手に持っている茶封筒の中に書いてあることだった。今更もう一度、自分の口を使ってまで言わなきゃいけないことじゃない。


「強情だな」


 将軍が呟く。

 そんなこと、ロウにとってはどうでもいい。


「現皇は昨日の一件に関する指揮を私に任せた。乗るか反るかは好きにするといいが、ここに盗聴器を仕掛け軍の情報を盗んだ以上君は大罪人だ。罪は償わなくてはならない」


 宣告のような言葉を続けながら将軍が立ちあがる。


「償いはそうだな。君自身でどうだ?」

「えっ」


 隣でじっと会話を見守っていたシャンが、思わず声をあげる。

 ロウは親友の方を一瞬見やったが、何も言わずまた将軍を見上げた。その目には挑戦的な色が、隠すことなく浮かんでいる。


「なに、別に悪い話じゃない。まだ卒業後の進路は決まってないのだろう。情報は外部に漏れると問題だが、内部でまわる分には支障ない」

「軍に入れと」

「私の部隊にだ」

「お断りします」

「この申し出を受けなければ、お前は軍法会議にかけられる可能性もある」

「だとしても、貴方の首輪をはめるよりました」

「ロウ、何言ってんだ!」

「シャンうるさい」

「将軍!多少生意気な奴ですが神術の腕はピカイチです。頭も切れるし、肝も据わってる。今回の一件が〝宿木〟の仕業だというのなら、有能な人手はいくらあっても足りません。それに」

「シャン!首を突っ込むなよ!」

「お前は強がりで首を吊る気か!自爆するなって言ったばっかりだろう!」

「………君らの喧嘩に興味はない。最初に行った通り、乗るか反るかは自分で決めろ。乗るというならあの少女が今どこにいるか教えてやろう。それに、君はなぜ私があのタイミングであの森に現れたか、知りたいと思わないのか?」

「!」


 ロウの目が、将軍を捉えた。



「部隊に入るか?」



 将軍が問いかける。獲物を見つめる狩人のようにその目がロウを見つめている。





「……………わかりました」





「ロウ!!!!」


 シャンが吠える。

 うるさい。今は何も言うな。


「たとえ口約束でも、神術師の交わした約束は契約となる」

「ええ、わかっています」

「よし。では今は休め。また明日、指示を伝える」


 将軍は高らかに宣言すると人の悪い顔で笑う。そしてすぐに立ち上がり扉へと向かった。


「待ってください将軍!コトコは、」


 問い質すロウの声。将軍は黙って振り返った。

 その指が真っ直ぐと窓を指す。


「窓の、向こう………?」


 意味が分からず眉を寄せるロウを置いて、将軍は病室を出る。

 ただすぐに立ち止まった。室内の2人を見て、立ち止まったままニヤニヤと笑みを浮かべている。


「ぷ、くっくっく、はっはっは!言い忘れていたが、さっきの軍法会議やらなんやら。あれは嘘だ。お前が仕掛けた呪物が何なのかわからなかったが、やはり盗聴用だったんだな」




「……………………………………………え?」



 最後にひらひらと手を振って、将軍は病室を出ていった。

 呆気にとられたロウとシャンだけが、病室の中に取り残された。






 

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