疑念-4
クレハ将軍の背中から覗きこむようにして琴子は病室の中を見た。
中は思ったより広い。薄いベッドが四人分、病院の病室のように並べられている。その真ん中に二人はいた。
「――――ロウ!シャン!」
ロウが弾かれたようにこちらを見る。
「な、コトコ」
面食らったようにシャンが瞬きをした。
「はああああああ、良かった……!」
「なんだなんだ!情けない声出して!腰でも抜けたか?」
琴子の声にシャンが楽しそうに笑う。
その声が明るくて少しほっとした。
「シャン、大丈夫だった?身体痛くない?」
「おう。すぐに手当てしてもらったからな」
「ロウは?血だらけだったの治ったの?」
ロウの身体は真っ白な包帯でぐるぐる巻きにされていて、うっすらと血の匂いがした。琴子を見て少しだけ眉を顰める。そして渋い顔のまま言った。
「落ち着け。平気だ」
「本当に?だって、ロウ、本当にひどい血で」
「コトコ、言ったろ。落ち着けって」
「でも」
「俺は大丈夫だから」
「……」
「シャンそんなに大怪我してたの」
いつの間にか琴子の隣に来ていたアーリアがシャンを見てそういった。
アーリアの言葉にシャンは肩をすくめて答える。
「俺的にはアーリアがここに居ることの方が意外なんだけど?」
「ロウから聞いてなかった?」
「こいつさっきまで爆睡してたから」
「うるせえ。神力を回復させてたんだ」
「ほーそれで怪我は治ったのか」
「……くそ痛てえ」
「当たり前じゃん!大怪我してるんだから!一日二日で治るわけない!」
思わず声を荒げてしまった。ハッとしたときにはアーリアとシャンの視線が突き刺さった。
やってしまった。何やってるんだ自分。
かああっと頬が熱くなるのがわかった。最悪。
「コトコは思ったより元気そうだな。もっと参ってるかと思ったが」
ロウだけが何も気にしていない顔でそう返した。
その言葉の内容にむっとして何か言い返そうと思った時、ロウとばっちり目があった。
この中の誰よりも青白い顔をしているくせに、ロウは意味ありげに瞬きをした。
「……大丈夫。ありがとう」
気遣われている。
唐突にこの世界にやってきて、こんな騒動に巻き込まれてしまった自分を、ロウは気遣ってくれている。
琴子が小さく呟けば、満足したように薄く笑った。
人の悪い、ロウらしい笑み。
(そうだ――ロウだって怪我人なのに、私馬鹿だ)
一人ではしゃいで。気を使わせて。
本当に、馬鹿だ。
(私は、この人に助けてもらったのに)
「………それにしても、本当に大怪我じゃない」
シャンの怪我を見てアーリアは眉をひそめた。
怪我をしていることはコトコから聞いていたけれどここまでとは思ってなかった。シャンは間違いなく今の+Aの中で一番強い。クレハ班に配属されたのは、別に冗談ってだけじゃない。
そのシャンがここまでやられる相手。
「おいおい、変な顔するなよなー。生きてるだろ」
「………わかってるわよ」
「感動の再会は終わったかい?なら事情聴取がしたいんだが」
冷ややかな声。一瞬の間にクレハ将軍の声が滑り込んだ。
琴子は振り返って将軍を見つめた。
「どうぞ。構いません」
将軍の言葉にロウが答える。
「怪我人なのに悪いな。あと、そうだ。お前らをここから動かすなと軍医に口酸っぱく言われてるからここでやるぞ。まあ、ちょっとむさくるしくなるが気にするな」
将軍がドアに向けて声をかけた。
すると静かにドアが開き、濃紺の軍服を着た軍人たちが部屋の中に入り込んできた。それを横目で見つつ、クレハ将軍が言葉を続ける。
「午後に会議が入った。昨日の学院での一件についての会議だ。それまでにある程度の証言をまとめておきたい。頼んだぞ」
将軍はそれだけいうと、ひらひらと片手を振って、あっさり帰っていってしまった。
(良かった……)
琴子は一瞬ほっとして、将軍から目を逸らした。
瞬間、部屋から出る直前の顔が見えて、背筋がこわばった。
冷たく冷めきった〝大人〟の目。
(―――やっぱり、あの人怖い)
緊張がぞわぞわと背中をなぞる。
他の三人も、ただ将軍の背中が見えなくなるのを見送った。その間も部屋に入って来た軍人たちはきびきびと事情聴取の準備を進めている。
「……てっきりクレハ将軍に事情聴取されるのかと思ったが」
その後ろ姿を目で確認しながらロウが言う。
「違ったな」
シャンがロウの言葉を続けるようにしてそう言った。
「ふっふっふ、隊長は忙しい人だからね。その代り僕らが君たちから話を聞くよ。怪我人はそのまま、楽な姿勢でいいからね。女の子たちは適当に座って。さて、僕はマテラ班のフガロ・ベルトリアだ。よろしく」
いつのまにか四人の目の前に来ていた軍人がそう名乗り、琴子とアーリアに椅子に座るよう促す。あわてて二人はベッドの傍に置いてあった椅子を引っ張り出し、並ぶようにしてシャンとロウのベッドの間に座った。ガタガタという音が妙に響いて、余計に緊張する。
(軍人なんて初めて見た……)
写真で見るのとも、コスプレで見るのとも違う独特の重みが恐ろしい。無骨な建物の雰囲気とも相まってすごく場違いな場所にいる気分だ。
部屋の中に入って来た軍人は全部で五人。
一人、スキンヘッドの小柄な男の人が、小さな機会を取り出して何かをしている。背の高い女の人はノートのようなものを取り出して、聴取が始まるのを待っていた。そしてフガロと名乗った黒髪の男の人は、にっこりと笑って四人の前に座る。他の二人は何をするでもなく、それぞれ壁際に立ち、こちらを観察している。
広かった病室が一気に息苦しくなった。
「まずは君から行こうか。所属と名前を言って」
「シャン・アドリア。+A所属。六年」
「配属先は?」
「クレハ班」
一瞬、驚いたような気配がした。フガロさんだけじゃない。この場にいる軍人の全員が微かに反応を示した。
琴子も耳を疑った。クレハっていうのは、あのクレハだろうか。さっきまで琴子たちと一緒にいた、あのクレハ将軍のことだろうか。シャンは学院を卒業したらあの人のもとにつくのか。
「――次」
「アーリア・ノノミ。+A所属。六年。配属先はミズノ班です」
「次」
「あ、ことこ、はやみです。学院の寮の食堂で働いてます」
「次」
「ロウ・キギリ。神術専攻、六年」
「卒業後の進路は?」
「未定。神官試験を受ける予定」
「そうか。ありがとう。うん。先にもらっていたデータは合っていたようだ。じゃあ早速昨日の件について聞いていきたいんだけど、それぞれ、自分が異変に気付いたときのことについて話してもらっていいかな?」
フガロさんが後ろの女の人と目配せして頷く。彼女の手元にあるノートには事前に集めておいたデータが載っているのかもしれない。
(だとしたら、この事情聴取は確認って意味合いが強いのかな)
もしそうなら、あまり突っ込んだことは聞かれないかもしれない。
「じゃあシャン君から」
「あー、えっと、俺が気付いたのは寮の近くの森の中でした。何か異変に気付いたというか、足の裏がざわざわするような感覚がして、何か変だと思って寮に戻ろうとした時に、ロウの式が飛んできました」
「森では何を?」
「自主練というか……エフェクトと訓練用のレイティアを使って身体を動かしていました。日課です」
「一人でかい?」
「はい」
「その後は」
「式の後を追ってロウと合流しました」
「ロウ君はいつ異変に気付いた?」
「シャンが修練に出かけていって暫くしてからです。早目の昼食をとろうと校舎の方の食堂へ向かっていた時でした。寮の食堂は昼はやってないので」
「君も足の裏がざわざわしたのかい?」
「まさか。頭が割れるような高音を感じました。音と同時に周りの〝気〟が歪んでいくのを感じました。詠唱もしていないのに第三の眼が開眼して、辺りは、窓の外まで真っ赤に染まっていました。それで学院内に誰かが無理やり干渉して結界を張ろうとしているのに気付きました。シャンと合流したのはその後です」
「じゃあ、アーリア君。君はどうだった?二人のような異変を感じた?」
「いえ。私はその頃寮から離れた射撃場で新しいレイティアの試し撃ちをしていたので異変には気付きませんでした。私が事態を知ったのは、寮の方へ戻っていく途中、影に追われるコトコを見てからです」
「それじゃあコトコ君は?君はどの時点で異変に気付いた?」
フガロさんの視線が琴子に向けられる。
緊張で裏返りそうになる声を抑えながら、琴子は口を開いた。
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