疑念-3
「さあついた」
クレハ将軍に促され二人は馬車から降りる。
「皇国には陸・海・空と軍があるが、それらの兵舎はもっと上宮の外れにある。これだけ天宮に近い位置にある兵舎はここぐらいなものだ」
琴子はこの兵舎がクレハ将軍の宮からとても近いことに気付いた。しかも大通りに出ることなく、人気のない道を選んでこの兵舎までたどり着ける。
琴子の視線に気づいた様子もなく、クレハ将軍はさっさと兵舎の中に入ってしまった。
兵舎の扉をくぐる時、思わず琴子はアーリアを見た。
アーリアは一瞬虚をつかれたような顔で琴子の顔を見つめ返したけれど、すぐに琴子の不安を感じ取ったのか柔らかく微笑んで大丈夫と囁いた。
「軍は嫌い?」
「…………自分に関係があるって思ったことなかったから……」
クレハ将軍の後ろにつきながら、二人は並んで歩いた。
囁き声で会話しながら琴子がそういうとアーリアは可笑しそうに目を細めた。
「どうしたの?」
「ううん、昔の私も同じように答えてたのを思い出したの」
琴子も、食堂で聞いた学院の話を思いだした。
あまり詳しいことは聞けなかったけれど、やっぱり学院は琴子の世界での大学に近いみたいだ。ただ、十年前の内乱以来、学院に軍の訓練生を育成する組織が併設されたらしい。
琴子は隣を歩くアーリアを盗み見た。
『+Aって言うのよ』
その名前を口にした時の、ユズリさんの何とも言えない表情をよく覚えている。
だから馬車の中でアーリアとクレハ将軍がその名を口にした時ハッとした。
(アーリアは+Aに所属しているんだ)
軍に自ら入隊する。
その感覚がよく分からない。
アーリアは自分と同年代に見えるし、そんな子がどうして軍に入ろうと思ったんだろう。琴子はぼんやりとアーリアが+Aに入ることを決めたときの気持ちを想像してみた。けれど、空を掴むような気がしてすぐにやめた。
二人はその後黙ったままクレハ将軍の後をついて歩いた。
無機質な廊下を歩いて、クレハ将軍は二人を応接間のような一室に通した。
「病人の様子を見てくるから君らはそこで待機だ」
「わかりました」
「……はい」
大人しく室内に入って、琴子は目についたソファに座った。アーリアは座らず物珍しそうに応接間の中を見回している。
室内は割と広く、板張りの床にカーペットが敷いてあった。
大の大人が十五人ぐらい入っても大丈夫そうな広さだ。
(あれは、地図……?)
琴子は壁に地図が駆けられているのに気付くと、ソファから立ち上がり、その地図に駆け寄った。
その地図は皇国全土を表している地図だった。
息をのんでその地図を見つめた。
それは琴子にとって初めて見た、この世界の全体像だった。
今いるところはどこらへんだろうと思って、自分が文字を読めないことを思い出した。思わず舌打ちしたい気分に駆られる。文字が読めないことがこんなに苦痛なんて。会話だけは普通に通じる分余計に辛い。
ただ、ありがたいことに地図には手書きで星のマークが書き込んであった。
国の真ん中よりも少し北に行ったところにその星マークはあった。多分この星が今琴子たちがいる都なんだろう。
(こんな形をしてるんだ……)
鳥が急に空高く舞い上がるように、自分の視点がどんどん上昇していくような感覚がする。
あれだけ大きかった都がどんどん点となって、そしてようやく世界が形作られていく。
「コトコ!」
「――っ」
アーリアに呼ばれて意識が現実に戻って来た。
振り返れば戸口にクレハ将軍が立っている。
琴子が自分の方を見たのを確認して、クレハ将軍は歩き出してしまった。
あわててそれを追い、隣に並んだアーリアに軽く頭を下げる。
「そんなに地図が珍しかったの?」
不思議そうなアーリアの言葉にドキッとした。
そうだ。今更国全体を描いた地図何て、アーリア達にとっては珍しくもなんともないんだろう。
(迂闊だったかな)
「どっちかっていうと緊張がね」
「そんなにガチガチじゃあ、答えられるものも答えられなくなるわよ」
「ははっ、そうだよね。気を付けるよ」
応接間を出ると灰色の廊下が見える。廊下に出たところでクレハ将軍はどんどんと先に歩いて行ってしまった。
二人は早歩きでその後を追った。
廊下は冷たく、どこかもの寂しい。
窓が少ないので昼間だというのに建物はどこか薄暗い。
その中を歩きながら全てが灰を被ったように思えた。
アーリアの赤茶色の髪の毛も、クレハ将軍の真紅の髪の毛も。
それが妙に覚えのある感覚で、一体どこで感じたのか思い出しているうちに、病室に辿りついてしまった。
灰色の廊下に浮かび上がる白いドア。
コンコンとノックしてからクレハ将軍が病室の中に入っていく。
「………調子はどうだ?」
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