第二章 はじまりの日
はじまりの日-1
風・二六
「そういやまたシャンとロウが何かやらかしたんだって?」
「詳しく知らないけど女の子を連れ込んだみたいね」
「ああ、あの食堂にいる女の子だろ」
学院の中心部から北部にかけて深い森が続いていく。木々の背はより高くなり、地面に届く日の光もまばらになる。細い獣道が辛うじてあるだけで、人の気配はあまり感じない。地面には苔が生し、多くの枯葉が落ちていた。
森はさらに北のキキキ山脈までつながっており、+Aは山脈に入る手前までの広大な区域を使用して実践訓練や、陸軍特殊部隊が開発・使用している特殊な武器の訓練を行っていた。
学院の学生は三回生から研究に従事する。反対に+Aに所属している学生は三回生からほぼ毎日この訓練区域で実践訓練を行うことになっている。
「それにしてもこのレイティア使いづらいわね」
「新型だろ?俺は軽くて好きだけどな」
アーリアは訓練地区の一角に作られた狙撃場で他の同期と共に新型レイティアの試し撃ちをしていた。
乾いた銃声が響いて、的の中心部が撃ち抜かれる。
手に持った小型銃を何度も握りなおしながらアーリアが呟く。背後で彼女の射撃を見ていたトシが笑って茶々を入れた。
「私はB9の方が好きだわ」
トシの隣でランも同じ型の銃を握っている。
「アーリアは遠距離が得意だからね。私はこういう小型銃も好きだけど。……それでもまだ、ちょっと重いかな?」
簡素な狙撃場には本部から送られた新型のレイティアが並べられていた。
神力式固定型銃火器。通称・レイティア。
陸軍特殊部隊が総力をかけて開発・製造している新型武器で、まだ皇国でしか製造されていない。この国の軍事力を今飛躍的に向上させようとしている武器の名前だ。
通常の銃では必ず必要な弾丸も火種も、レイティアには必要ない。
引き金を引くことで神術が発動し、圧縮された神力が弾丸の代わりに対象を貫く。そうすることで理論上すべての人が半永久的に銃を打つことが出来るようになる。画期的な武器だ。とはいっても現段階ではレイティアを扱うためには神術に対する深い知識が必要不可欠で、また自在に使いこなせるようになるためには何年も訓練を行う必要がある。
+Aはレイティアをはじめ神力を用いる武器を使いこなすための訓練機関だ。
「ランはもっと力つけた方がいいぞ。そういや噂のシャンは今日来ないのか?昨日もだよな」
「さあ。一昨日ぐらいから難しい顔でずっとロウと何か相談してたわ」
「おいおい、卒業まであと少しだって言うのにまだ事件起こす気かよ」
「あたしに聞かないでよ。もう面倒見てられないんだから」
卒業を控えている六回生には二週間ほどのオフが言い渡されていた。
すでに全員の特殊部隊入りが決定しており、それぞれの配属先も通達されている。今狙撃場に並べられている最新型のレイティアはこれから現場に送られる訓練生が少しでも早く一人前になるようにと用意されたものだ。
アーリアは次のレイティアを取り出してまた構える。
その後ろでランとトシはぼんやりとアーリアの様子を眺めていた。
「そういやトシはどこの班になったの?」
「ヴァスター班だ。ランはやっぱりガランデ班を希望したのか?」
「希望はしたんだけどマテラ班になった。ガランデ班は今年訓練生を取らないみたい」
「そっか。そりゃ残念だったな」
「いいのいいの!元からちょっと高望みだったし」
「そうか?十分実力はあると思うけどな。まあ訓練生を取らないって言うなら仕方ないけど」
「そうなんだよねーまあ縁がなかったんだよ」
「……たく、シャンにもランみたいな謙虚さを身に着けてほしいぜ」
「ん?クレハ班所属のこと?」
「そう!クレハ班所属ってことはクレハ将軍の直属の部下になるってことだろ?十二班の中で一番実力がある班だし、訓練生がいきなり配属を願い出ていい班じゃないってのに!あいつ!」
「まあシャンぽいよね」
「それだったらアーリアもミズノ班なんて空気読まずにもっと上の班を第一希望にすればよかったのにな」
「アーリアは、そんな風には思わないんじゃない?地道にコツコツとは彼女の得意技だもん。それに、シャンは確かに実力者だよ。理由もなしに配属なんてされないよ」
「………」
「二人とも、もう撃たなくていいの?」
試し撃ちに満足したのか、アーリアが後ろを振り返る。
「ああ、俺はもうお前が来る前にさんざん撃ったから」
「同じく」
「それじゃあご飯でも食べに行く?それとも五回生の訓練に混じる?」
「私はお腹がすいたから食べに行くよ」
「俺はーもうちょっと体動かしたいからな。こいつの動きにも慣れなきゃいけねえし」
そういってトシが片腕を挙げた。
その腕には何の変哲もない黒いバンドが付けられている。
「え!もう作ってもらったの?」
それを見てランが上擦った声を上げた。
アーリアもポカンと口を開ける。
ニヤリとトシが笑う。予想通りの同期の反応に満足して、件の黒いバンドを二人がよく見えるように袖をまくった。
「ああ。配属が決まってすぐヴァスター隊長が来て色々測ってくれたんだ。そんで今朝届いた」
「えええ、ほんとにオリジナルの?早すぎない?普通は班員として班に馴染んでから作るもんでしょ?」
興奮してトシに駆け寄るランは生粋の武器マニアだ。
得意とするのは中遠距離戦。チームでは参謀役を担うことが多い。これから配属されるマテラ班も切れ者ぞろいともっぱらの噂だ。
「人手不足なんだと。出来るだけはやく戦力になってほしいからオリジナルもはやく使いこなしてほしいんだろ」
対してトシは超近距離型。
同期の中でももっとも体格がよく、力があるので、パワーを軸にした肉弾戦を得意とする。
「そんなに西部は荒れてるの?」
「らしいな」
トシはアーリアの問いに軽く答えた。彼が配属されるヴァスター班は西部の国境付近を警備していた。
アーリア自身は遠距離を得意とするスナイパーだ。希望したミズノ班は生粋のスナイパー集団ではないが、前線援護を主に行う班になっている。
トシは二人から一歩離れ、バンドを付けた手を軽く振った。
静電気のような音がかすかに響く。
すると次の瞬間には、彼の手に漆黒の短刀が握られていた。
「!」
エフェクトはレイティアと同じ神力式の携帯型武器だ。
特殊な素材で出来ていて、普段は利き手に腕輪や指輪のような形で装着する。そこに術者の神力を通わすことで、瞬時に武器に変形させることができる。使い手が優秀であればあるほどであればあるほどエフェクトは変幻自在に変化し、高い戦闘能力を誇る。
ただし、その操作はレイティアよりもずっと難しく、神術者としての能力と戦闘員としてのセンスが求められてくる。それをこなせるのは陸軍の特殊部隊のみであり、故にエフェクトを使いこなせることが特殊部隊に所属するメンバーとしての証でもあった。
アーリアとランの腕にもトシのものとよく似たバンドが付けられている。
ただしこれは+Aが学生に貸し出している訓練用で正確にはエフェクトではない。使用出来る神力の上限が規定されており、なによりも自在に形を変えることは出来ない。
ちゃんとしたエフェクトは+Aを卒業した訓練生が一年経って正式な班員として認められた時、班長から授与される。訓練用に対しオリジナルと言われる理由は班員ひとりひとりの力量や得意な属性を考慮して一から制作されるものだからだ。
「剣にしてもらったんだね。銃じゃなくて」
「俺は二人と違って近距離戦が得意だからな。とりあえず最初はこの形にしてもらった。一番扱いやすいって言うしな」
「そっかあ!いいなあ!」
羨望の声を上げるランの頭をガシガシとなでるトシ。最年少の彼女と最年長の彼はまるで兄妹のように仲がいい。それを一歩離れたところで眺めながらアーリアは微かに目を細めた。
(訓練生にいきなりエフェクトを渡すなんて…)
西国との関係は良くないがそれほどまで切羽詰まった状況なんだろうか。
アーリアの思考が一瞬沈む。
「それじゃあな!」
「!」
トシは自分のエフェクトをしまうと後輩の訓練に参加してくると言って狙撃場を出ていった。
「………いいなあオリジナル」
「ランも早く欲しい?」
名残惜しそうにトシの背中を見つめるランにからかうように声をかける。
「そりゃ欲しいよ。はやく自分で設計出来るようになりたいな」
「それにはまだまだ時間がかかりそうね。最初は班長にデザインしてもらうんでしょう?」
「ああいうのは自分でカスタマイズできるのが醍醐味なんだって!」
「ハイハイ。ご飯食べに行こうね」
「全く!アーリアはエフェクトの魅力をぜんぜんわかってない!」
「私は撃って当たればそれで十分よ」
「全っ然わかってない!」
使ったレイティアを片付けた後、ランと一緒にアーリアも狙撃場を出た。訓練地区の森は昼間だというのに薄暗い。鬱蒼としている木々はとっつきにくいが、二人にとってはもはや庭同前の場所だ。
生憎近くに食堂はないので一旦寮に戻らなければならない。
二人は並んで食堂へと向かった。そこは件の少女が働いている場所だった。
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