繁華街-1
「…今さっきの女の子の声がしなかった?」
「大方シャンが帰ってきたんだろ。あいつはアーリアを怒らせるのが特技だから」
琴子はまた人払いのまじないをかけてもらい裏口から寮の外に出ていた。
反対側の方から聞こえた怒声に思わず振り返る。
「シャンも誘わなくていいの?」
「置手紙を書いておいた。心配ない」
ロウは頓着せず歩いていく。このドライな対応が信頼のなせるわざなのか、それとも単にロウがそういう人なのか、いまいち琴子は掴めていなかった。
(シャン可哀想…)
「街にはどうやっていくの?」
「普通は馬車とかで行くんだろうが、学生はもっぱら歩きだ。そんな贅沢はしない」
寮を出るとそこは森だった。絵本に出てきそうな森だ。
立派な木々についつい注意がそれて、足元がおろそかになってしまう。ロウ曰く、学院全体が森の中に点在しているらしい。だから移動が面倒だとしかめっ面で言っていた。
彼について少しわかったことがある。
まず人にバレないように何かをするのに慣れている。無表情が普通で、しかめっ面は割とする。ちょっと悪いことを考えてるときが一番楽しそう。そして、最初の印象よりかは、悪い人ではなさそう。
これが琴子の観察結果だ。
「街に出たらまじないを解くからな。おどおどするなよ」
「……努力する」
ロウは街の中心はここよりもずっと南だと言った。道中、ほとんどの道が下り坂で、学院が高台にあったことがわかる。ただあまりにも下り坂が続くので帰りのことが心配になる。
「おまえのその服、セイフクだったか」
「これ?そうだよ。高校の制服」
「コーコーノセーフク?」
「高校って言うのは学校の一種で、制服っていうのは学校に行くときに着ていく服のこと。それぞれの学校で決められてるんだよ。たまにない高校もあるけどね」
「ほー。学校がいくつもあるのか」
「でもあれだよ、学校ていってもロウとシャンが通ってる…なんだっけ」
「学院」
「そう、学院とはちょっと違うかもしれない。雰囲気が全然違う」
「まあそうだろうな」
淡々とロウが言う。
ちょっとそれは、一体どういう意味だろうか。
「学院にはお前みたいなのほほんとしたやつはいない」
「え、あたしのほほんとしてる?」
心外だというように琴子が顔をしかめる。
「いや、あいつらがギラギラしてるだけだ」
「へー。…まあよくわからないけど。日本は平和ボケしてるっていうから、お国柄かもしれない」
不思議とロウの質問にすらすら答えている自分がいた。
昨日はあれだけ恐ろしかったのに。
「お前の故郷か。どんな国だ?」
「どんな国?どんな国って言われてもなあ……別に海外に行ったことあるわけじゃないし、なんともいえないけど………とりあえず島国だよ」
「南の大国みたいだな」
「そうなの?場所は東だけどね。あと大国でもない。昔は極東何て言われてたらしいよ。今も言われてるかもしれないけど。北は寒くて、南はあったかい。首都は結構栄えてる方だと思う。田舎はーどうだろうね。この国はどうなの?」
「大陸の東部と南東の島々が領土だ。四大大国の中で一番国土が広いが自然が厳しいところが多いから人口はそんなに多くない。ちなみにここが都だ」
「へえ!じゃあ国で一番栄えてるとこだね!」
「昨日だったらもっと賑わってたんだろうが……生憎来月から物忌みだからな」
「物忌み?」
「あと二週間もすれば穀物の収穫が最盛期になる。秋の豊作を祈って都は物忌みをするんだ。普段どの都市よりも贅沢に暮らしてる場所だからな。この時期は慎ましやかに、質素に暮らす訳だ」
「へえ!」
「まあ、実際どうかは知らないがな。ただ目立った祭りをしないってだけだ」
「……へえ」
なんか好ましい習慣だと思った瞬間に台無しにするようなことを言う。ロウのこの国に対する口調はなんだか批判的だ。淡々とした横顔からは何も伺えないが、何か思うところがあるのかもしれない。
「そろそろまじないを解くぞ」
「わかった」
ロウがまた手首を動かすと、耳元で小さく音がする。なんだかこの音にも慣れてきてしまった。
まじないを解いたということは街が近くなってきたということだ。たしかに森の向こうにビルのような建物が見える。てっきりもっとメルヘンちっくな建物が出てくると思ったので琴子は拍子抜けしてしまった。
両側にあった木々が少しずつ、少しずつ、少なくなっていく。そして空の青さが目立ってきた。
いい天気。
琴子は駅のホームで見た、夏の青空を思いだした。あの時の青空と少し似ている、この国の秋の快晴。
先を行くロウが振り返って琴子を待っていた。小走りで駆け寄り隣に並ぶ。森と街の間は小さな原っぱのようになっていて、風が一陣吹いていた。
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