+A







 部屋を出た瞬間にアーリアは違和感に気付いた。

 一瞬視界が揺れたような感覚。ただ深くは考えなかった。


 当代一、いや建国以来の逸材と名高い天才の私室に入ったのだ。あそこに何の術がかけてあっても不思議じゃない。あんな変わり者とよくシャンは同室で寝られるものだといつも思う。


 男子寮を堂々と歩くアーリアに出会うとほとんどの下級生が混乱したような顔で彼女を見つめた。だが咎める者はいない。もともと女子寮と巫女寮が男子禁制なだけで男子寮に女子が入っていけないという決まりはないのだ。それにアーリアの腕章をみて、たいていの学生は尻込みをする。彼女はこの学院の中でも特殊な組織に所属しているのだ。


 通称+A。


 皇国陸軍特殊部隊候補生養成機関。

 随分と長ったらしい名前だ。この機関が学院に併設されたのは十年前。建国初期から存在する学院の歴史から見ればまだまだ異質な存在だった。

 通常、軍に入るためにはいくつかのやり方がある。

 訓練兵として入隊するか、士官学校に入学しそこから士官候補生として入隊するか、もしくは訓練兵から士官学校に抜擢され、卒業後いきなり士官からキャリアを始めるか。

 ただ+Aに入るということはそのどれとも意味合いが異なる。


 正式名称からわかるように+Aを卒業した者は陸軍の特殊部隊に入る。正確に言えば、この+Aを卒業した者でなければ、特殊部隊に入隊することは出来ない。

 アーリア達に求められるのは一般的な士官学校で習う知識と共に、この学院で専攻されている全ての分野に関する専門基礎的な知識だ。物理、化学、航空学、生物学、地学、文学、社会学、歴史学、政治学、挙げたらきりがないが、それぞれの専攻の教授たちが開講している講義をすべて網羅しなければならない。


 特に重要視されているのは神術だ。

 他の分野は、一・二回生向けの授業を取るだけで十分だが神術だけは毎年授業を受けなければならない。

 それは+Aに求められているものが、神術を軍部に持ち込むことだからだ。




 きっかけは現皇の叔父であるクレハ将軍だった。類まれなる神術の使い手でありながら、体術、剣術、砲術にも優れ、神術を従来の技術に組み込む方法を発案した。

 そして各地のならず者の中から既にもう同じようなことを考えているものたちを集め、この特殊部隊を創設した。

 そこから+Aが出来、現在所属しているのは三四名。その中で今年卒業する六回生はアーリア含め六人。シャンもその中の一人だ。


(折角全員集まれると思ったんだけどな……)


 この学院に入学してきたとき、同期は五十人近くいた。+Aに所属していても最初のうちは他の学生と一緒に授業を受けるので同期の顔はよく覚えている。

 学院には一回生から六回生までの学生がいるが、上の学年に上がるためには昇級試験を受けなければならない。その試験に合格できなければ即刻退学だ。そのせいで、一年がたって二年がたったころ同期は三十人弱になっていた。学院の授業は難しい。アーリア自身ついていくので精一杯だ。だから毎年卒業できるのは最初の半数ぐらいなのだが、アーリアたちの代はたったの十人、神術専攻の者と+Aの者しか残らなかった。歴代の卒業生の中でも群を抜いて少ない。


 それはたぶん、ロウのせいかもしれなかった。

(そんなこといったって、ロウにはどうしようもないのは分かってるけど)


 それでもいいたくなってしまうのだ。

 なんでお前はそんなにできるのだと。


「アーリア!」


 気が付くと男子寮の出口にきていた。アーリアは名前を呼ばれた方に目をやる。

 向う側からシャンが走ってくるのが見える。


「シャン、学院長はなんだって?」

「それが!聞いてくれよ!」

「なによ」


 走ってきた勢いでそのままシャンはアーリアの肩を強くつかんだ。いきなりのことで何がなんだかわからない。

 目を白黒させるアーリアとは反対にシャンの顔は興奮で輝いていた。餌をもらった犬のような嬉しそうな笑顔だ。


「俺、クレハ将軍の班になった‼」

「えっ」

「俺クレハ班だ!」

「嘘でしょ?あんた、何言ってるの?クレハ班に候補生が配属されるなんて聞いたことないわよ?」

「だからお前ら大人しくしてろよっていうのが学院長のお達しだった!」

「待ってどういうことよ!あんたズルくない!?」

「みんなの班分けももう出てるみたいだぜ。アーリアはミズノ班だって。良かったな!第一希望だろ?」

「えっ、まさか、あんた第一希望にクレハ班とか書いたの?」

「おうよ!」

「ばっ、馬ッ鹿じゃないの!!!!!!」


 アーリアの怒声が高らかに響いた。






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