訪問者-1
*
「何度見ても酷い有様だな」
「もともと汚いけどな」
部屋は荒れていた。
本や紙が散乱している。剣や武器の類があちこちに落ちていた。ベッドは半壊し、棚は傾いている。今琴子が見ても何がどうなっているんだかさっぱりわからない。
確かに自分の部屋がいきなりこの有様になったら、多分琴子は半狂乱になる。改めてみるとそう感じさせるぐらい、部屋の中は荒れていた。
二人は床に散乱しているものを端に寄せ、なんとか座れるスペースを作った。
もうこの部屋の有様に動揺することはないみたいだ。促されるまま琴子もそこに座る。
「…あの、さっきのまじないって何?」
「人払いのまじないのことか?」
「そう」
二人に対して聞きたいことは山ほどあったが、最初に思いついたのがこの質問だった。
「あれは自分たちの存在を他人の意識にのぼらないようにするまじないだ」
琴子の質問にロウが答える。
「他人の意識……」
「聞いても見ても、その内容が記憶に残らないと考えればいい。あの部屋から出た瞬間からそのまじないがかかるようにしておいたから、よほど優秀な神術師じゃなければお前に気付いたやつはいない」
「じゃあ食堂にいたときも?」
「最初場所取りをした時点で、あの席により強力なまじないをかけておいた。話したことが他の奴らに聞こえないように。ただあれは人ごみの中でこそ効力がある術だからな」
「なんか…便利な術だね」
琴子が昔見ていたアニメでも、そんな道具があった気がする。
「この部屋にも同じような術を何重にもかけている。部屋の中で何が起こったかは、絶対に外の人間にはわからない。ここにはスパイが腐るほどいるから、その対策だ」
「スパイ!?」
「教授のご機嫌取りのために他人の揚げ足を取ろうとするやつとか、まあ色んな奴がいるんだ。俺もシャンも決して素行がいいわけじゃないからな、目をつけられてわけ」
(目をつけられるっていったい何したんだ…)
琴子も夏休みに呼び出しを食らった身だが、あれはちょっとしたミスで断じて問題児何て扱いを受けていた訳じゃない。むしろ成績も素行も良かった方だ。
「シャンが部屋の中で武器を振り回すから防音は絶対なんだ」
「ロウが禁書を馬鹿みたいに持ち込むからこんな厳重に術を張る羽目になったんだろ!?俺のせいにすんな!」
「術を張ってるのは俺だ。自分の手柄みたいに言うな」
「うるせえ!」
「まあそれはどっちでもいいんだけど。さっきから言ってた神術って何?まじないとは違うもの?」
「神術は………」
ロウの言葉はそこで止まってしまった。琴子の質問に答えづらそうに顔をしかめる。
仕方ないのでシャンの方を見るが、彼の顔はどちらかというと引き攣っている。
「神術っていうのは…………………えっと…………………………」
「………神術は、神術だ」
「…………なに、説明できないの。昨日あんだけ私を質問攻めしたくせに」
「いやいやいやいや!説明できる!説明できるって!」
「無理しないでいいよ…そういうこともある。仕方ない」
「じゃあそんな顔で見るなよ!」
「だって、シャンはともかくロウにまでそんなこと言われたら……」
「会って二日の奴に言われると腹立つな!」
「うるせえな。どうやって説明したらいいか考えてただけだ。いいか、まず神術を発動するには〝気〟が必要だ」
琴子とシャンが騒いでいる間、どこから持ってきたのかロウは紙とペンを用意すると、そこに棒人間のような簡単な人型を書いた。それを琴子にみせてから、身体の丁度心臓がある辺りに小さな丸を書く。
「きって何?」
「〝気〟っていうのはすべてのものに流れている根本的な生命エネルギーのことを言う。イメージは血液だ。常にめぐり、止まることはない」
トントンと描いた小さな丸を指しながらロウが説明する。
ということはその丸は〝気〟にとっての心臓にあたるところだろうか。
琴子はのぞき込むようにしてロウの手元を見る。
その琴子に覆いかぶさるようにして、いつのまにかシャンもその説明を聞いていた。
「〝気〟には二種類ある」
さらにロウは人型の傍にいくつもの丸を書いていく。
「神力と神通力だ。神力っていうのは自分の身体に流れている〝気〟のこと。神通力は自分以外から〝気〟を取り出して使う力で、主な神術はこの神通力で発動させる」
人型の傍に書いた丸から人型に向けて矢印を書く。この矢印が〝気〟を取り出すということらしい。
目に見えない力。魔法のようでもあるし、科学のようでもあると思った。
酸素が空気中にあるように、ロウの言う不思議なエネルギーも空気中に存在しているのかもしれない。琴子が考え込んでいるうちにロウはおもむろに右手を差し出すと、短く何かを呟いた。
パチィ!!
「えっ!」
炎が。
小さな破裂音と共に生まれた炎が、瞬く間にロウの手を覆っていった。琴子は息も忘れて目を見張らせた。すっかりロウの手が見えなくなってからハッとして彼の顔を見る。
彼はかすかに笑みを浮かべていた。
「これ、熱くないの…?」
ロウが神術を発動させてくれたのはわかった。それでも彼が平然としているのが信じられない。
恐る恐る聞いてくる琴子の様子がロウにとっては愉快なようだった。かすかな笑みを浮かべたままロウが首を横に振る。琴子はびっくりしてシャンの方も振り向いた。彼も琴子を見てニヤニヤ笑っているだけだった。
「これが神術だ。まじないは神術の一種だといえる。違いはまじないの多くは神力を使うので誰でもできるってことぐらいか」
「神通力は誰でも持ってるわけじゃないの?」
「そうだ。たいていの人間は神力しか使えない。それでもまじないは使えるし、簡単な神術なら十分使える。問題はそれ以上のことをしようとしたとき、神力だけでは間に合わなくなる。………言っただろ?〝気〟は生命エネルギーだって。使いすぎたらそのまま死ぬ」
「死ぬ………」
端的に言うロウの言葉がやけに重く響く。
その時丁度扉をたたく音がした。
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