邂逅-3



「きっ」

「シャン‼」

「まかせろ!」


 気づいたら琴子はどこかに倒れていた。頭の中がふわふわする。この、妙な浮遊感は何だ?最初自分がどんな体勢をしていて、どっちが上でどっちが下で、止まっているのか落ちているのかすらわからなかった。靄がかかったような頭で、ゆっくりと、ゆっくりと、自分の五感を認識していく。


 ああ、なるほど。自分はどうやら床にうつ伏せでいるらしい。


 床?床ってどこだ?私はどこにいるんだ?

 ぼやけた意識は役に立たなくて、よくわからないままゆっくりと体を起こした。


(たしか……そう、私は電車にのって……)


 暑くって仕方がなかったから電車が早くホームに来てくれたのが嬉しくって、それで、何で、床?しかもこの床木だし。絶対電車じゃないし。待って、ここはどこだ?埃くさいな。なんで、私電車の中にいたはずなのに。電車の中で、私は一体………、


(ああ、そうだ)


 落ちたんだ。

 電車が、いきなり、真っ逆さまに!空の中に落ちていったんだ!それで私は上も下もわからなくなって、怖くって、内臓がひっくり返りそうで、意味が分からないから思わず目をぎゅっと瞑った。それで、それで、それで……あれ。


 ここは、どこ?


 サァっと血の気が引いていく感覚。意識がはっきりした途端、目の前のモノが視界に飛び込んできた。ここはどこ?なんでこの部屋は荒れているの?こんな場所、私は知らない。そう思いながら、ふと琴子は何かに気付いた。まだ心のどこかがぼんやりしていて事態を把握しきれていない気がする。そんな感覚。そのまま宙に浮いていた視線をすっと元に戻す。


(あっ)




 男が、こっちを見ていた。




 そこからは息をのむよりあっという間だった。琴子が悲鳴をあげるよりも早く男の一人が琴子の口を押え、気が付くと琴子は地面に押さえつけられていた。早すぎて、恐怖を覚える暇もない。


(待って待って待って待って!!!)


 なんじゃこりゃ!と叫びだしたくなる衝動をこらえる。

 予想外だ。予想外すぎて意味が分からない。


 なんじゃこりゃ!!!!!!!!


「お前、誰だ?」


 気が付いたら男が一人琴子の顔をのぞき込んでいた。


 「お前誰だ?それはこっちの台詞だ!いきなり襲いかかってきて!こっちだって意味が分からないよ!」…なんて言ってやりたいけど、あいにく琴子の喉はすっかり乾ききっていて言いたいことの一つも言い返せなかった。


 黙っている琴子から視線を外すと、黒髪の男が琴子を押さえつけている男に声をかける。この二人は仲間なんだろうか。何なんだろうか。これから一体どうなるんだろうか。そう考えたら一気に不安になってきてしまった。これは良くない。鼻の奥がツンとするのを琴子は意地で抑える。こんなところで泣き出したくない。


「あんま強くやりすぎんなよ。折れるからな」

「わかってるよ!」


 前言撤回、泣きそう。今とても物騒な会話がされた気がする。


「女、名前は?」

「…………」


 心臓が、早鐘を打つ。相手の目が真っ直ぐと自分を射抜いていて、怖い。

 怖い、怖い。


「……そうか。俺はロウ、今お前を押さえつけてるのがシャン。それで、お前の名前は?」

「…………早見、琴子」


 しばらく迷ったのち、琴子はしぶしぶ自分の名前を名乗った。自分でもわかるくらい声が震えているのが情けない。


「……お前、二つ名があるのか」

「…………」

「お前は誰だ?どうしてここに飛ばされたんだ?」

「…………」

「……答えないのか、答えられないのか、答えたくないのか」

「…………腕が、痛い、です」


 ロウと名乗った男はかすかに目を細めた。そして眉をひそめてもう一人の方を見る。


「……シャン」

「俺のせいか!?手加減なんて普段しないんだから出来るわけないだろ!」

「わかったから、放してやれ」

「いいのか?明らかに不審者だぞ。」

「ずっと押さえつけてるわけにもいかないだろ。それに、早くこの部屋を何とかしないと今日俺らはどこで寝ればいいんだ?」


 そういうと二人の男は顔を見合わせた。


「………とりあえず、この女から話を聞かないことには始まらない。この部屋が使えないならどこか空き部屋に移動しないと」


 そういって黒髪の男は琴子の方へ視線を落とした。




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