邂逅-1



 夕暮れが都を照らした。ロウとシャンは寮に帰ってきて、二人してため息をついた。結局ペナルティを終わらせるのに、この時間までかかってしまったのだ。月に一度、都に立つ市は昼前から賑やかだが、夜になると一層華やかになる。まだまだ学院には人は戻りそうになかった。


「ああああーだりぃぃー」

「うるせえ」


 学院の西部に位置する学生寮。一号棟から二十三号棟まであるが、そのうち一五が男子寮だ。ロウとシャンはその十三号棟の二階に住んでいた。今は学生の数がそんなに多くないので、たいてい三人部屋を二人で使っている。ちなみに残りの棟は女子寮で、件の巫女寮は学生寮からさらに奥まったところにある。一応女子寮も男子禁制だが、そこまで厳密ではない。


 季節は秋に差し掛かり、夕日の色がきれいだった。シャンは布団に飛び込むとそのままごろごろとだれている。


「お前、修練はいいのか。今日してないだろ」

「今日は祭日」

「……あっそ」


 呆れてそう返す。ロウは借りてきた本を取り出すと自分のスペースを陣取った。二人の部屋はお世辞にもきれいとは言い難いので何をするにも自分の陣地を取る必要がある。


「そういや、昼間ロウがなんか言ってたけど、別に何もなかったな」

「そうだな」

「勘が外れたな」

「そんなときもある」

「でもさっき上宮の方から車が来てたぜ」

「……車?」

「そう。紋章もないシンプルな車だったけど、もしかしたら学院長はあれに乗ってたんじゃないか?」

「………となると、行き先はやっぱり上宮だったか……」


 当たり前のようにロウがつぶやく。


「なんだ、予想してたのか」

「まあな。学院長は現皇の主治医だからもしかしたらと思っていた」

「てことは…現皇が急病になったってことか?」

「……どうだろうな。そうかもしれないし、違うかもしれない。まだ何とも言えない」

「……なあロウ、そういやなんで巫女寮に忍び込もうと思ったんだ?何が見たかった?」

「それ今聞くことか?今更だろ」

「仕方ない。今不思議に思ったんだ」

「恋にうつつを抜かしてるから、阿呆が悪化したんだな」

「うるせえ!」

「そうだ、今からでも例の巫女寮の女を誘ってきたらどうだ?」

「はあっ?馬鹿かよ!寝言は寝て言え!」


 思った通りの反応にロウが肩を震わせて笑う。

 シャンが憮然として睨み返すがそんな視線、何も怖くない。


 繁華街から遠く離れた二人の部屋でも、その賑やかな気配が感じ取れた。

 秋の夜は長いから今から行っても十分楽しめるだろう。

 まあ、ロウ自身が市に行くことはほとんどないが。


 シャンを適当にからかうと、ロウは本に視線を戻してしまった。シャンはそれを見て、しばらくして、そしてようやくはぐらかされたことに気付く。


(……相変わらずな奴だな!)


 八歳の時に突然転がり込んできたロウは、出会ったころからつかみどころのない奴だった。決して多くのことを語らない。それでもなんだかんだ上手くやってきているのは、単に腐れ縁だからだ。普通に知り合っただけなら、なんだこのいけ好かない奴はってなるだろう。というかなる。絶対なる。シャンは顔をしかめた。


「ロウ」

「………………ん?」

「腹減った」

「食ってこい」

「市に行こうぜ」

「はあ?」

「市に行きませんか」

「ひとりで行け」

「そこをなんとか」

「暇じゃない」

「ひきこもりめ」

「あ?」

「もやし」

「うるせえ」

「泣き虫弱虫本の」

「うるっせえな、邪魔するな!さっさと女でもひっかけてどこへでも行け‼」

「ひでえ!」


 ブチ切れたロウの怒声が響く。ついでに本も飛んできた。そのうち蹴りも飛んできそうだったので慌ててシャンは逃げ出した。


「いいじゃんか!俺たちもうすぐ卒業だぜ!?遊ぶだろ!」

「俺は!その前に!登用試験があるんだ!」


 シャンの言う通り、二人は来月に卒業を控えていた。長く住んでいた学院からも出ていくことになる。だからか、この時期は妙に学院から人気がなくなる。


 とはいっても神官を目指しているロウにとっては、学院を卒業することよりも登用試験に合格し上宮に勤められるような一級神官になることの方が重要だった。怒りに任せてシャンの背中に枕を投げる。それも間一髪避けながら、なおもシャンはロウに食い下がる。


「大丈夫大丈夫!ロウならなんとかなるって」

「うるせえな!適当なこと言ってるとその頭かち割るぞ筋肉達磨!」


 楽観的なシャンの言葉がロウの苛立ちを加速させていくようだ。

 さっきから攻撃がだんだん荒くなっていく。


「そんなこと言ってどうせ勉強しないだろー」

「お前は修練でもやってればいいんだ!部屋に帰ってくるな!」

「俺はもう卒業試験は終わったし!後は班割りを待つだけだし!」

「失せろ!」

「ひでえっ」


 ロウの蹴りが出てきたところでシャンはからかうのをやめた。これ以上は良くない。神術を使われたら最後、この学生寮が吹っ飛ぶ。


「まあまあ落ち着けって。どうせ祭日は食堂もやってないんだし、どっかに食べに行かなきゃいけないんだからついでに遊びに行こうぜ」


 なれなれしい笑顔でシャンがロウの肩を掴むが、ロウは動かない。

 普段なら拳が飛んでくるにも関わらず無反応なロウに、シャンも顔をかしげた。


「―――シャン」


 何かを探るようにロウはじっと動かない。


「どうした?」

「〝腐蝕〟が近くにいる」

「!」



 ピンと、空気が止まった。




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