青天の霹靂

ハジメ

第一章 空に落ちる

プロローグ


 八月の真っ昼間に制服を着こんで突っ立っているのは、学校に呼び出されたからだった。蝉の声が煩いぐらいにまとわりつく。粘っとした空気。最悪。声に出さなくたってわかる。


 片田舎のホームに避暑なんて言葉はない。

 遠慮なく浴びせられる熱線に黙って耐えるしかない。

 熱いコンクリートが靴底越しに足裏を炙る。今にも肉の焦げるいい匂いがしてきそうだ。汗は絶えず流れてくるから、諦めて拭くのをやめた。お気に入りの黄色いハンカチもこれじゃすっかり台無しだ。


(クソ担任め…)


 暑すぎて舌打ちをうつ気にもなれない。

 あと十分この仕打ちに耐えなければ。ケータイはこれから一時間弱続く車内でのお楽しみにとっておきたい。旧型のスマートフォンはあっという間に充電が切れてしまうのだ。新機種に変える予定は、今のところまだない。


 蝉の音が囃し立てる。

 空の青が目に染みる。


 日焼け止めはすっかり落ちてしまっただろう。汗で髪が首筋にくっつくのが気持ち悪い。琴子が夏の暑さに耐えきれず、お気に入りのハンカチを取り出したとき、時間よりもだいぶ早目に電車がやってくる音が聞こえた。

 青空と入道雲を背景に鮮やかなグリーンの車体が身体を揺らしながらホームにやってくる。ゴトンゴトンといつもの音をたてながら琴子の前で止まった。


 なんかおかしいな。


 そう思いながらもプシューと開かれたドアに向かう。いつもなら時間丁度にやってくるのにと。

 それでもラッキーだった。あと十分炎天下の中待っていることを思えばこれ以上うれしいことはない。通学鞄片手に意気揚々と乗り込んだ。冷気が琴子を包む。思わずため息が出た。本当に、早く来てくれてよかった。


 誰もいない車両で勢いよくシートに座ると、琴子は思いっきり背伸びをした。

 薄っぺらい鞄にはプリントが一枚ぺらりと入っている。

 ついさっきまで学校で進路指導を受けていたのだ。進学校の括りに入る高校に入ってしまったばっかりに、手あつい指導を受ける羽目になってしまった。二年前の自分を恨めしく思う。

 周りのクラスメイトも、すっかり受験モードに入ってしまった。

 部活に打ち込みつつも、各々自分の学力と向き合っているらしい。


 将来のことなんて言われてもそれは何の確証もないことだ。

 今の時点でどれだけ真剣に考えたとしてもそれが本当になるかどうかなんてわからないし、真剣に考えた結果が未来の自分にとって正しいことかどうかなんてわからないじゃないか。

 だったら、だったら自分は、今の自分にとって一番いいことを貫きたいと琴子は思う。今の自分がやりたいこと。将来の自分のためじゃなくて。それが一番後悔しないことだと思う。

 まあその結果こうやって夏休みにも関わらず、クラス担任に呼び出されたわけだが。


「はあーっ」

(…あれ?)


 伸ばした腕を深呼吸とともに下ろしたときに何か視界に引っかかった。


(やばっ、ハンカチ落としてた)


 幸い発車時間までまだ少しある。琴子は急いで立ち上がり、ホームへ戻ろうとする。

 その時だった。


 琴子が立ちあがったその瞬間に、ガタンと電車が揺れる。すると、それは、確かに、


「きっ」




 急降下していったのだった。






 電車は底が抜けたように下へ下へと落ちていった。

 そこに地面はなく、あるのは空ばかり。

 そして彼女は青空に、落ちていったのであった。









「きゃあああああああああああああああ」










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