六日目(1) 寄り添う友人

「前線に比陽ひよう様が姿を見せられたとか」

 思誠しせいは莫迦なと眉を顰めたが、実際、城の中から比陽の姿は消えていて、占いで全てを見通してしまう桂雅けいがが何も言わないので、きっとそれは事実なのだろうと納得した。

 合わせてもたらされた、向ってきていた軍の歩み速くなったとのしらせに、いざ決戦、と実に慌ただしく出撃していく。

 主だった武将たちにだけでなく、城主その人が不在となった西寧の城は静まりかえっている。

 その中で如何過ごすか。思誠が城主の機嫌のためにできそうなのは何か。

 きっとそれは、帰ってきた時に相手する人間を用意しておくことだろう。

 幸い、血色の悪い娘と、顔に痣を作った少年が残されていた。


 朝日が目に刺さるというのに、二人とも窓から丘の下に広がる街を見ていた。

 一人は椅子に座って。今一人は窓枠に腰掛けて。

奏牙そうが

 部屋の入り口に立ったまま、枠に乗っている方へ、湿った視線を送った。

「その痣、また桂雅に殴られたのか」

「うん?」

「今度は何を八つ当たりされた」

 城主の従者であり、友であり、人形である少年――奏牙は頬をかいた。

「これはね、八つ当たりじゃなくて怒られたの」

「はあ?」

 思わず声を裏返す。奏牙はぶうっと頬を膨らませた。

「僕がさ、桂雅様の作った鎖なんて千切れるよって言ったら、あいつ本当に引き千切って逃げ出しちゃったんだよね。それを怒られた。なんで切れるって教えたんだって」

「……あいつって比陽か」

 額を抑え、だから居なくなったのかのか、と嘆息する。

 そのまま視線を、椅子に座っている方、城主が新しい名前を与えた娘に向ける。

「何処に行ったと思う?」

「分からない。逃げるなら一緒だと思っていたんだけど」

 くすくす、と声を立ててからりんは顔を伏せる。

 椅子に座ったまま、ゆらゆら、と足を揺らしている。足を包んだ靴には煌びやかな刺繍。南の海の先で好まれるという柄が、光を弾いている。捕まえた時の衣から思うに、北の山の一族なのだろうに、何の因果だというのだろう。

 もう一度息を吐いて、思誠は奏牙に向き直った。

 彼はまだ膨れっ面だ。

「あいつが何処に行ったかなんて、とっくに桂雅様はご存じだよ」

「おお」

「その結果で、早めに出かけられたんだもん」

「前線に出てきたのが正真正銘の本物だったか――そうあっては黙っていられないものな」

 思誠は呟く。

「だとしても、あいつはをしたくて軍に戻っていったんだ?」

 秘法の鍵を持って、季節が二回変わる間逃げ回っていたというのに、どういう心境の変化だ。そう首を捻っている傍で。

「知らないよー。あいつが考えていることなんて!」

 窓枠からずり落ちて、奏牙は脚をばたつかせ始めた。

「確かにあいつが『二番目』だけど! あいつも桂雅様と繋がっているんだけど! でも俺は関係ないし! 俺は繋がってないもん、考えなんか理解しないもん」

 窓の反対側に行ってしまった少年を追って、先に凜が枠から身を乗り出す。

 思誠もまた、歩み寄って、見下ろした。

「あいつ、本当に嫌い」

 枠の下側の壁を背にした少年は、静かに顔も腕の中に抱え込んだ。

「死にたくないって言って、逃げてばっかなのが厭」

「死なねえためには、殺してくる相手から逃げるしかねえからなあ」

「別に戦って勝てばいいじゃん。なのに、逃げてばっかなのに、でかい声で怒ってばっかなのが嫌いだ」

 と奏牙のくぐもった声が続けた。

「陰で嫌だっていう前に、正面に出てって止めろよって思うじゃん」

「どうだかな」

 ふっと嗤う。

「それができりゃあ苦労はねえよ」

「そう?」

「そういうもん」

「認めたくない」

「我がままめ」

「うっさい!」

 きつく睨まれたが、思誠は緩やかに笑った。



 王宮の息苦しさの中ではとても、前向きに闘おうという気持ちを保ち続けられそうになかった。

 魔術師として国に仕えることを望みながらも、一線を越えてはいけないと頭を押さえつけられる。

 優れていると褒め称えながら、己たちより上に立つことを赦さない認めない。そう、金色の眸を持った一族は振舞っていた。


 その中で、確かに王の血を引きながらも深い海の色の両目を持った王子は微笑んで、じっとしていた。

「どうして金色の眸じゃない?」

 不躾な問いかけは、押さえつけられている鬱屈を晴らしたかっただけのもの。

「金色だったら、威張れたのかな?」

 それでも相手は――桂雅は笑みを返してきた。

 その、子供心にも繊細な造りと判る顔立ち、優美な所作に、奇妙な鼓動を感じた。

「俺が威張らなくても、征雲叔父がいる」

「征雲様が威張っていればいいのか?」

「間違いなく父上の次の王様は征雲叔父だからな」

 征雲の、硬質な美しさでもって道の真ん中を歩いていく姿を、眩しそうに見つめながら、桂雅は言った。

 一方で。

「王様が一番強い。一番偉い。王様さえよければいい――それが今の国の形だ」

 夜の闇に紛れて、ひっそりと嗤いもした。

「それがいつまでも続けられるわけがないだろう。いつ引っ繰り返されるか、その場に俺がいるのか、それを先見できればいいのにな」

「おまえの生きているうちにその時が訪れるとしたら、どうするんだ」

「望むところ。そこまでせいぜい長生きしてやるさ」

 眸の色で虐げられる桂雅は。

「おまえも生きろよ」

 魔力を伸ばさぬよう押さえつけられた思誠に、そう言って手を伸ばしてきた。


 それがどうだ。

「何が起こったのか、自分でよく分からない」

 右目を押さえ、膝に血まみれの子どもを乗せ、彼は笑っていた。

「死にたくないというから、魔力を分けてやった。それが『人形』にするということだったとやっと知った」

 滑らかな声を聴きながら、桂雅と、人形にされたのだという奏牙を交互に見遣る。

「私も踏みつける側の人間だったということらしい」

 桂雅がゆっくりと顔の半分を覆った掌をどけた時、思誠は息を呑んだ。

 その彼が何を言うより早く、不都合なものは隠してしまえと思った。



 血の匂いが、意識を現在へと引き戻す。


 帰還も急で、実に慌ただしかった。

「主だった敵将は討ち取ったり」

 豪快に笑って告げる将軍に、桂雅は手を振る。

「残された者の処遇も決めねばな」

 艶のある、良い音のする衣に着替えた主の前には、縄打たれた男。

 一人は胸まで届く白い鬚の翁。もう一人は比陽。

 不穏なことこの上ない場へ、奥に引っ込んでいたはずの思誠も呼び出された。城主が自他ともに認める友人をこんな政の場に呼び出すことは滅多にない。

 呼び出された、傍に置いておこうとしたのは、この場が彼にとって息苦しい場だということだ。

――少しでも気楽になれるのかねえ?

 すらりと伸びた背筋を眺めて、溜め息を呑み込む。

 比陽の金色の眸の底には澱み。

「逃げなければ良かったものを」

 小さく桂雅は呟いた。

「敵軍にいたら、殺すより他なくなるだろうが」

「死にたくない」

 比陽もまた小声で返す。

 桂雅はゆるゆると首を振る。

「王族の証を持たぬ者が何を宣うか」

 元気なのは翁だけだ。

「他者を傀儡にもできぬ、金色の眸も持たぬ者が王になって、この国の形が保たれるものか」

 他にもまだ叫んでいる。思誠はわざとらしく耳を塞ぐ。桂雅は一度こちらを見て、笑った。

 形の良い唇が動く。

 引っ繰り返すのは、己ではないと。

――莫迦が。

 手を下ろす。

 桂雅も前を向き直り、翁の正面に立った。

「そこまで拘るというのなら致し方ない」

 瀟洒な眼帯が繊細な音を立てるのを聴いた。

 唇を噛む。

 友人は喉を震わせた。

「誇り高き将軍の最期は、この両の目でしかと見届けてやろう」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!