第29話 ヤマトの回想 2

 「……参った」

 

 これで……何度目だ。

 俺は、強い。強い……はずだ。





 ……試練の門にも種類がある。

 発見されているのは三種だ。


 先ずは一種目。

 階層を隔てる、大門。

 これが一番基本的なもので、それでいて一番厄介な門だ。門番も強力である。

 何しろ突破せねば次の階層に進めぬ。

 まあ他の階層への抜け道を見つける方法もあるが……それは裏道なので正道を行くより厄介な場合が多い。


 二種目が小門。

 大門と大門の狭間に有る門。

 階層の中にあり、階層内の区画を区切っている。

 数は三種の中で一番多いが、門番は

 

 三種目が鬼門。

 死神が住まう門と言われている。

 入れば死ぬ。

 死なずとも、二度と月に挑むことは出来なくなる。

 鬼門は黒い。黒色の門には入るべからず。

 ちなみに大門と小門は赤色だ。


 さて。

 俺に、突破出来ぬ門がある。


 それは九階層にある小門だ。

 

 突破すればもう終わりは近いのだ。そろそろ月に手が届く。

 終着の十三階層に至ることが出来るはずなのだ。


 俺は一人だが、強い。

 突破出来ぬ大門があれば、裏道に進み。得意な女形の敵がいる階層へ。

 実力が足らず勝てねば鍛練を積み、勝つ。

 敵の弱点を探って罠にかける。

 他のヒトを金で雇って使い捨てたこともある。

 勝つためには何でもした。

 ただ、先へ先へ先へ進んだ。


 たどり着いた、九階層。

 ここを越えれば大台の十階層だ。

 

 そこで。

 裏道で九階層へ来た俺を、一つの小門が阻んだ。

 今回に限り、この進路に限り、回り道はできぬ。

 

 その小門は、ありふれた試練である。

 潜れば先ず剣道場のような場所に飛ばされる。

 そのの定めは三つ。

 一つ、正々堂々と戦うこと。

 一つ、殺すか相手に参ったと言わせれば勝利すること。

 一つ、相手は己と同等の力量であること。


 その定めに従って相手が、敵が、門番が現れる。

 寸分違わず己と同等の力量を持った敵が。

 

 小門である。この三つの定めもありふれたものだ。

 他の階層でも全く同じ定めの小門がある。

 以前、まだ若かった頃の俺も何度か潜ったことがある。


 己と同じ相手だ。良い練習相手になる、ましてや参ったと言えば命は取られぬと、簡単に考えていた。そして、勝てねば後回しにしていた。

 

 それが、このような形で、この位置で俺を阻むのか……。

 

 板張りの道場。

 目の前には、般若面の鎧武者。般若の癖に俺の目は効かぬ。

 鎧も目に見える形だけで、実態は俺が着ている着物と同じ防御力しかない。


 武者は濡れるような光を放つ刀を正眼に構えている。

 

 ……知っている。その構えは知っている。

 三つ目を持って如何なる敵も切り伏せると構えるその心も、その刀も、その姿も。

 

 考えるに俺の強さはこの目にある。

 体さばき、刀の降りは良くて達人止まり。

 そんな俺が達人どもを抜けて、超人の域に足を踏み入れている。

 やはり、魔力が見えると言うのは大きい。

 相手の魔力をよく観察することで、相手がどう動くか予測できるのだ。

 その域に至るには当然努力した。俺の奥義といっても良い。

 

 

 だか、この場では相手も全く同じ。

 いくら己を鍛えようとも、この場では意味は無し。

 この場では、罠を仕掛けるなど卑劣な行いは許されない。

 

 ああ! ああ! なんと、腹立たしい!

 

 ここは、試練の門といっても、小門。

 敵は弱いのだ。

 実際、他の者達は簡単に突破する。

 一つに組を作っているから。仲間がいるから。連携して試練に当たれるからだ。

 この小門、同じ力量の敵が現れるが、向こうは連携はせぬ。

 敵はそれぞれ己の全力で向かってくるのみ。

 互いの力を伸ばし、協力する仲間がいる方が強い。

 

 仲間、仲間、仲間か。俺には無いものだ、腹立たしい。

 

 だが、俺が何より腹立たしいのは……。


 俺は見る。相対する武者を見る。

 

 俺はすっと、袈裟斬りに斬りかかる。

 武者は右足から俺の懐に入り込むようにして避ける。気付けば相手の刀が俺の喉を切り裂いた。その未来を見た。

 

 ……駄目か。

 

 俺は武者の小手を撃ち据えに行く。

 武者は、すっと前に出で刀を突き出す。

 刀は俺の胸を突き破った。その未来を見た。


 これも、駄目……。


 腕一本捨てる決心をする。

 隙をみせ、実際に作り武者を誘う。

 好機を見逃さず武者は上段から刀を落としてくる。

 俺は左腕を掲げる。肉を切らせ、骨を切らせ、その隙に相手の喉を狙う。


 俺の刃は武者の喉を切り裂いた。……切り裂いたが、倒れるまでの僅かな間、相手は俺の左腕を切り落とし、返す刀で俺の胸を突いた。その未来を見た。


 ……相討ちでは、駄目だ。駄目なのだ。

 

 ……なぜ勝てぬ。

 

「……参った」

 俺は、遂には相手と刃を交わす事も降参した。



 俺が何より腹立たしいのは、己自身に勝てぬこの弱さだ。


 ああ、俺は強くなど……無かった。

 

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