ガノタですがなにか?

ながやん

翔べ! ガンダムオタク

第1話「少年が見た流星」

 日陽ヒヨウいづるには、好きな人がいる。

 入学してすぐ好きになって以来、半月間ずっと好きな人がいるのだ。

 今日もその姿を誰もが振り返って、異口同音に声を連ねる。


「見ろ、副会長だ! ごきげんよう!」

「今日も素敵ね」

「凛々しくていらっしゃるわ……嗚呼」


 その名は、阿室玲奈アムロレイナ

 私立萬代学園しりつばんだいがくえん高等部二年生、生徒会副会長。成績優秀、容姿端麗、スポーツ万能のクールビューティ。誰が呼んだか、"萬代の白い流星"という謎の二つ名すらある。憧憬どうけいの念を一身に集める高嶺たかねの花、学園のマドンナ……そして競技を問わず活躍するその姿は正しくエース。

 とどのつまり、いづるの想い人は超が付くほどのハイスペックガールなのだった。

 だが、いづるとてこの春から高校生だ。

 行動と態度で示すべきを示す、そういう決心ができるくらいには男の子だった。

 時に男は、太陽へ飛ぶイカロスの如く羽撃はばたく必要があるのだ……たとえその身を光で焼かれ、紡いだ翼を溶かされようとも。それで致命的なダメージを負っても、悔やまない。

 やらない後悔よりもやった後悔、それくらいにはいづるはポジティブだ。


「よ、よーし……日陽いづる、いっきまーす!」


 放課後、生徒会室前で声をかける。

 それだけじゃない……ラブレターを、渡す! 三部作にまで膨れ上がった小冊子を、どうにか便箋びんせん十枚に落とし込んだ力作だ。

 今時見ない古風な手段を選んだのにも、訳がある。

 阿室玲奈は、昨今ちょっといないタイプのお嬢様なのだ。

 昭和の文学少女という雰囲気がある。

 セピア色の銀幕に出てきそうな、おしとやかで楚々そそとした深窓の令嬢……それもまた彼女の持つ一面だ。物静かで、いつも涼やかな表情を絶やさない。


「西棟の四階。この先に生徒会室が……ッ!?」


 階段を登り切ったいづるとすれ違いに、何人かの上級生が去ってゆく。誰もが皆、この世の終わりみたいな顔をして肩を落とし俯いていた。その中の一人が、あっけにとられるいづるに気付いて脚を止めた。

 確か、この三年生はサッカー部のキャプテンだ。


「……君も、くのか? そして、く……」

「あ、あのっ! 先輩、それって」

「また、今日もあの言葉に皆が散ってゆくのだ。そう……まるで通常の三倍の早さで散る桜のように切ない。切ない、切な過ぎるっ!」


 サッカー部キャプテン、加えて言えば女子に人気のイケメン上級生がグッと目元を指で抑えた。なにごとかといづるは狼狽うろたえてしまう……いづるは取り立ててなんの自信も自慢もない、どこにでもいる普通の男子高校生だ。

 成績、並。

 容姿、無難。

 特技、ナシ。

 そう、まるで「特徴がないのが特徴」と言われるジム・カスタムみたいな少年がいづるなのだが、そう言っても本人には伝わらないだろう。

 、通じない話なのだ……今は、まだ。

 そんなこんなで、いづるの目の前で震えながら上級生は悲痛な叫びと共に走り去る。


「あっ、あの! 先輩!」

「友達……友達でいてくれないかしら! って、言われた! お友達にでもなりにきたのかい、って笑い飛ばされた方がマシ、だが彼女は! 阿室は! すっごくイイ娘なんですよぉぉぉ!」


 去ってゆく背中がすすけてた。

 そして、男の号泣がいづるの心に病気を植え付ける。

 臆病と言う名の病魔だ。

 自然と震えが込み上げ、淡い恋心に灯った勇気の炎が揺れ動く。否、それは火と火が合わさる無敵の炎というには小さい、ほんの僅かな火種。そして若干ネタが違うGだが、ようするに頼りない、それでもいづるの精一杯だったのに。

 それも今、消え入りそうだ。


「あ、明日に、しよう……かな? い、いやっ、駄目だ!」


 いづるは懸命に自分を奮い立たせる。

 元から交際してもらえるなんて、思ってはいない。

 ただ、想いを伝えたい……お慕いしてますと! 君は!

 競争倍率の高さは知っていたし、彼女は高嶺の花を通り越して今や、天空に輝く星だ。

 そう、北斗七星の隣に輝くあの星だ。

 告白はイコール即死という、この学園の風物詩になりつつある挑戦。

 それでもいづるは、なんとか自分を生徒会室の前へと進める。

 阿室玲奈の姿は、ない。

 いよいよ引っ込みがつかなくなって、いづるは生徒会室のドアを叩いた。


「どうぞ」


 楽器が歌うような声色だ。

 すべやかにいづるの耳へと入り込んで、優しく鼓膜を揺らす言の葉。自然といづるはドアを開くと同時に「失礼しまつ!」と最敬礼に頭を下げた。

 少し、噛んだ。


「あら、一年生ね? ようこそ、生徒会室へ。なにか御用かしら?」


 面をあげたいづるは、天使か女神か、その両方が生み出した奇跡かという美貌に微笑ほほえまれた。

 生徒会副会長、阿室玲奈が執務机から立ち上がる。整った顔立ちは凛々しく、僅かにつぼみのような唇を和らげる微笑が眩しい。涼し気な目元には大きな双眸が知的に輝き、開いた窓から吹き込む春風が長い長い髪を揺らしていた。

 トレードマークと誰もが愛でる、額にVの字で揺れる二房ふたふさの飛び跳ねた前髪もキュートだ。


「あっ、あああ、あ、あの、ですね!」

「ええ」

「そ、そそそ、その……す、すみません。えと」

「落ち着いて頂戴、キミ。焦る必要はなくてよ」

「は、はいぃ」


 それでもいづるは、震える手をどうにか前へ。

 握り締めた薄桃色の封筒をかろうじて玲奈の鼻先へと突き出した。

 その瞬間、だった。

 不思議といづるは、フッと周囲の空気が雰囲気を異にする感覚に包まれる。言うなればそう、荘厳で華美な緊張感がナリを潜めた、張り詰めたプレッシャーが緩んだような感触だ。

 玲奈は、いづるの手からラブレターを受け取った。


(うっ、うう、受け取って、もらえた!)


 だが、次の瞬間……信じられない光景にいづるは絶句した。

 玲奈は、受け取った封筒を開封もせず。

 いづるの目の前で。

 引き千切った。

 何故かドヤ顔でキメた玲奈を前に、いづるの脳裏が疑問符に満たされる。


「す、すすす、すみません! すみませんっ!」


 慌てて謝った、謎の迫力が謝らせた。

 だが、その時にはもうふわりといい匂いがいづるを包んでいる。

 さわやかな柑橘系かんきつけいの香りで鼻孔びこうをくすぐりながら、そっと玲奈はいづるの耳元へ唇を寄せた。

 そして、珍事が怪異へとさらなる進化を遂げる。


「お前を、殺す」


 デデン! と心に音が響いた。

 この動悸、ときめきと言うには突き抜けた物騒さだ。

 ――お前を、殺す。

 英語で言うと"Kill You"……いづるは絶句を通り越して呼吸も鼓動も忘れてしまった。

 実質死んだも同然になったが、そこでようやく玲奈は「……っ!」と不意に後ずさった。その表情は頬がほのかに赤い。

 彼女は口元を手の甲で抑えつつ……ツツツと視線を逸らした。

 いつでも威風堂々とした最強ヒロイン、萬代の白い流星ではない。

 誰も知らない初恋の美少女に、いづるはその時初めて出会った。


「あ、あの……えっと、阿室、先輩?」

「え、ええ。その……ごめんなさいっ!」

「あ、いえ! 僕こそすみません! 身の程知らずで、僕っ! ビビって!」


 パム、と手と手を合わせると、玲奈は拝み倒すように頭を下げてきた。

 見れば耳まで真っ赤である。

 いづるはいづるで「ごめんなさい」が「大どんでん返し」に繋がる枕詞ではないことを知っている。そういう世代ではないにもかかわらず、わかっている。

 だが、顔を上げた玲奈は普段とは全然別の笑顔を見せていた。


「本当にごめんなさい、ええと、キミは」

「あ、いづるです……日陽いづる」

「いづる君、気を悪くしないでね……さっきのは、その、ただの決め台詞……じゃない! じゃないの、挨拶。でもなくて、生存フラグ! でもない。んもっ! 私ったら、その」


 あの玲奈が口籠くちごもっていた。言いよどむ姿など、いづるは初めて見る。

 もじもじと指と指を遊ばせながら、玲奈はようやくいづるの目を見て、そして再度バツが悪そうに微笑む。それは、どこにでもいる普通の女の子のようで、しかしどこにもいない異質な美少女へといづるが抱く印象を昇華させてゆく。

 訳も分からずただ、いづるは気がつけば頬が熱くて、頭はもっと加熱していた。


「私、その……ちょっと、人には言えない趣味があるの。だから」

「は、はいっ!」

「こういった殿方の気持ちには、応えられるかどうか」

「はい! それはもう!」

「だから、その、あのね?」

「はいいっ!」


 もはや全自動肯定機オートマチック・イェスと化し、ターンエーの精神で全肯定しまくるいづる。

 だが、その目の前で玲奈はクスリと笑った。


「だから、お友達でいてくれないかしら……これから」

「はいっ!」

「……ホントに?」

「はいっ!」

「そう……こんなに嬉しいことはないわ」

「はいっ! ……え?」


 我に返ったいづるが見たのは、いつもの高貴なる笑み、憂いを湛えたはかなげなスマイルではなかった。張り詰めた空気の奥から現れた、玲奈の満面の笑顔があった。

 長身の彼女は、身を屈めていづるの顔を上目遣いに覗いてくる。


「ホントに友達でいてくれる? 私、こう見えて友人と呼べる人間がいないから」

「は、はい」

「歌にもあるでしょ? 誰も一人では生きられない、って」

「は、はあ……えと」

「返事の他にも聞きたいぞ? ね」

「は、はい、じゃない、えと! とっ、とと、友達をやらせていただきますっ!」


 変な汗を滲ませるいづるを見詰めて、やはりクスリと玲奈は笑った。


「よし! じゃあ、よろしく。……ふふ、殺し文句ね。友達をやらせていただきます、か」


 玲奈は悪戯いたずらっ気の滲む笑みを浮かべて、ようやくいづるから離れる。

 いづるの恋がこうして、恋愛への道を転がり愛へと向かい始めた。

 恋より出て愛へと至る、人はそれを恋愛と歌った。

 その先に待ち受ける、玲奈の極めて特殊な趣味を知りもせずに。

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