濃霧の中で
濃霧に包まれた森の中。スマートフォンに示された時間的には午前6時。地図上でどこに当たるかが分からない今、何時頃に太陽が顔を出すのかすら分からない。時間は分かっても電波は圏外。ただの腕時計と変化ない。
「どれくらい歩いたんだ?」
メガネをクイッと上げて気だるげに呟く見笠木さん。
しかし、誰もそれに答えようとはせずただ黙ってひたすらに歩いていた。
落ち葉を踏む音がよく聞こえる。かなり霧は濃く、ほんの2メートルほど先を歩く前の人の姿すら
「そろそろじゃないですか?」
制服コスプレをした優樹さんがスマホに収めた写真と歩いてきた距離を鑑みてそう呟く。
「なんでそんなんわかるん?」
三好さんは鬱陶しいほど脚が痛いという顔でアピールしながら訊く。
「何となくですよ」
優樹さんは困ったような表情を浮かべる。
「あっ……」
足元に書かれた赤字を見つけて俺は声を漏らす。
それに気づいた見笠木さんが猪のような勢いで俺に駆け寄る。
「おい、何だこれ……」
「何だってあの地図に書かれてた真ん中の×印なんじゃ?」
見笠木さんがあまりに声を震わせ言うので、俺も少し嫌な感じがし、声を震わせて答える。
「そういうことじゃねぇ。俺が言ってんのはこの時を書いた赤いモノのほうだ」
キリキリと歯が軋む音が聞こえる。恐らく見笠木さんの口の中からだろう。
「何を言ってるの?」
三好さんとの会話が終わり、こちらに参戦してきた優樹さんが普通でない剣幕で話す見笠木さんに不思議そうに訊く。
「どうしたもねぇーよ」
見笠木さんはそう呟くと赤字で書かれた『ここ掘れ』の文字の『こ』の上部を人差し指でなぞった。
なぞられた部分が消えた。
そして恐る恐るというように見笠木さんは手に付着した赤の液体の臭いを嗅いだ。
「きゃぁぁぁぁぁぁ」
見笠木さんがその液体の正体を告げる前に三好さんの悲鳴が上がった。
俺たちはすぐさま駆け出し、声のした方へと向かう。
案外近くにいた三好さんの元にはすぐにたどり着いた。
顔色を無くし、恐怖で押しつぶされそうな雰囲気である。
「やっぱりか……」
目の前に広がる光景を見て見笠木さんはそう呟いた。
血で出来た水溜りの上に紫色の顔をした女性の姿。体の中心には刃物が突き立てられている。白いフリルのついたワンピースは見る影もないほど真っ赤に染まっている。
「やっぱりってどういうことだよ」
優樹さんは怒りを露にして見笠木さんに詰め寄る。
「あの字を書いたのは血だったんだよ。だから……」
「ふざけんなよ! なんで……、なんで
「知らねぇーよ」
メガネを押し上げて素っ気なく答える。
「知らねぇーって!」
そう叫んで優樹さんは見笠木さんに殴りかかる。
「やめっ! 今ここで争ーても何もならへん。これ解いて犯人突き止めよ。そーせな、みんなの大事な人が危ないってゆーことやろ?」
三好さんがいつの間にか手に持っていた薄茶色の古紙をびらびらさせながら言う。
優樹さんは強く見笠木さんを睨んでから拳をおろす。
俺はホッとした。このまま喧嘩になったらそれこそ終わりだと、そう思ったから。やっぱりキャバ嬢は違うな。ん? キャバ嬢ってのは関係ないのか。三好さんの人格が凄いのか。
「それで、それはなんだよ」
クイッとメガネを押し上げ、見笠木さんは訊く。
「ここ掘れって書いたあったから場所を掘った。ほんなら出てきたんよ」
俺たちは濃霧の中でもよく見えるように密着レベルにひっついて古紙を覗き込んだ。
古紙には古ぼけた文字が書かれていた。
「ポルトが正しき道を導き出す。
現こんぺいとうてすいか
まどこんじょうんぎゅう
んきゅうけつきぷはずる
とめいたんていらかっぱ
ろくろくびきりんりすぼ
みせものせいやくつるた
かみさましんせつかめん
到」
一様に皆黙った。いや、発する言葉が見つからなかったのかもしれない。
「ど、どういう意味だ?」
少しズレ落ちたメガネを上げて直してから見笠木さんがつぶやく。
「分からへんけど、これ解けってことちゃう?」
三好さんが行く先を指差し言う。
指さした先には地図がないと迷うと言いきれそうなほど入り組んだ山道が続いていた。
「そういうことか」
見笠木さんは首を回してやる気モードになる。
一方で優樹さんは妻である望穂さんの死で感情が抜けきっていた。
俺はそれを呆然と見て、緋里と早く合流しないとという気持ちが強くなった。
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