私の彼氏は水たまり

tazma

第1話

彼氏が水たまりになった時、どんな顔をすればいいのか、私は知らない。

大きな感情を持った時、その感情のエネルギーで溶けてなくなってしまう。

彼は、どんな感情を抱えて水へと還っていったのだろう。


そんなことを考えながら、私は今日も安定剤を飲む。

私自身が水へ還らないために。


彼との思い出も徐々に水となって私の体から抜け落ちていく。

写真や記録もすべて溶けてなくなってしまう。

水になった人の記憶は緩やかに溶けてなくなってしまう。


安定剤を飲んでも、時々目から彼の記憶や、その時々の感情が零れ落ちる。

それをスポイトで集めて、小瓶に入れる。

本当は、かわいらしい瓶に入れたいのだけど、蒸発したり、瓶ごと溶けてしまうから、それはできない。

この水をできるだけ長くとっておくための、特別な瓶。

この瓶も1か月くらいで溶けてしまう。


そして、そのころには私の中からこの瓶の存在も、彼の存在も溶けてなくなっている。


私は、悲しい、と思う。

誰かを悲しむことができないことや、感情を忘れて生きること。

あぁ、こんなことを考えていたら、私自身も水へ還ってしまうというのに。

この憂いだけは、安定剤も消してはくれない。


あぁ、憂い。


彼と出会ったときも、私はこんなに取り乱していたのかもしれない。

あの時確かに、私は取り乱していた。そんな気がする。

一人には広すぎる家は、私の身近な人がほかにいたって、気が付いたんだっけ。

溶けてなくなってしまう大切な人。

大切な人のことを何も覚えていないことが怖くて、泣いていた。

そんなに泣いたら、全部涙になってキミいなくなっちゃうよ。

って、バカみたい。水になったのは君じゃないか。

大切な人がいなくなったら、また作ればいい。

忘れてしまったら、それは初めからいないのと変わらない、少し悲しいかもしれないけど、世界はそれで回ってる。

それの言葉で、私は少し楽になれた。

不安なときや、悲しくなったときは彼に電話したよ。

会って話もした。

なくなってしまう前に、少しでも思い出そう。


それが私なりの彼への追悼。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

私の彼氏は水たまり tazma @t_a_z_m_a_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る