ストラテジー・オブ・ランチ

由文

ストラテジー・オブ・ランチ

―――秋、食欲の秋。

 それを象徴するかのように、オフィス近くのコンビニでは系列店限定の惣菜パンのキャンペーンを始めた。いや、別にその系列のコンビニ全店舗でやっているわけで、そこだけって言う訳じゃないけれど。


―――お昼休み。

 僕はコンビニに、昼食を買う為に足を延ばしていた。店内にある適当におにぎりやスープなどを手に取りつつ、腹を満たしながら健康を維持できそうなものを選んでいく。

 ここはオフィス街で、このコンビニはそのオフィス街にある数少ないコンビニで、結果、昼食時の店内は朝の通勤ラッシュを思い起こさせるような混雑ぶりを発揮する。その中を慣れた様子で縫う様に進み、レジに並ぶ行列の最後尾へと付く。会計の順番が回ってくるまで待っている間、陳列棚をボーっと見ているとキャンペーンの広告が目に入った。

 どうやらこのコンビニが独自のブランドで出している惣菜パンのキャンペーンを始めたようだ。今回は巷で人気の、いわゆる”ゆるキャラ”を使ったキャラクターグッズを漏れなくプレゼントしてくれるらしいとのこと。一定の点数を集めれば良い訳で、今回貰えるのは可愛らしいデザインのマグカップだ。まあ、そこに描かれたキャラクターも可愛いかというと……微妙だ。

 それは熊をモチーフにしているらしく、まあ確かに熊の姿をしている。テディベアよりもさらにデフォルメ化してあり、それは二頭身で非常に頭でっかちだ。その頭と同じくらいの大きさの胴に、頭の大きさと反比例するような手足がおまけ程度についている。まあ、ここまでは良い。可愛らしく点で表現されている目はよく見ると半円で、半分閉じられている。熊の額と思われる場所には影が入り、どう見ても顔色が悪い様にしか見えない。さらに、左の頬には悪役宜しく大きな傷と縫い後が入っている。

 そんな、お世辞にも可愛いとは言えない様な熊のキャラクターは、その名を”やさぐれっクマー”と言う。まあ、確かにヤサグレているように見えなくも無い。公式設定などはよく知らないが、語尾にクマーとかつけてしゃべるのがこのキャラクターの口癖らしい。そんなことを同僚の女の子が言っていた。

 こんなのが可愛いの?と迂闊にオフィスで言ったら、猛反発を喰らった。このヤサグレたつぶらな瞳がキュートじゃない、とは先の同僚の女の子の談。本当に、いつになっても女性の好みってのは分からない。

 だけどそれは実際に人気があるらしく、店内にはそのキャラクターグッズがキャンペーンの景品とは別に、結構売られていた。

「次の方、どうぞ~。」

 元気は良いが、どこか間の抜けた店員の声が聞こえ、自分の順番になっていることに気がつく。僕は慌ててレジに自分の昼食を並べ、財布を取り出す。会計を済ませ、さっさと店を出る。早く昼食を済ませないと、午後一番で会議があるのだ。早足でオフィスに戻るうちに、キャンペーンのことはすぐに頭から消えていった。


―――夜。

「お先に失礼しまーす。」

 まだ仕事をしている同じフロアの人間に軽く挨拶を交わし、オフィスを出る。同僚の女の子も帰るのが同じタイミングだったらしく、オフィスを出たところで遭遇した。帰る方向は違うが路線は同じなので、駅まで一緒することにした。

 この娘はファンシーグッズが大好きらしく、色々集めていると社内で専らの噂だ。口を滑らせてゆるキャラの悪口を言ってしまい、一番猛反発したのも何を隠そうこの娘だった。以来、僕はこの娘に結構苦手意識を持っている。かなり可愛いし、彼女に出来たらいいなぁとは思うんだけど。話が合わない相手ってのはつらいものだ。悪い娘ではないので、会えばそれなりに話はするけど。

帰り道、話をしているうちに昼間のことを思い出した。

「ああそう言えば、お昼でコンビニに行った時見かけたんだけど。キャンペーンを始めたみたいだよ。」

「何の?」

「あの、熊の……やさぐれっクマーだ、そのマグカップが貰えるって。惣菜パンだけが対象みたいだけど。」

「ふーん、そうなんだぁ。」

 あれ?あまり食い付かない。この手のものならかなり話に乗ってくると思ったんだけど。キャンペーンのグッズとかにはあまり興味ないのかな、と考えていると彼女から話を振ってきた。

「ねぇ、お昼はいつもコンビニ弁当?」

「うん、大体そうかな。時間がある時は定食屋に行くけど。」

 そっか、と言うと何やら考え込んでいる。どうしたのかなと思っていると、駅についてしまった。改札を通り、それじゃぁ、と言いかけたところで彼女が先に口を開いた。

「明日から、あたしにお昼を用意させて。」

 一瞬、動きが止まってしまった。いきなり何を言っているんだろうか?頭の中は半分パニックになりかけているが、それを外に出してはいけない。努めて冷静に振舞わなければ。

「え?お昼?」

「うん。駄目……かな?」

 懇願するような顔つきで、下から覗き込まれる。それは反則だ。そんな風にお願いされたら、断れるわけが無い。

「いや、良いけど。」

「ホント?やったっ!」

 返事をすると、彼女は顔を輝かせて喜んだ。電車に乗るホームが違ったので、彼女とそこで別れた。別れ際、お昼を自分で買いに行っちゃ駄目だよ、と再三釘を刺されてしまった。

 一体何だったのだろう?彼女とはそこまで仲が良いと言う訳ではない。社内でもそんなに頻繁に顔を合わせる訳ではないし。まあ、今日のように帰りが一緒になることはあるし、仲間内で飲みに行くときに一緒に話したりもするけど。

もしかしてこれって、遠まわしの告白?思い上がって良いの?さっきまで苦手とか思っていたことは綺麗さっぱり水に流してしまおう。うん、やっぱり可愛い娘が彼女になるのって良いよね。

 今から明日のお昼が楽しみだ。うわ、オラわくわくしてきたぞっ!


 頭に花を咲かせながらボーっとしていたら、乗るはずの電車を一本やり過ごしてしまったらしい。随分浮かれていたらしい。薄ら笑いを浮かべながら、電車が来たのにも気づかず駅のホームに突っ立っている姿はさぞ間抜けだったろうなぁ。おまけに最寄駅の駅を一駅だけ乗り過ごし、反対方向の電車に乗り換えること5回。この日はいつまでたっても家に辿り着くことが出来なかった。


―――次の日。

 今日は朝早く目が覚めてしまった。

 普段なら朝食を取っている暇もなく、慌ててスーツに着替えて出て行くだけなのだけど、今朝は食事をしっかり採り、朝のニュースを見ながら食後のコーヒーを飲むという優雅な時間の過ごし方をしてしまった。そんな朝を過ごすのはドラマの中の人だけだと信じていたので、そんな過ごし方をしてしまった自分に驚きだ。これは間違いなく、昨夜の一件のせいだろう。いくらなんでも自分、浮かれすぎだろう。

 落ち着け、自分!まだ時間はあるから、もう一杯コーヒー飲もう。


 慣れないことはするもんじゃなくて、優雅に過ごしすぎて結果、出社は遅刻ギリギリになってしまった。


―――お昼。

「お昼だぁ~っ!!」

 待ちに待ったお昼休み。パソコン画面に表示されている時間が12時を表示するや、書類の作成を止め、後ろに伸びをする。休み時間になり、忙しい人以外は次々外へ出て行く。オフィス街では早めに行かないと、コンビニだろうと定食屋だろうと混雑して大変なのだ。みんな大変だなぁ、と僕はそんな人たちを見送った。

 今日は会議もないし、お昼休みは充分に取れる。時間があるので先輩が久しぶりに外に食事に行かないかと誘ってくれた。うれしいが、丁重にお断りさせていただいた。だって、お昼は準備してもらえるんだから!どんなお弁当なんだろう?自分から申し出てくるくらいだから、料理上手なんだろうなぁ。

「ごめん、待った?」

 ガランとなったオフィスで僕がやることなしに待っていると、後ろから声を掛けられた。振り返ると、彼女が立っていた。

「もうお腹ぺこぺこだよ。」

 椅子から立ち上がり、お腹をさすってみせる。待ったのは待ったが、別に悪い気分ではない。単に待ち遠しかっただけだし。どっちかっていうとテンションは上がりっぱなしだ。

「じゃ、行こうか。会議室が空いてたみたいだから、そこ行こ?」

 彼女は奥のフロアを指して言った。先に会議室へ向かう彼女は、コンビニ袋を提げていた。あれ、飲み物でも買ってきたのかな。にしては大きく見えたけど。とにかく、会議室へと向かおう。そこにはこれから始まる、夢の時間(言い過ぎ)が待っているはずだ!ああ、本当に待ち遠しい!



―――カチ。

 スイッチを入れると、ワンテンポ遅れて部屋の明かりがつく。普段は会議が長引いたりしてお昼も使われていることが殆どだが、今日は運良く空いていたらしい。二人で食事をするにはちょっと広すぎるが、まったく邪魔が入らないのはありがたい。いい雰囲気で食事が出来そうだ。

「さて、と。」

 彼女が手に持っていたものを机の上に下ろす。彼女が置いたのは、コンビニ袋一つ。他のものは無かった。手に何か持っている様子もない。

「これだけ?」

 持ち物がコンビニ袋だけとはまさか思わなかったので、僕は確認の為に聴いてみた。

「あれ、これじゃ少なかったかな?」

 言いながら、彼女はコンビニ袋の中を机の上に広げだした。

「……。」

 広げられたものを見て、言葉を失ってしまう。サンドイッチにロールサンド、いわゆる”惣菜パン”がそこには並んでいた。後はペットボトルのお茶があるくらいで、他のものない。……あれ?お弁当は?

「えーと、君はこれとこれと……あとこれもあげる!お腹空いてたって言ってたし、結構食べそうだしね。」

 楽しげな声を上げながら、広げたパンを取り分けてくれる。彼女が手に取ったのはりんごのデニッシュひとつ。 僕に渡されたのはカツサンドに鳥南蛮サンド、特大焼きそばパンの三つだ。あの、全部重いんですけど。

「あ、もしかして忙しくて料理する時間、無かった?」

 きっとお弁当を作る時間が無かったんだ。寝坊でもしたのかな。

「あ、それひどーい。」

 質問をしたら、パンの包装を開けながら顔をしかめられた。

「女性なら料理できて当然って言いたいの?それ、セクハラ発言だぞ。今時そんなこと言ってたらモテないよ。」

 ズビシ、という音がなりそうな勢いでひとさし指を目の前に突きつけられて、注意された。料理できないって、あれ?なら何で弁当を用意してくれる約束したんだ?

「でも、今日からお弁当用意してくれるって……。」

「お弁当?そんなコト言ってないって。お昼を用意させてって言ったんだよ?ここにあるパンはお昼用のごはん。ほら、間違ってない。それにあたし料理無理だし、お弁当作ってくるなんて不可能だよ。」

 絶対、と力強く付け加え、自分でうんうんと頷いている。いや、そこを力説されても困るような。それよりも、コンビニ弁当でもいいから僕と二人で食事をしたい理由でもあったのかな?だとしたら可愛いじゃないか。

「えっと、料理できないなら、なんでお昼用意するって言ってくれたの?」

「は?」

 素で返された。彼女の顔は、まさに鳩が豆鉄砲を食らったような感じだ。少しだけ空白の時間が生まれた。そして彼女は口を開いた。

「何で君のためなの?そんなわけないじゃない、これは私のなんだから、渡さないよっ。」

 パンをかき集め、腕で囲い込む。て、配ったり回収したり忙しい人だな。一体彼女は何がしたいのだろうと考えていると、回収したパンから何かを剥がしだした。

 ん?あれは……。

「今やってるキャンペーンの?」

 言うと、彼女は凄い勢いで顔をこちらに向けた。とても輝いている。うん、良い表情だ。目がキラキラしているし、後光が射しているようにいるよ。

「そうそう!ちょうど昨日から始まったみたいなの。あたし普段は、向かいのビルのお店にお昼食べに行っちゃうからぜんっぜん気づいてなかったわ。君が教えてくれなかったら、もっと出遅れるところだったよ。」

 剥がしたシールを僕に見せながら、ありがとねとお礼を言う。そういえば、何とはなしにそんな話題を出した覚えがある。彼女はお昼を買うついでに貰ってきたらしい、キャンペーン用の台紙にシールを張り替え始める。しかも鼻歌まで歌っちゃって。

 それにしても、シールの為にわざわざお昼をコンビニ弁当にするって……。ん?それじゃぁもしかして?

「えっと……じゃあ、お昼を一緒にって、このキャンペーンのため?」

「ん?そうだよ?」

 至極当然、といった様子で返された。そして彼女は続ける。

「そうそう、酷いんだよ?いつもなら同じ部署の人たちにお願いして協力してもらって集めてたりしたんだけど、今回はキャンペーンのことすら誰も教えてくれなかったの。キャンペーンのこと教えてあげても、みんな気の無い返事で協力する気なし!ねぇ、酷いでしょう?」

 彼女の部署は男ばかりの部署で、女性は数えるばかりしか居ない。その数少ない女性社員の中でも、年齢の若い女性は彼女一人だ。ここで言うみんな、というのはきっと年齢の近い男性社員のことだろう。いつも、ということはキャンペーンがある度、毎回手伝わされていたってことか。

 この類のキャンペーンは割と頻繁にあちこちでやっている。その度に付き合わされる羽目になっていたのか。何人か浮かんだ同僚連中に対して哀れみを覚える。まあ自分も同類だけど。そう考えると、今まで浮かれていた自分が凄い馬鹿っぽい。

「だけど、君だけでも協力してくれて助かったよ。独りで集めるの、結構大変なんだよね。二人なら目標まですぐだよ!」

 キャンペーンの商品は一つのみ、マグカップだけだ。必要な点数は30点。お昼の度に2点ずつ集めても、三週間で集まる。キャンペーンの期間は一ヶ月あるから、焦らなくても大丈夫なのだが、そこはまあ早く欲しいのだろう。

「さあ、目標は3枚分90点だよ。もりもり食べて、じゃんじゃん集めよう!」

 おー、と一人でこぶしを掲げてノリノリになっている彼女を見て、僕は慌てた。え、3枚?

「ちょ、待って。何で3枚?」

「食器類は普段使う分として最低二つ欲しいの。後一つは予備。」

 すぐに終わると思っていた点数集めは、その言葉ですぐ終わらないことを約束されてしまった。

「君は協力してくれるんだよね?」

 彼女の念を押すような言葉に、何かあきらめのスイッチが入った音がした。僕は一つ目のパンの包みを開け、かぶりついた。



―――三週間後。

「やっと、開放される……。」

 朝。家の鍵を閉めながら、安堵のため息と言葉が漏れる。

 あれから三週間、会社での昼食は全てコンビニ弁当となった。しかもパンオンリーという縛りつき。昼食で一日の栄養を取ろうとしている身としては、この仕打ちは酷い。サンドイッチとかに野菜があるだろうと言われても、あんなおまけ程度の野菜で栄養が取れると思っているなら大間違いだ。独身男の食生活舐めんな!と言いたい。

しかも、すぐに飽きる。一つの店のパンのレパートリーなんてたかが知れている。全く違うパンを食べ続けてローテートしたら、ものの数日で同じものが出てきてしまう。それを結果三週間も続けられては、飽きようというものだ。というか、ある意味拷問ともいえた。

 そんな地獄ともいえる日々が、ようやく昨日で終わった。目標としていた90点が集まり、それを景品と交換することであの生活からの解放が決定されたのだ。彼女と毎日、二人きりでランチと言えば聞こえは良いが、それも食事の内容による。食べ飽きたものを前に、楽しく会話をしながらの食事なんて出来るはずが無い。

 そんなことを知ってか、昨日は同僚からはお疲れ様会と称して飲み会が開かれた。やはり彼女の標的にされない為に、キャンペーンに関することには無視、無関心を決め込んでいたらしい。それを知らない僕はまんまと生贄とされたに等しい。それを労っての飲み会だった。

 出来れば暫く立ち寄りたくないが、朝食を買うためにコンビニに立ち寄った。そこは例のキャンペーンをやっているお店ではなかった。おにぎりとお茶を手にとってレジに並ぶと、あるポスターが目に入る。

『秋の食欲キャンペーン開催!今回は”ゆるみっぱ梨ソーサー”』

 よし、見なかったことにしよう。今目にしたものは心の金庫にしまい、厳重な鍵をかけることにした。



―――お昼休み。

「あ、いたいた!」

 食事に行こうとフロアを出たところで、声を掛けられた。この声は、この三週間、散々お昼休みの時に聞いた声だ。振り向くとその声の主は、おーい、と手を振りながらこちらに近づいて来た。コンビニに行ってきた帰りなのか、白い袋を手に持っている。

「ねぇ、さっき駅前のコンビニに行ったら、なんか別のキャンペーンをやってるの。ソーサーが貰えるんだよ、また協力宜しくね!」

 あの、何か決定事項みたいに言われてるんですけど。しかも手に持っている袋、中に入っているのがお昼ご飯だけだとしたら多すぎやしませんか?

「ごめん、暫く忙しくて昼休みに食事取れそうに無いんだ。だから今回は協力できないんだ。ホントにごめん。じゃっ!」

 言うだけ言って、さっさと立ち去る。また数週間単位の単調食事地獄になんか陥りたくは無い。ここは他の誰かに犠牲になってもらおう。


 まったく、彼女を作る際はどんな趣味・性格かも重要だな。僕は、彼女を作る当てが全く無いことを棚に上げてひとりごちた。

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ストラテジー・オブ・ランチ 由文 @yoiyami

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