第八十八話 屍鳥(しかばねちょう)

「餓鬼洞から這い出して来たものがいかほどの物かと思って来てみれば、この程度の力しか持たぬ物とはな」


 落胆したような言葉を口から吐き出しながらこの場に現れたのは、陰陽師の戦闘服である黒装束を身に着け、その上から白い羽織を身に着けて、白足袋(しろたび)に草鞋(わらじ)を履いた。身長百八十センチ余りの背丈の美丈夫、阿倍野道人だった。


 この場に現れた道人は、白い骨でできた体長五,六メートルほどの屍鳥(しかばねちょう)の上に腕を組んで仁王立ちしながら、全身を大小様々な白い骨に貫かれて瀕死の重傷を負っている大鬼たちや、まるで地獄絵図のように地面に縫い付けられて息絶えている。軽く百を超える餓鬼たちの群れを見下ろしながら、黒く長い髪を風にたなびかせて、屍鳥と共に上空から舞い降りて来た。



「道人っなぜ貴様がここにいる!」


 玲子が空から屍鳥と共に舞い降りて来た道人の姿を視界に収めるなり、親の仇を見るように目線を鋭くし、明確な敵意。いや、殺意を向けながら声を荒らげる。


 そして俺もまた道人と呼ばれる男の名を聞き姿を見た瞬間、初めて遭遇した相手だと言うのに、自分でもわからないほどの得も言えぬほどの明確な殺意が、自分の心の奥底から沸き上がってくるのを感じていた。


 その時、ほんの一瞬。俺の心の奥底から沸き上がってきた殺気に気付いた道人が、俺を視界にとらえると、何かに気が付いたのか一瞬目を見開き、口元を歪めるが。それは刹那の間に消え失せる。


 それから道人(どうじん)は、屍鳥(しかばねちょう)の背から飛び降り、面白そうに口の端を歪めながら、玲子に声をかけた。


「せっかく婚約者が窮地を救ってやったと言うのに、その言いぐさか玲子?」


「貴様と夫婦の契りを結んだいわれはない!」


「家同士が結んだ契りとしても、契りにはかわりあるまいて」


「家同士が結んだ私の許嫁は貴様ではない!」


「もはやこの世にいないもののことなど思っても仕方あるまいに」


「道人っ貴様がそれを言うかぁっ!」


 心情を逆なでするような道人の言葉を聞いた玲子が、刀の柄に手をかけて怒りの感情を荒らげ裂ぱくの声を上げる。


「私は晴人(はるひと)を殺めた貴様のことなど天地がひっくり返ろうとも決して認めん!」


「ふんっ未だに晴人のことを忘れられず、想いを寄せているとは、相も変わらず情が深い女だ。そういうところも私は気に入っているのだが、まあよい。今は玲子。お前と口論している暇はない」


「なんだと!?」


 自分を小馬鹿にしたような道人の口ぶりに、玲子が刀の柄を握る手に力を込める。


「まぁそういきり立つな。ただ私は、陰陽師として。目の前にいる悪鬼どもを駆逐するのが先だと言っているだけだ」


「くっ」


 道人の正論には、玲子もさすがに口を出すことができず、悔しげに唇を噛み締めると、握っていた刀の柄から手を離した。


 悔しげに唇を噛み締める玲子を目にした道人は、玲子を言葉で屈服させたことに満足したのか、フッと一瞬嫌らしい笑みの形に顔を歪める。が、すぐさま真顔に戻ると、大鬼たちへと鋭い殺気のこもった視線を向けて、己の式に命を下した。


「屍鳥(しかばねちょう)」


 道人に命を下された屍鳥は、ただ名を呼ばれただけで、道人が何を自分に望み。命じたのか理解したらしく。気味の悪い声で一声鳴くと、その場で片翼の全長が二メートルを軽く超える骨の翼を羽ばたかせて、地上から数メートルほどの地点にまで軽く身を浮き上がらせる。


 そして先ほど道人を乗せて遥か上空から、我が物顔で地上を歩き回り、俺や玲子や六花に襲い掛かっていた大鬼たちや餓鬼の群れを、一瞬で串刺しにして壊滅させた白い凶器である先端の鋭く尖った大小さまざまな骨の弾丸を、かろうじて生きながらえている大鬼たちや俺に向かって、翼の羽ばたきと共に解き放って来た。


 当然のことながら、素早い速度で襲い来る骨の弾丸を、先ほど同じ攻撃を受けて、体に思うように力が入らずに動きを鈍らせている俺や、先の屍鳥の攻撃で、致命傷足りえる傷を受けて、動きが鈍くなっている大鬼たちがかわせるはずがなかった。


 そうなると当然、瀕死の重傷を負っていた大鬼たちは、全身に白い凶器である骨の弾丸を受けて、一体、また一体と止めを刺されて倒れていった。


 大鬼たちが次々と倒れ行く中、俺はとっさに左手を前に突き出し、集石を自分の前面に展開させて、厚さ十センチ。幅一メートル。高さ一メートル半ほどの石壁を作り上げて、何とか石壁の隙間を縫って来た数本の小さな骨の弾丸を体に受けただけで、屍鳥の攻撃を防ぐことに成功していた。 

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