第八十三話 玲子VS餓鬼王

 玲子は自分の周囲に群がる餓鬼たちをまるで演武を舞うように素早く体と共に刀を一回転させながら切り裂くと、自分の身に影を落としている物体を見上げる。


 玲子の見上げた先には、久しぶりに地獄から這い出し、生きのいい人間の、しかも上玉の女の血肉を味わえるのが辛抱たまらないといった感じに、小柄な人間の大人ぐらいなら一飲みにできそうなほどの巨大な大口を開け、そこから涎(よだれ)を垂らしまくっている体長六メートルほどの筋骨隆々な餓鬼王の姿があった。


 餓鬼王は右手に一メートルほどの野太いこん棒を持ちながら、舌なめずりをして目の前にいるご馳走である玲子を見下ろしていた。


「この見た目からして、餓鬼王か?」


 体長六メートルほどの大鬼が、自分を見下ろしているというのに、玲子は冷静に自分を見下ろしてくる餓鬼王に視線を向けると、文句を言った。


「人の頭の上から、涎を垂らすな。それに、息が臭いし。臭うぞお前?」

 

 人間の言葉は、餓鬼王には通じていなかっただろうが、玲子の発する言葉のニュアンスからして、自分がバカにされたのだと直感で感じ取った餓鬼王は、力の弱い格下の人間にバカにされたことに怒りを覚えたのか。


 顔を怒りの色に歪ませると、いびつに牙の並んだ巨大な口を大きく開き、怒りの感情のおもむくままに吠えると共に、右手に握っていたこん棒を振りかぶって、玲子の脳天目がけて力いっぱい振り下ろしてきた。


「グガアアアアアアアァァアアアッッッ!!!」


 普通頭上でこれだけ巨大なものに吠えられたら、身がすくんで身動きが取れなくなってしまうものなのだが、残念ながら玲子は普通の人間とは肝の座り方が天と地ほども違っていたために、次に玲子の口から出た言葉はたった一言だけだった。


「うるさい」


 玲子が言葉を発すると、ほぼ同時。


 目にも止まらぬほどの速度で銀線が宙を舞った。


 一瞬後には、玲子の脳天に振り下ろそうとしていたこん棒を手にしていた餓鬼王の右腕が、丁度半ばから銀線に斬りおとされて宙を舞い地に落ちた。


 そして同時に、玲子の神刀に斬りおとされて地に転がった餓鬼王の右腕に、我先にと周囲にいた餓鬼が殺到し、肉食魚のように群がると、餓鬼王の右腕の肉を喰い散らかし、瞬く間に白骨と化したのだった。


 玲子が餓鬼王相手にも、まったく引けを取らないどころか。完全に押し切っている姿を見て、さすが神刀の使い手だな。と俺が感心していると、その後も玲子は、離れた場所にいる六花と合流するための動きを加速させるが、先ほどの一撃を見て玲子をこの場にいる最大の脅威と認識した数体の餓鬼王や牛鬼に馬鬼たちが、次々と玲子のもとに殺到し始めた。


 このまま六花の元へと向かえば、こいつらを引き連れていくことになると思った玲子は、もと来た方へと進行方向を百八十度変える。


 どうやら玲子は、六花と合流するより先に、餓鬼王や牛鬼や馬鬼といった大鬼の排除を優先したようだった。


 もちろんその間にも、俺には残った餓鬼王と餓鬼の群れの半数ほどが殺到し、六花の元にも、腐餓鬼と餓鬼の群れが、向かっていた。


 その事を気配探知で理解した玲子が、ちっと舌打ちしつつ、桧山流『蓮華』を発動させるが、一瞬では如何に神刀といえど、全ての大鬼を切り裂くことはできず、今すぐに戦闘から離脱して、六花の援護には向かえないようだった。

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