第七十六話 六花の決断

 玲子の言葉を聞いた六花は思いっきり声を荒らげる。


「でもっ玲ねぇ! みんなを置いてなんていけないよっ!」 


 声を荒げる六花の問いかけに答えたのは、玲子ではなく。

 

 田んぼとはいえ、勢いよく打ち付けられた影響で未だ満足に体が動かせずに、その場で膝まづいたり、座り込んだり、うつ伏せになったりして六花や玲子を生かすために、自ら進んでこの場に残る決断をしようとしている陰陽師たちのほうだった。


「六花様。我らのことならばお気になさらぬよう」


「でも」


 なにか言いたそうにする六花の言葉には答えずに、陰陽師たちは玲子に六花のことを頼み込んでくる


「玲子さま六花さまのことくれぐれもよろしくお願い申し上げまする」


「ああ、心得ている」


「嫌だよ! 逃げるならみんな一緒に逃げようよ!」


 六花が陰陽師たちを助けようと、声を張り上げているにもかかわらず、陰陽師たちは六花の言葉を無視して続ける。


「玲子さま六花様を六花さまをどうか春明様のもとへ!」


 玲子はコクリと頷くと、六花の腕をとる。


「れい、ねえ?」


「時間を無駄にしている暇はない。行くぞ六花」


「みんなは」


「……」


「ねぇ玲ねぇっみんなはどうなっちゃうの!」


「……」


 だが玲子は六花の問いかけには答えない。その代わりに餓鬼の群れの迫るこの場に置いていかれることになった陰陽師たちが答える。


「六花さま我らとて陰陽師のはしくれ、自分たちの身は自分たちで護れまする」


「けどっみんな怪我してるじゃない! 立てないぐらい怪我してるじゃない! そんな状態であれだけの餓鬼と戦うのなんて無茶だよっ!」


 自分付きの護衛陰陽師たちの言葉を聞いた六花が涙声になりながら反論するが、陰陽師たちは六花を突き放すように語気を強めてまくしたててくる。


「六花さまっ我らを舐めないでいただきたい! 我ら陰陽術ならばお二人に負けまするがっ知識経験ともに六花さまがたより多く経験しておりまする!」


「でもっ!」


 なおも食い下がろうとする六花の言葉には答えずに、陰陽師たちは玲子に向けて声を張り上げる


「玲子どのっお早く六花さまを!」


 陰陽師たちの言葉にコクリと頷いた玲子が声をかける。


「春明や皆に伝えることは?」


「お世話に、春明様には長い間我らの事を気にかけてもらい。大変お世話になりましたとお伝えくだされ」


「わかった。武運を祈っている」


「やだやだやだやだやだ! 玲ねぇみんなをこんなところにおいていくなんてあたし絶対に嫌だよっ!」


「我が儘(まま)を言うな六花! みなお前や私の事を思って言ってくれているのだ! 彼らの気持ちを無下にしたくないならば、この場から逃げ生き延びることのみを考えろ!」


「でも玲ねぇっ!」


「いい加減にしないと黙らせるぞ六花」


 玲子が今までにないくらいの剣呑な目付きで、六花を睨み付けるように見つめてくる。


 玲子の瞳には普通の人ならば、恐怖を覚えたり、委縮してしまうほどの迫力があったのだが、長年の付き合いから六花には、玲子が歯を食いしばって耐えているようにしか見えなかった。


 その証拠に、玲子の口の端には、何かを耐え忍んでいるように、舌か唇を噛んだような血の跡が見て取れたからだ。


 その玲子の様子を見て、玲子も苦しんでいることを悟った六花が、ここで我が儘を言っちゃいけないと思ったのか、素直に答えてきた。


「わかったよ玲ねぇ」


「六花。わかってくれたか?」


「うん」


 頷き返事を返しながら、誰にもわからぬよう六花は小さく口を動かしていた。


「ならば早々にこの場を立ち去るぞ」

 

 玲子の言葉に六花はコクリと頷き返すと共に、玲子の足に向かって、小さく口の中で唱えていた陰陽術を口にした。


「氷結符」


 六花の解き放った『氷結符』は、俺や餓鬼の群れといった外への警戒はしていたものの。完全に身内ともいえる六花は警戒していなかったために、普段なら受けないはずの六花の『氷結符』を片足にまともに食らってしまう。


「なっ六花なにを!?」


 心を許している相手に完全に不意をつかれた玲子は、なんの対応もできずに、足首から下の片足を氷漬けにされてしまう。


「ごめん玲ねぇ。あたしはみんなを見捨てない。たとえみんなの意思に背くことになったとしても。みんなはあたしの家族だから。だからごめんね玲ねぇ。あたし玲ねぇと一緒にここから逃げ出せないや」


 六花は哀しそうな笑みを浮かべながら玲子に謝罪の言葉をのべると、未だ俺に吹き飛ばされた衝撃から立ち直れずに、少しでも六花や玲子の逃げる時間を稼ぐために、傷付きながらも田んぼの中で餓鬼の群れを迎え撃とうとしている。ずっと長い間、陰日向から自分を見守り続けてくれた陰陽師たちの元に向かって駆けだして行った。

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