第七十五話 玲子の決断
「玲ねぇっ」
百近い数に増えた餓鬼の醜悪な姿を目にした六花が警戒の声を上げながら、玲子の顔を見上げて、不安そうに服の裾をつまんでくる。
「ああ、あの数の増え方は尋常じゃない。何かが起こっているか? それとも何者かに呼び寄せられたか?」
予想外の餓鬼の群れの出現で、不安そうな顔をする六花に見つめられた玲子は、厳しい目を俺と未だ増え続ける餓鬼の群れへと向けた。
そう、俺や玲子たちがこうして餓鬼たちに視線を向けて警戒の度合いを高めている間にも、餓鬼たちの数が、餓鬼たち。ではなく餓鬼の『群れ』と呼べるほどまでに増え始めていた。
その総数ざっと、百体以上。さすがに放置しておけるレベルじゃない。
そう思った俺は、餓鬼を処理しようと動こうとするが、そこに玲子から声がかかった。
「貴様があの群れを呼び寄せたのか! 『餓鬼の王』!」
は? 何言ってやがんだこの女。俺があんなん呼び寄せるわけないだろうが? 見てわかんねぇのかよ? しかも俺をあんな能無しどもの王とかぬかしやがるし、あんまバカなこと言ってっと、助けてやらねぇぞ。
実際のところ俺的には餓鬼なんか放置しておいても実害がないからかまわねぇし。
けど、せっかく来た人間界をあいつらに荒らされんのも気に食わないってのもある。
だから、俺は俺の好きなようにやるだけだ。
というか、餓鬼の群れを見つめる視線から推測するに、玲子も俺と同じ考えのようだが、遠方に餓鬼。近郊に俺がいるために、それが足かせとなって、この場から動けないようだった。
玲子は俺と餓鬼の群れとを交互に視線を向けてから六花を見る。
それから俺に投げ飛ばされた衝撃で、未だ田んぼに横たわっている六花付きの護衛陰陽師たちを見た。
玲子に視線を向けられた陰陽師たちは、何事か悟ったのか、目線だけで頷いているようだった。
「六花。先ほども述べたが、さすがの私もお前を護りながら、悪鬼や餓鬼の群れを同時に相手にはできない」
「うん。わかってるよ玲ねぇっあたしも一緒に戦うよ!」
「いや六花。それには及ばない」
「及ばないってどういうこと?」
「つまりだ六花。私たちは今すぐにこの村を出る」
「玲ねぇ。それってつまりこの村から撤退するっていうこと?」
「ああ、その通りだ。即時撤退するぞ六花」
「だったら早くみんなを運ばなくちゃっ玲ねぇも手伝ってっ」
未だに先ほど受けたダメージのせいで田んぼの中で、満足に身動きの取れない陰陽師たちに向かって走り出そうとするが、玲子が六花の肩を掴み。強引に引き留める。
「玲ねぇ?」
六花は自分の肩を掴んで引き留めた玲子の顔を、不思議そうに見上げながら問いかけた。
「彼らは連れて行かない」
「え!? 噓。だよね? そんなこと玲ねぇが言うはずが……」
玲子の言葉を聞いた六花が、少しばかり混乱したような。戸惑うような声を上げる。
戸惑(とまど)いの色を見せる六花を目にした玲子が、今は一秒でも時間が惜しいのか。言葉をオブラートに包まずに六花に告げる。
「今は時間があまりないから正直に言うが六花」
「うん」
「私たち二人の力だけでは、お前の護衛役の陰陽師たちを引き連れて、この場を逃げ出すことなど不可能だ」
つまり玲子は自分たちだけの力では、身動きのとれない護衛陰陽師たち連れて逃げるのは不可能なので、彼らをここに残して、自分たちだけでこの場を撤退すると言っているのだった。
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