第六十五話 奥多摩村の戦い③ 護衛役

 くっまずいっこの悪鬼。あたしのことを攻撃する気だっどうする? どうすればいい? 鑑定持ちの悪鬼ってことは、少なくとも大妖怪である九尾や酒呑童子クラスの力は持っているはず、そんなのにまだ見習い陰陽師のあたしが敵うはずがない。やっぱりここは逃げたほうがいい……よね? 


 六花が身構えながら、俺から逃げる隙を伺っていると、六花の背後から六枚の符が飛び出してきて、六花に向けて突き出した俺の右腕に触れると共に、不可視の鎖となり、俺の体と右腕を拘束した。


 筋肉ハゲダルマも使っていた相手を不可視の鎖で拘束する『呪縛符』だ。それが合計六本俺の体と右腕に絡みついたのだ。


 不可視の鎖に呪力を加えて、俺の体と右腕の拘束を維持しながら、六花を護るように、不可視の鎖の数と同じ六名の黒装束を身に纏った三、四十代ほどの陰陽師が飛び出してくる。


「六花様ご無事ですか! 今ですっ我々があの悪鬼を抑えている間にお逃げください!」


「みんなっ」


「六花様! ここは我らに任せ、急ぎ安全な所へ!」


 六花を護るように六花の前に飛び出してきた黒装束の陰陽師たちは、不可視の鎖を握りながら、声を荒らげる。


「けどっ!」


「我らのことなら大丈夫です! それよりも正統なる阿倍野家の血筋を引く六花様になにかあれば我ら一同っ春明様に申し訳が立ちません! お願いですからここはいったん引いてくだされ!」


 六花を護るようにこの場に現れた陰陽師たちは、俺との間合いを徐々に縮めながら未だこの場を離れない六花を説得する。


「そんなのだめだよ! こんなところにみんなを置いていけない! 逃げるならみんなも一緒に!」


「無理です。このまま何もせずにこの悪鬼が我らを、六花様を逃がすとは到底思えませぬ」


「それでもっあたしは逃げるならみんなと逃げたいよ!」


 六花の自分たちを思う心根を聞いた陰陽師たちは、皆六花を逃がした後自分たちに訪れるであろう死を受け入れる悲壮な覚悟を決めながらも、頬を緩ませながら決意の表情を浮かべる。


「我ら一同六花様の護衛役を務められ光栄にございまする」


「だったらっみんなで逃げようよ!」


「けれどそれは先ほども申し上げました通り、無理でございます。我ら一同、呪縛符の鎖でこの悪鬼の動きを封じるだけで手いっぱいにございますれば、この場を離れる余力がありませぬ。ですからどうか六花様。我らを思えばこそ、この場は退いてくだされ」


「そんなことできないよ! みんなを置いてなんていけないよ! みんなが残るっていうならあたしも残る! みんなと一緒に残って戦うよ!」


 顔に死相の浮かび上がった黒装束一同の筆頭と思わしい白髪の混じった初老の陰陽師の説得をはねのけ、六花は先ほどまでの逃げ腰の態度はどこへやら、瞳に決意の色をにじませると、一歩前へと踏み出した。


「みんな、逃げられないんだよね? だったら、簡単だよ」


「六花……様?」


 逃げるどころか悪鬼に向かって一歩また一歩と、足を前に踏み出す小さな六花の姿を見て、陰陽師たちはいぶかしげな表情をしながら、六花の動向を見つめる。


「ここでその悪鬼。倒しちゃえばいいんだよ!」


「六花様! それは無理です! 奴は鑑定持ちっ伝説級の妖狐や悪鬼と同等の力を持つもの! 我らとは次元がっ力の次元が違いまする!」


「そんなの関係ない! そんなの関係ないよ、六花はみんなを見捨てない。六花は決してみんなを置いて逃げたりしない!」


「六花……様」


「そんなことしたらっそんなことして仲間を見捨てたりしたらっ清にいに顔向けできないもん!! やるよみんなっあたしにっ陰陽師、阿倍野六花に力を貸して!」


「六花様の御心我ら一同心より嬉しく思いまする! こうなれば我ら一同生きるも死ぬも六花様とご一緒いたします! 六花様っともにこの悪鬼を打ち倒しましょうぞっ!!」


 自分たちを決して捨て駒として見捨てないという六花の覚悟と心根を聞いた六花の護衛役の陰陽師たちは、死相の浮き出ていた顔に熱を取り戻すと、気合の声を上げながら、俺を拘束する不可視の鎖の拘束を強めた。

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