電話

 電話は掛けるのも取るのも大っ嫌いである。掛ける方は要するにかけなければいい。だいたい、暇な発明家のわしに電話を掛ける用事なんかない。あればメールで済ませば良いのである。メールがダメなら妻に電話してもらう。でも、相手が銀行だったり、役所だったりすると、どうしても自分で掛けざるをえなくなる。そういう時は、紙に、喋る内容を書いて読み上げるようにしている。だが、わしはひどい悪筆で、自分で書いた文字が自分で読めない時がある。そんな時は言葉につまり、冷や汗がたらりたらりと顔から、腋から背中から流れてきて止まらなくなる。それでもまあ、今まで六十年近く生きてきたのだから、なんとかなっているようだ。

 それより問題なのは掛かってきた電話を取ることである。電話と言う奴は、突然掛かってくる。人が昼寝でいい夢を見ている時とか、鼻毛を抜いている時とか、トイレで踏ん張っている時に限って掛かってくる。非常に心臓に悪い。それが問題の1。次に、誰から掛かってきたのかわからないことが問題の2だ。ウチはナンバーディスプレイをやっているから、電話番号は分かる。だが番号が分かったって赤の他人の電話番号を知っているわけじゃないから結局は何も分からないのと一緒だ。何で妻がナンバーディスプレイを入れたか不思議でたまらん。なので電話が掛かってきても一切無視して、居留守を使っておった。そしたら先日、妻が鬼の形相でわしの元にやってきて「あんたが電話に出なかったおかげで、大事な取引に失敗したじゃないの」と怒りおった。そんなこと知らんと言いたいところだが、妻の収入で食わしてもらっているので文句は言えない。ああ、妻は宝石商を手広くやっている。

 それはともかくとして、発明家のわしは考えた。とりあえず誰からの電話であろうととりあえずは出ることにして、問題の1の方、突然電話が鳴るのを事前に察知する機械を発明したのじゃ、これを使えば、電話が鳴る五秒前に腕時計につけたセンサーが反応して点滅するんだ。良いアイデアだろう? だがこれはアイデア倒れに終わった。人間、突然腕時計が点滅するとかなりびっくりするんだ。とても心臓に悪い。これじゃあ、全然意味がない。結局はおとなしく電話に出て、ビクビクと受け答えするしかないんだ。なんかいい発明ないかのう。

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