サキュバスのお店にダクネスさんが気づいたようですよ?

毒針とがれ

第1話 女騎士、襲来

 肉の楽園と呼ぶに相応しい光景だった。

 男性の理想イデアを具現化したようなメリハリのある肉体を持つ美女たちが、薄着とすら呼べないような服装で店内をうろついている。

 体裁こそ飲食店のようでこそあるものの、店内にはなぜか男性客しか居らず、彼らの前のテーブルには飲み食いの類いのものが一切、置かれていない・・・・・・当然である。彼らが満たしたいのは空っぽの胃袋ではなく、もっと別の何かなのだから。

 ここはアクセルの街の片隅にある、サキュバスのお店。

 サキュバスは人間の男性の精気を吸って生きる種族なのだが、誰か発想の豊かな者が居たのだろう、本来なら忌み嫌われるはずのその性質を第三次産業サービスとして逆に人間たちに提供し、夜の社会に溶け込むことに成功したのである。

 ・・・・・・まあ、従業員が例外なくモンスターということもあって、その経営はあくまで秘密裏なのだが。

 いくら「料金は精気との合算になるので格安」という男性諸氏への都合の良さがあっても、おおっぴらにしてしまっては何かと、主に女性冒険者からの反発を食らいかねない。なので、この場所は男性冒険者の中でも知る人ぞ知る憩いの場となっているのだが・・・・・・

 店の扉が開けられる音がした。

「いらっしゃいませー! ・・・・・・って、ええっ!?」

 挨拶に向かったサキュバスは、思わず目を疑った。

 何と美しいお客様だろうか。黄金色に輝く長髪に、名匠の彫刻品のように凜とした顔立ち、その下の身体はサキュバス並みに整った魅惑のプロポーションをしている。大抵の男なら、思わず二度見をして舌舐したなめずりしてしまうに違いない。

 要するに、この店の趣旨からすると客だった。

「・・・・・・噂には聞いていたが、まさか本当にあったとはな」

 その招かざる女性客は、宝石のような碧眼をきゅっとひそめて極彩色の店内を見渡した。

 その憤然とした雰囲気に、挨拶をしたサキュバス以下、店の中に居る全員が一人残らず震え上がる。

 ・・・・・・ま、まさか、摘発!?

 最悪の可能性が、サキュバスたちの頭の中によぎった。

 目の前の御仁は、見るからに高貴な血筋の人間だ。それも恐らく、このアクセルの街に統治のレベルで関わっている大貴族・・・・・・そんな人間が、しかも女性が自分たちの店にわざわざ訪ねてくる理由など、それしかない!

「あ、あのっ! お客様、どうか落ち着いて私どもの話を聞いて下さい! どうか、どうかお慈悲を・・・・・・っ!!」

 サキュバスは縋り付くように懇願した。

 この店は自分たちの悲願だったのだ。ダンジョンという男性冒険者が不定期にしか来ない場所では、とてもサキュバスという種族全体を支えるほどの精気は手に入らない。貧困に喘いだ末に族長リーダーが言い出したのが「そうだ 人間社会、行こう。」だった。それから幾数年、ようやく手に入れた収入源住居マイホームだというのに・・・・・・

「秘密にしていたのは謝ります! でも、私どもは誓って、誓って無理やり人間を襲ったりしていません! ちゃんと合意の上ですから! だから、どうか・・・・・・あうぅっ!!」

 しかし、金髪の女騎士はすすり泣くサキュバスに取り合ったりはしなかった。

 無慈悲にも縋り付く手を振り払うと、つかつかと店の奥へ歩を進めていく。数人のサキュバスたちが座っているテーブルの前まで来ると、強引に何かを卓の上に叩き付ける!


 ・・・・・・それは、金塊と見まがうほどの量のエリス硬貨だった。


だ?」

 怒りとはまったく別種の感情を瞳の奥に煮えたぎらせながら、その女騎士は言った。

「へっ?」

 鉄拳の一発でも飛んでくるのではないかと身構えていたサキュバスたちは、思わず素っ頓狂な声をあげてしまった。何が起こったのか分からず、目をパチクリさせている。

 そんな彼女たちの様子を焦らしているとでも勘違いしたのだろうか。金髪の女性はどこか頬を朱色に染めてもう一度、言い直す。

「だから聞いている、なのだ?」

 彼女の意図が分からなかったのか、サキュバスの一人が尋ねる。

「あの・・・・・・摘発に来られたんじゃ?」

「何の話だ?」

 まるで意味が分からない。そう言わんばかりの態度で貴族らしき美女は答えた。

「一人の客として来たに決まっているだろう? 男どもの噂を耳にしてから数ヶ月・・・・・・地道に自分の足で街の中の店という店を洗って、ようやく見つけ出したのだ! さあ、もったいぶってないで早くいくらなのか教えろ! 金に糸目は付けんっ!!」

 店内に張り詰めていた空気が、一気に弛緩した。

 聖騎士のなりをした女(それも、隠しているがエリス教のお守りを所持している)が来たと思ったら、まさか単なる異端者だったとは。緊張して損した。

 ・・・・・・しかし、これはこれで厄介な案件である。

 サキュバスは男性の精気を吸って生きるモンスター・・・・・・つまり、女性を相手にあれこれする性質は持ち合わせていないのだ。女性を対象にするのはインキュバスという別のモンスターなので、こちらに来られても門外漢という話である。

 だが、ここで「大変申し訳ありませんが、当店では女性の方を対象にしたサービスは行っておりません」と言って追い払ってしまって良いのだろうか?

 これは、この手の店で長年勤めてきたモンスターとしての勘だが、目の前の客は下手に正論を口にすると逆上して面倒ごとに発展させてくるタイプの人間な気がする。いや、そもそも、女のくせにサキュバスの店に興味を持つような奴なのだ。どれだけ警戒しても警戒しすぎということはない。

 さて、どう対応したものだろうか?

「・・・・・・お客様。その件につきましては、この私が対応させて頂きます」

 と、水面下で対応の仕方を探っていたサキュバスたちの所に、もう一人のサキュバスが現れた。

 熟れ、とでも形容したら良いのだろうか。そのサキュバスは他の店員と比べても、まとっている妖艶さが一層、際立っていた。ただ美しいだけでなく、どこか熟成したワインのような深みを身体の奥に持ち合わせている。

「あ、店長リーダー

「みんな、お勤めご苦労様。後は私が話を付けるから、下がっていて頂戴」

 店長リーダーと呼ばれたそのサキュバスは、顔に微笑を浮かべながら店員スタッフにそう言った。

 その後、ジェスチャーだけで女騎士にソファへと座ることを促し、また自分も同じように座って対面する。

「当店へご足労頂き、誠にありがとうございます。早速ですが、商談をさせて頂きましょう」

「話が早くて助かるな」

 おいおい、大丈夫なのか・・・・・・?

 後ろに控えている店員スタッフのサキュバスたちや、たまたま居合わせただけの男性客たちが、固唾を飲んで事の成り行きを見守っていた。

 いくら店長が歴戦の猛者だとは言っても、それはあくまで男性を相手にしたときの話だ。女の、それもあんなやばそうな目をした聖騎士などサキュバスの管轄ではないというのに・・・・・・どうするつもりなのだろうか?

 だが、外野の心配を余所よそに、店長は淡々と商談を進めていた。

「当店では、お客様の日々の疲れを癒やすため『理想の夢』という形で極楽の時間を提供させて頂いております。それはご存じですか?」

「当たり前だ。サキュバスの生態を知らない冒険者など居るまい」

「ただ、私どもはサキュバスとして大変未熟でして・・・・・・のですが、そこはご了承頂けますか?」

 えっ?

 その言葉に驚いたのは、当の女騎士だけではなかった。むしろ店員のサキュバスたちや男性客のどよめきの方が大きかったほどである。

 何を言っているんだ、店長は? 自由に夢を見せるなんて、この店の基本サービスではないか。だからこそ、各テーブルの上にアンケート用紙が置かれて・・・・・・

 そこで、サキュバスたちは店長の前のテーブルに視線を落とした。見れば、いつの間にか置かれていたアンケート用紙は、証拠を抹消するかのように握りつぶされてしまっている。

 ギロリ。

 更に、「余計なことを言うなよ?」と言わんばかりの釘を刺すような視線を受け、その場の全員が一斉に口を閉ざす。

「むう、そうなのか・・・・・・自由に夢を見られないというのは、少し残念だな」

「ええ、大変申し訳ありません・・・・・・ですが、ご安心下さい。人には深層心理というものがありますので、を見ることができるでしょう」

 さも当たり前の事実を説明しているような顔で、店長はそう言った。勘の良い者だったら、後ろの店員たちの緊張ぶりを見てたばかられていることに気づいたかも知れない。

「深層心理か・・・・・・つまり、そこまで問題ないということなのか?」

「ええ、何も問題ありません」

「そうか。では早く会計の方をだな・・・・・・」

 だが、残念ながらこの聖騎士に察しはそこまで良くなかったようだ。まんまと店長の言葉を鵜呑みして、五千エリスを受け渡してしまう。

「ありがとうございます。それでは、今晩をお楽しみに〜♪」

「うむ! 本当に・・・・・・本当に楽しみにしているぞ!!」

 どこか身体をソワソワさせながら、金髪の女騎士はサキュバスの店を後にしていったのだった。



「・・・・・・あんなこと言って、いったいどうするつもりなんですか、店長?」

 嵐のような女性客が去った後、店員のサキュバスの一人が店長リーダーに、呆れと不安が入り交じったような表情でそう尋ねた。

 だが、対する店長は何事もなかったかのように平然としていた。手にした葉巻に火を付けると、紫煙と回答を一度に吐き出す。

「どうするも何も、お客様として丁重におもてなしするに決まっているでしょう? あなた、何年この仕事をやっているの?」

「だから! どうやっておもてなしするつもりなんですか!? 私たちサキュバスは、女の人に夢なんて見せられないのに!!」

 涙目で訴えながら、店員のサキュバスはその場にへたり込んでしまう。

「あんなその場しのぎの嘘をついて・・・・・・これで逆恨みされたら、今度こそ本当に摘発されちゃう・・・・・・」

「あら? 誰がいつ嘘なんて言ったのかしら?」

 え?

 思わず、店員のサキュバスはハッと顔を上げた。

 態度にこそ表れていないものの、彼女の内心での驚きは先ほど以上だった。どういうことだ、店長は適当な嘘を言って適当に誤魔化したのではなかったのか?

 目の前の彼女の困惑を察したのか、熟れた美女は顔にそっと微笑を浮かべた。そして、いかにも人生の先達といった態度で年若いサキュバスの頭を撫でてやる。

「この店の将来を背負っていくあなた達のために一つ良いことを教えてあげる・・・・・・のよ」

「??」

 さっぱり意味が分からない。


 かくして嵐は去ったが、本当の波乱はこれからなのだった。

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