両印学園秘功譚

mirailive05

序章

 荒涼と広がる草木もまばらな平原に、その遺跡は忘れられたように、半ば朽ち果てた姿を晒していた。

 時刻は深夜。人はおろか、動物の泣き声も聞こえない。

 雨の降らない土地特有の寒さに、しかし気にした風もなく、薄手のシャツとジーンズ地のショートパンツ、持ち物はありふれたリュックと言う軽装の女が歩いていた。

 大柄で、同性から見ると嫌味なほど凹凸の激しい体のラインを、惜しげもなく晒している。

 白に近い銀の髪は腰元まで伸びているが、顔立ちは東洋系だ。

 女は夜目が利くのか、ライトも点けずに星明かりだけで苦もなく進んでいた。

 やがて遺跡の一角に辿り着くと入り口を確かめ、迷いなくその中へと入った。

 中に入ると女は、さすがに持ってきたLEDライトを点灯させた。

 時折周辺に注意を飛ばしつつ、奥へ進む。

 不意に足を止めた。

 何もない壁面を凝視する。

 掌でしばらく撫で回すように調べると、感心したように呟いた。

「なるほどねぇ」

 ぎりぎり人一人が通れる面積の部分だけが、わずかに他と温度が違う。

 女はリュックを足元に下ろすと、音を立てないように取り掛かかった。



「何だろうねぇ、これは……」

 女の前には、広大な空間と巨大な石碑だけが存在していた。

 手元の僅かな明かりだけで、石碑に書かれたものを見て、その女は呟いた。

 女が見ている石碑の真ん中には、何種類もの文字が刻まれた一枚の石版がはめ込まれ、それ以外の場所には、文字とも絵ともつかない模様が、細かくびっしりと彫り込まれていた。

 アルファベットではない。アラビア文字とも異なり、まして漢字でもなかった。

 エジプトの象形文字が近いと言えない事もないが、やはり全く違う。

 ひょっとすると、既に滅んだ文明のものかも知れない。

 女は余り表情には出さず、ため息をついた。

 日本を離れて三年の歳月が過ぎていた。

 距離はざっと八千キロ。

 探しに探し求めていたものを見つけたと思った彼女を、しかし歓喜ではなく困惑が出迎えた。

 それでも深刻に見えないのは、もって生まれた豪胆さのせいなのか。

 とりあえず、女は石版を外してリュックに入れると、後は手早くデジタルカメラで詳細に撮影を済ませる事にした。

 一時間後、最後のシャッターを押した瞬間、女の鋭敏な感覚が巧妙に隠された気配を察知した。

 気配を消した気配さえも、彼女は感じる事ができる。

 常人には真似のできない、途方もなく長い年月と、尋常ではない修行の果てに身につけた、超感覚に近い能力の一つだった。

「さすがだねぇ、崇鬼すうきの方々」

 入り口は一つ。

 東洋と西洋両方の特徴が見える者達が現れ、続々と入ってきた。

 老若男女、格好もばらばらだが、統制が取れていた。それぞれに手にはランプと内側に曲がった刃のついた、大振りのナイフを握っている。そこだけは共通していた。

「困ったねぇ」

 そう女は呟いたが、やはり全く困ったようには見えない。

 人種の判別がつかない者達が、大柄な女を取り囲んだ。

 崇鬼と呼ばれた者達は、一言も話そうとはしなかった。

 有無を言わず、言わせず、目的を遂行するつもりらしい。

 目の前にいた男が動こうとした。

 その瞬間、女は絶妙な呼吸で動きを制した。

「あたしには色々と特技があってねぇ」

 そう言って、もう少しではだけてしまいそうな胸元に、指を這わせた。

 場違いなくらい、仕草に艶があった。

 崇鬼と呼ばれた者達の動きが、止まっている。

 いつの間にか、手元に石つぶてが握られていた。

「何も見えなくとも、見ているように動けるのさっ!」

 叫ぶと同時に、追跡者達のランプが全て破壊された。

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