第9章 仮面の商人とカナンサリファの狐(4)
メイド達は、アヴァイン一行が眠る屋敷本宅から離れにある二階建ての住居で寝泊りしていた。アヴァインたち雇い主が寝静まる頃、ようやくお風呂などにも順番で入り、寝床に着く。
そんなハウスメイドの一人が風呂上りに窓辺から見える屋敷本宅を遠目に見つめ、自身を抱きしめながら、まるで愛おしむかのようにしてこう言った。
「ああぁ~~ん♪ わたくしの愛しき、アーザイン様ぁあ~」
それは、いつもアヴァインの後ろに控えている今年15歳になったばかりのメイドだ。
この部屋には、同じくらいの年齢のメイドがあと2人居る。部屋は3人部屋だった。といっても、小さなテーブルが部屋の真ん中にあり、あとは本当に寝泊りするくらいの広さでしかない。
「もぅ辞めときなよ、ロムニー。傍で見ていて、みっともないったらありゃしないんだからさぁー」
「そうそう、辞めときなさい。どうせ私ら2等市民なんて、あの人たち1等市民からはまともに相手なんてされないんだからさぁ~っ。頑張っても良い様にもて遊ばれて、最後は野良ネコみたいに捨てられるだけなんだよ」
二人はロムニーを心配してそう言ったのだ。
しかし、ロムニーという名で二人から呼ばれたハウスメイドの方は、不機嫌そうに振り返り半眼の半笑いで口を開く。
「コーゼに、クライン! 悪いけど、あの方はそんな冷たい人なんかじゃぁあ~~ないわよっ!」
そんなロムニーの言葉を受けた2人は、互いに驚いた表情で顔を見合わせ。次に、興味だけの思いで口を開いた。
「どうして、そう思うの?」
「そう言い切れる根拠は、何??」
「どうしてって……根拠って…」
ロムニーはそこで「ンー…」と悩み顔に暫し考え、それから『ポン☆』と一つ手を打ち自信満々に言う。
「単に、そんな気がしたからよ!」
「「た…単に、って……」」
コーゼとクラインは、ロムニーの返答に思わず頭を抱え込んでしまう。
「だって、アーザイン様はなにかとこのわたくしに対して、とても優しいんですものぉ~~っ♪」
引き続き、ロムニーのその根拠とも思えない理由を聞いて、クラインは尚更に頭を抱え悩みため息をついて、ついついこう零してしまう。
「そりゃまぁ……確かに、優しいのは認めるけどさぁー」
「けど、なによ? クライン」
異を唱え始めたクラインのことをロムニーは改めて不機嫌そうな表情で振り返り見つめ、気持ち睨む。だけど、元が可愛い系なだけに迫力はその程度でしかないが、キャラクターギャップというモノは時として、それなりの威力を見せるものだ。
「それで? なにが言いたいの?」
「あ、いや! だってそこは、さぁ……まぁあ~なんていうのかなぁ…。──あ、ほら!それこそあの方の本質ってモノでっ! 特別ロムニーにだけ優しいって訳でもなさそうなんだから、期待するだけムダなんじゃないの? かなぁ~…なんて、ハハ、アハハ♪ 思っちゃったりして……アハハハ…♪」
ロムニーが今だに見せる、可愛いんだけどどこか迫力のある雰囲気に飲まれ、クラインは最後辺りから勢いなくそう呟き言う。
それへ、コーゼが引き継ぐように呆れ顔で繋げ言った。
「考えたらさ、そもそも屋敷の中でもあの仮面を外そうとしない、っていうのも可笑しい話だよね? でしょ?
もしかすると、あの仮面の下はヒドイ火傷の痕があるのかもしれないわよ?」
「あ、それなら無いわ」
「え? どうしてそう言い切れるの?」
「だってわたし、見たもの」
それを聞いて、2人は再び驚いた表情で顔を見合わせる。
「え? もしかして、アーザイン様の素顔を??」
「うん、そうよ♪ まあ、ちょっとだけ確かに怪我はしていたみたいだけど。
そこがまたねぇ~っ。更に男前を引き立てるっていうかぁ~っ♪ 何せ、とぉお~っても驚くくらいハンサムで素敵な方だったのよぅ~~♪」
「……」
「………」
アヴァインは屋敷内でも警戒して仮面を外すコトはなかった。万が一のことがあれば、ハインハイルやミカエルにも迷惑を掛けると思っていたからだ。
しかし朝早く、気分よく外の井戸で自ら出向き顔を洗っていたところへ、突如としてタオルが差し出され「ありがとう」と受け取り。誰かと思いその相手を正面に見つめみると、そこにはなんとロムニーが立っていたのである。
アヴァインとしては、実に迂闊な出来事だった。
ここにもしファー・リングスが居たら、『相変わらずだなぁ~お前は』と呆れた表情を向けていたコトだろう。
その時のアヴァインの思いは別として。ロムニーの心はそれ以来、アヴァイン・ルクシードこと仮面の商人アーザインの
「ああ、ハハ……なるほどねぇ~っ…」
二人はロムニーのその一言を聞いて、ようやく納得いった顔を向ける。同時に、呆れ顔を向けていたが。
これまで何度か、外への御遣いで一緒に出掛けたことがあるのだが。ロムニーはその都度、ちょっと表向きが良さ気な男が居ると、直ぐに反応を示していた。そういう極端に面食いすぎるところがこのロムニーにはあるのを、二人はよく見知っていたのだ。
「それはそうと、あのコージっていう
今度はイキナリ話が変わった。
「私たちと同じ立場な筈なのに。どうしてあの子だけが特別に
ロムニーは不機嫌そうに腕を胸の辺りで組みそう言ったあと、横からの見た目も綺麗に整った横顔を屋敷本宅の方へと向ける。
コーゼとクラインは、ベットの上で互いに顔を見合わせ、半笑いのあと思わずため息をつく。
これで性格さえ良ければさぞやモテたのだろうに……残念なやつ、と。
対し、折角話しを振ったのに、未だまるで反応の返ってこない同部屋の二人を横目に見つめ、ロムニーは窓際で勢いよく正面へ振り返り直り。次に、両方の腰に両拳を軽く当て、気持ち憤慨の構えを見せて口を開いた。
「ねぇー! これってさぁー!! なんかおかしいとか、あなた達二人はなんにも思わない訳???」
何やらご不満な様子だ。
それで仕方なく、二人は口を開く。
「ンー……それはだって、《
「うん。たぶん、そうだよなぁ? そう解釈していたから。私は別に…特になにもなぁ~……」
余りにも意外なほど落ち着いた2人の返答を聞いて、ロムニーは『もしかしておかしいのは自分の方なんじゃないのか??』と一瞬だけ心配にもなったが、すぐに気持ちを切り替えて口を開く。
「ちょっ、ちょっと! 待ってよ、従者だと私たちとは扱われ方が違う訳っ? それはそれで、おかしいとかナンにも感じないの二人は?!」
「ンー……理由まではよく知らないし、分からないけどさ。従者って、そういうモンなんじゃない??
第一それを言い出したら、執事のハマスさんだって
ロムニーが話をややこしくしているので、敢えてココで更に簡単で分かり易いコトを言うと。ハウスメイドだけが、この別棟に住んで居る。
理由として、男住まいの中に女性という訳にはいかない、という世間一般的な配慮によるモノだ。
逆に、女性ばかりが居るこの建屋内に13歳にこの前なったばかりのそういう意味では微妙な年頃であるコージが居ることもまた、不健全というか健全というべきか……それはそれで問題があるだろうと思われる。
但し、例外として、
「……だめ」
「は??」
「なにがダメなのよ、ロムニー」
「そんなのわたしには、納得出来ない!」
「納得出来ない、って言われても……」
「なぁ~?」
二人はそこで再び困り顔にため息をつく。
「執事のハマスさんなら、まだ理解は出来るわ。でも、わたし達よりもかなり年下のあの子だけが特別扱いなのって、なんだか納得出来ない! そうよっ、これは明かな差別だわ!!」
「さ、さべつ……って…」
「あきらか、って……」
二人はそれでほぼ同時に、頭を抱え込んだ。
「明日、ハマスさんにお願いしてみる!」
2人が頭を抱え込んでいる間に、ロムニーはそんなコトを言う。
「お願いって、なにをよ??」
「あっ! もしかしてロムニー、アンタまさか?! ちょっと待ちなさいよ! なにも、そこまでするコトは!!」
自分たちは
が、次にロムニーが言い放った言葉は、二人の予想を遥かに超えるものだった。
「いやよ、待たない!私も『アーザイン様の従者にしてください』って、明日お願いしてみる!」
「──はあッ?!」
「──へぇッ??」
思わず流石の二人も、これにはビックリ眼になる。というか、相手にするのも急にバカバカしく思えてきた。
てな訳で、コーゼは呆れ顔をし、深いため息を一つつくと、間もなく布団の中へ潜り込みながら言う。
「はぃはい。ご勝手にどうぞぉ~。ふわぁあああ~~……それじゃあ~私はこれで眠むるからぁあ~。二人共勝手にやっててぇ~っ、おやすみぃ~~♪」
「(──あ! ず、ずるい!!)
と、という訳でぇ~……アハハ、私ももぅそろそろ寝るから、ロムニーは精々、ひとりでそうやって頑張っててねぇ~? それじゃあ、おやすみ~っ♪」
コーゼに遅れて、クラインも布団の中に潜り込み始めていたのだ。
「え?? ちょっと!? どうして誰もここで引き止めてくれないのッ!?? それってちょっと、ひどくない?? 冷たすぎるってモンよッ!! それでもし、この私がココを首になったらどうする気なの? 二人共ぉー!!」
「──知るかぁあーっ!!」
「──自業自得でしょっ! ホントっ、あったまくるっ!!」
次の瞬間、というかほぼ同時に、コーゼとクライン二人の枕が『ボフン☆』とロムニー目掛けて飛んできたのは……言うまでも無い?
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