第9章 仮面の商人とカナンサリファの狐(5)

 ハウスメイド達の朝は早い。

 屋敷本宅の誰よりも早く目を覚まし、顔を洗い、身支度を綺麗に整え。屋敷管理人ハウス・スチュワードが1階へと降りて来るころには、皆、横一列に並び。一同挨拶のあと、それぞれに任されたその日の分担箇所を各自掃除し、主人たちが降りて来るのを慎み深く控え待つ。

 そしてハウスメイドの内3人は、外の井戸から新鮮な水を汲み上げ。その中へ温めたお湯を入れ、それを3人それぞれの主人に仕える屋敷二階の執事に渡すため、中央階段を一段一段慎重に転ばないよう持って上がる。

 顔や体を洗い拭くために使うお湯だ。


「ふぁああ~……それにしても、まだチョット眠いわねぇ~……」

 この日はロムニーもその内の一人で、井戸から新鮮な水を汲み上げながら、そうもらしていたのだ。

 これがアヴァインの担当だったら気合も入るが、今回はハインハイルのために水を汲み上げているので、どうにも気合が入らない。大抵のコトならいつも担当を変わって貰うロムニーだが、こればかりは屋敷管理人ハウス・スチュワードが厳しくその日その日の担当を不平等にならないよう気を使い決めているのでどうにもならなかった。

 

 ロムニーは仕方なげに水を汲み上げ、容器にその水をそぅ~っと入れ。両手に持ち、屋敷内へと入り、台所でその容器の中へお湯を足し湯温を確かめ、「よし♪」とばかりに一人納得し満面の笑みを見せる。

 それからその容器を両手に再び持ち上げ、そのまま屋敷中央にある階段へと向かい。そして、「ふわぁああ~ふ……」と再び深く長い大きな欠伸をつきながら、階段を慎重に一段一段転ばないように注意して上がっていた。

 まぁ半分ほど、目は閉じかけウトウトとしていたのだが。


「お……おはようございます」

「ん? おはよぅ~っ、へ? ──げえっ!!」

 最悪なコトに……階段も上がり出して間もない途中で。アヴァインの従者であるコージと、ばったり出会ってしまった。

 しかも、そのタイミングで!


 ヤバイ……今、欠伸していたの見られちゃったかな???


 そう一瞬だけ心配もしたが、そのまま何事もなかったかのように従者のコージは通り過ぎ階段を降りていった。

 それを見送り、ロムニーは「ほぅ…」と安堵の吐息をつく「……よかった、いまの見られてなかったんだ」と。

 が、間もなくコージはこちらを少しだけ横目に向いて、『ぷっ♪』と吹き出し笑っていた。

「───ぬ、ぬわあぁあっ??!!」


 ロムニーはそれを呆然とした表情でしばらくのあいだ見送り……そのあと、ハッ!と思いついたように血相を変え、とにかく与えられていた仕事をさっさと片付けるため、転んでもおかしくないほどの勢いでお湯を急いで2階まで運び、そこに扉を開け現れたハインハイルの執事に「ハイッ!!」と素早くお湯を手渡し。猛ダッシュの即効で、1階へと慌てて降りていく!

 一方、ハインハイル付きの執事の方は、そんなロムニーから手渡されたお湯の入った容器を両手に持ったまま、呆然とやや呆れ顔にそれを見送っていた。

 今は体裁など気にしちゃいられないロムニーの方としては、1階へと降りるなり、直ぐさまコージをキョロキョロと探し回ったが、どこにも見当たらなかった。

 最後は外の井戸まで来て、やはり居ないことを再確認すると、そこで空を見上げこう吠える。


「──あ、アイツ! ぜったいに、許せない~っっ!!」


 いや、自業自得なのだが……。

 しかも、『パシッ☆!』と右手の拳を左手に当て怒りも絶好調のご様子だ。

 ここまで来ると……流石にといったところで、世の男子諸君はみんな逃げ出すコト間違いないだろうという、残念な始末である。


 しかし……世の中はよく出来たモノで。捨てる神、あれば。拾う神あり、である。


「コージ。誰か外に、居るのかい?」

 窓辺に近づき、下の井戸の近くで吠えているロムニーを遠目に眺め見つめ。そんな彼女のちょっと風変わりなひと柄の様子に、コージはついついそこで微笑みを浮かべていたのだ。

 少し?と言わず変わった女性であるロムニーだったが。それでも僅か13歳のコージーからしてみれば、そこはそれでそれなりにしっかりとした年上の女性として、その目には映り、十分魅力的な存在であった。

 それにロムニーは表向きが可愛いだけに、実年齢よりも若く見え。コージとしてはハウスメイド達の中でも自分に近しく思えていた。

 今朝の『アレ』にしても、むしろ親近感が沸く方が気持ち的にも比重が多く。なんだか照れ臭く、嬉しくすら感じていたのである。

 人はつくづく、自分を比較的対象の基準として物事を捉え見てしまう、の典型である。

 もっと分かり易くいうと、コージはロムニーに対し、それとなく好意を寄せていたのだ。

 そんなコージーの様子に、顔を洗い終わり。次に、体を拭いていたアヴァインが怪訝そうに聞いていた訳だ。


「え? いえ……ただ何となく見ていただけですよ♪」

 ただ何となく、という割には対象物をハッキリと捉え見つめていた様子であったのだが……?


 アヴァインはそう思うが、間もなく、まあいいやと立ち上がり着替えると最後に仮面をいつもの様に付ける。それから執事のハマスと従者のコージを伴い、下へと降りていった。

 それにしても、コージも随分と馴染んで来たものだ。今では違和感をほとんど感じるコトもない。それもこれも、執事であるハマスの熱心な教育のお陰なのだろう。


 次はこの私が、剣の使い方の一つでも教えてあげるコトにしようかな?


 アヴァインはそんなことを密かに思いつつ笑みを浮かべ、階段を一段一段降りていた。


  ◇ ◇ ◇ 


「ロムニー。今日は本当に、こっちでいいのかい? アンタはご主人様のお気に入りだし……」

「いいの、良いの。ぜんぜん、OK!! まぁあ~このわたしに任せといてくださいよぉ~♪ 先輩方♪ あはは!!」

 ロムニーはこの日に限って、食事を運ぶ配膳係りをやっていた。その「先輩」と呼んだ20歳後半くらいのキッチン・メイドへの笑顔も、実のところ苦笑いではあったのだが。

 わざわざこの日、配膳係となったその理由は、従者のコージーとばったり目が合い、気軽にも指をコチラへ差され「そういえばあの人、今朝はあくびをしながら階段を上がってたんですよぅ~」なんて告げ口をされたら堪らない、そう思ったからだ。

 ロムニーの容姿と年齢なら、ちょっとした口利きで別の屋敷に移るコトだって可能なのだが。前の屋敷を首になった理由がそういう不名誉な内容だと、あとで色々と困るコトだってある。そう思うと、なんだか少し不安だったのだ。

 まあ、別に……ココを辞めるコト自体は、ぜんぜん構いはしないんだけど。あんなガキに舐められたまま辞めるだなんて。なんていうか、イヤだし……。 

 ロムニーはそうこう考え、ここに仕方ない気分で留まっていた。

 しかし、そうした心配事の発端となったコトの多くは、ロムニー1人の考えすぎ・思い違い、だった訳なのだが……。互いに気持ちを確認し合っても居ないので、その思いが多少すれ違うのは仕方のない部分だったのかもしれないが。それへ加え、このロムニーのこうした生まれつき思い込みの激しい気性が拍車を掛けていたのも事実である。が、当の本人がそのコトに未だ気づいていないのでどうしようもない。


 配膳といっても、この屋敷の主である三人の前へ実際に食事を運ぶのは担当のハウスメイドの役割なので、調理室から食堂まで食事を運ぶのが主な仕事となる。

 それでもアヴァインのことが気になり、ロムニーは食堂へ立ち入る度にチラリチラリとそちらの方を伺っていた……ら!? それにたまたま偶然にも気づいた従者のコージがこちらを見て、ニヤリ?と笑みを浮かべてきたのでびっくりだ。


「クッ……!!」

 あンの、くそガキっ! そのうち懲らしめてやるんだからッ!!!


 勘違いもいいところ、である……。


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