第九章 仮面の商人とカナンサリファの狐

第9章 仮面の商人とカナンサリファの狐(1)


 それから1ヶ月後のこと……。

 共和制キルバレスの最高評議会議事堂であるパレスハレス内にて、この日、一つの議案が賛成多数となり可決された。

 《皇帝任命制度》である。

 この結果に対し、反対派の評議会議員の多くはため息を漏らし頭を抱える。

 対し、賛成派の評議会議員は拍手喝采をし。未だにその初代皇帝が誰になるのかさえ定まってもいないのに、その拍手は評議会議員の一人に過ぎないディステランテ・スワートに向けられていた。

 ディステランテ評議会議員はそれに対し、薄く笑みを浮かべ軽く手を上げそれに応えている……。

 全ては、彼が準備を怠らず仕組み望んだ結果であった。実に、上辺うわべの言葉だけではない実行・実現力も兼ね備えた大した政治家だといえる。その政治的方向性と手段さえ間違わなければ、彼は間違いなく、歴史に名を残す偉大な政治家の一人となれることだろう。

 オルブライト・メルキメデス貴族員はその偉大と思われる男の様子を遠目に見つめ、目の前で両手を組み。それへ額を当て静かに吐息をついていた。

 それというのも、その偉大と思われる男はオルブライトが日々感じている対立線の向こう側に居る。しかもその中心人物だったからだ。

 目の前で行われている偏った政治権力によるパワーパフォーマンスを改めて見つめ直し、オルブライト・メルキメデスはこの時代に流れる《変革の風》というものをひしひしと肌身に感じていたのである。

 その風がこの国と国民にとって最善の結果をもたらすモノとなるかどうかは、この後の彼の政治指導とその彼ディステランテ・スワートのあとを引き継ぐ者の度量・力量次第となるのだろうが。少なくとも今を生きるオルブライトにとってみれば、メルキメデス家の生き残りを賭けて耐え忍び、その必要に応じては戦わざるを得ない境遇に立たされつつあるのは確かなことであった。




「やれやれ……。とうとう来るところまで来たか、ってトコなのかねぇ~?」

 スティアト・ホーリング貴族員は貴族用の邸宅から窓の外に見える最高評議会議事堂であるパレスハレスを眺め、そう呟き言い。オルブライトと見合う形でソファーへと座り、ブランデーを一口だけ含み楽しみながらゆっくりと飲んだ。

 パレスハレスはコークスの光に照らし出され、相変わらず美しい景観を見せてくれている。

「先月行われた選挙で選ばれて来た面々が、創造以上に見事なディステランテ顔をしていたのには。正直いって、この私も流石に驚かされたよ。

彼はそれ程までに、魅力的な男なのかぁ?」

「さあ……しかし、結果として見れば。実に大した男、といえるのでしょう」


「……ふむ。まあ、それは確かに。そこは認めるところだがねぇー…」

 スティアト・ホーリングはそこで困り顔にため息をつき、再びブランデーを一口飲み口を開いた。


「それにしたって、アレだ。私がそんな彼から幾度となくプレゼントされたモノといえば、だ。

珍しい動物の毛皮とかならば、流石のこの私だって幾らかなり少しは『愛想笑あいそわらい』くらいなら浮かべられもしたが。同じ皮は皮でも、『皮肉ひにく』くらいのモノだったからねぇ~。

これには流石の私も、『苦笑くしょう』くらいでしかお返し出来そうにない」

 スティアト・ホーリングは肩を竦め、薄く笑いながらそう言っている。

 オルブライトはそれを聞いて、思わず吹き出し笑った。

「ハッハ! 相変わらず、上手いことをいうモノだな」

「まあ、そういつまでも。笑ってばかり居られそうにないがねぇー……」

 スティアトは軽く手を上げ「まあ、いいから」と苦笑い、再び口を開く。


「《皇帝任命制度》が早速、可決されるなり。今月中にも《初代皇帝》を決めるのだと言うのだから、まったく呆れた話しだよ。

随分と慌てるように急ぐものだ。実に忙せわしい限りだとお前さんもそうは思わんかね?

余程、自分が選ばれる自信がお有りらしいなぁ、あの御仁は……。

それとも、なんだぁ? 実は、余り時間を掛け過ぎると不利になるコトでも何かあるのかぁ??」

「さぁ……それは分かりませんが。恐らくはそれだけ、準備万端、というコトなのでしょう……」

「……ふむ。まぁ、そう捉とらえる方が。あの御仁に対しては、正しい見方である、といえるのかもしれんがね」

「ええ……彼の、政治家としての力量は認めざるを得ないところでしょうから」

 そのように素直な感想を述べる友人を、スティアトはブランデーの入ったグラス越しにふぅと見つめ、困り顔にため息をつく。


「相変わらず冷静にモノをいう男だなぁ…君は。まあ現時点で……こちらに打つ手が無いのは確かだがねぇ…」

「ええ…まさに」

 そこで互いに肩を竦め、やれやれとばかりにため息をつく。


「まあ……ルーベン・アナズウェル殿の尽力もあって、マルカオイヌ・ロマーニ評議員がこちら側に着いてくれそうなのは、幸いだったが。彼はどうにも決断力に欠ける。

あれでは、あのディステランテの対抗馬にはなれそうにもない。その点は実に、残念だったよ」

 マルカオイヌ・ロマーニ評議員は、この首都キルバレスからの現職評議会議員で。以前からディステランテ・スワート評議員とは反りの合わない人物であった。これまで影ながらもフォスター将軍の件やアヴァイン等の件で、道理を説き慎重論をもってディステランテ評議員に意見を述べていた人物の一人でもある。これほどまでにディステランテ評議員に対抗しながらも、他の者とは違いその職をおわれずに済んでいたのは。この首都での彼自身が持つカリスマ性による部分が大きかった。

 しかし、その影響力も最近では段々と薄れてきていた。

 ディステランテ・スワート評議員の政治的権力や影響力を前に、彼の周りの者たちも少しずつ彼の傍から離れ始めていたからだ。

 そのような彼マルカオイヌ・ロマーニ評議員に対し、ルーベン・アナズウェルは財政面での支援を申し出た。

 マルカオイヌ評議員は、その申し出を快く受けたが。オルブライト貴族員等との連携により、ディステランテ評議員を牽制する話をそれとなく伝えると、やや距離を置く姿勢を見せていたそうだ。

 しかしそれでも、ハッキリとした言葉で本人から遂には受け取ることは出来なかったが。その態度から『こちら側に、多少なりと興味を示してくれたのではないか?』と思われる様子を垣間見せていた、とのルーベン・アナズウェルからの話である。

 それは、ダブルスタンダードだ、という批判的見方も出来るが。それだけ慎重な判断力を持った人物だ、という評価が正しい見方だと思われる。

 彼も、そこは一人の政治家なのだ。

 今のこの国を取り巻く政治状況は、それだけ難しい局面にある、という証でもあった。


「まあ我々のような、キルバレス本国の者達からすれば外戚に過ぎない権力者が背後に居ると知れば。慎重な行動を取りたくなるのも頷ける部分といえるのでしょう」

「まあ……それは、そうなんだがねぇ…」


 それは確かに、そうなのだが。これでは、ディステランテ評議員の対抗馬とは成り得ない。彼は協力者の一人としておいて、他に擁立出来る人物をまた選び探し出さないといけない、というコトになるからだ。

 ディステランテ評議員が初代皇帝となるのも今月中だと思われ最中。この対抗馬の用意を急がなければならない、この時期に。実に、肩の力の抜ける結果であったといえた。

 当然、そのコトを理解しながらも相変わらず落ち着いた様子で客観的なコトを言うオルブライトをスティアトは困り顔に見つめ。次に、改まった顔をして再び肩を竦め口を開いた。


「そう言えば、最近、君のトコの首都だった州都アルデバルの現職評議会議員が政治勢力を増して来ている、との噂に聞いたが?」

「というと……ファインデル・ヒルデクライス評議会議員のことですか?」

「ああ、確かだ! この際だ、次は彼を誘ってみるというのはどうかね?」

「ファインデル殿を、ですか……ふむ…」

 オルブライトは考え深げに俯き思案している。

 『何かあるのかぁ?』と、そんなオルブライトの様子を見つめ。スティアトは思いを巡らし、そこで間もなくあるコトをひとつ思い出し口を開いた。


「ああ……そういえば…。彼は、噂によると。《白銀の仮面》を着けた黒尽くめのなんとも風変りな商人から多大な支援を最近は受けている、って聞いたんだが…それも本当なのかね?」

「ええ、それは私も最近耳にしたばかりなのですが。確か……アーザインとかいう、まだ若い商人で。彼からのファインデル評議員への支援は、『ヒルデクライス家の一人娘、ローズリーに見惚れてのことだ』との噂ですよ」


 実際は、事実と微妙に異なるので、アヴァインがこの場に居合わせていたら、さぞや口論となっていたことだろう。

 しばらく付き合っていたのは確か、ではあったが。


「ハハ! それが事実なのかどうか、少々気になるトコロではあるがねぇ~。

ファインデル評議員は、反ディステランテ派だ。我々としては実にありがたい、思ってもみない支援者だよ。可能ならば是非、一度会い、話しを聞いてみたいものだがねぇ~」

 スティアトはそう言い、再びブランデーを口に含み楽しみながらゆっくりと飲む。


 もしかするとそう言った当人はすでに忘れているのかも知れないが、スティアト・ホーリング貴族員の娘リリアとアヴァインは、以前、見合いを行ったことがある。が、結果としてアヴァインはリリア・ホーリングにフラレてしまっていた。

 スティアトとアヴァインには直接的面識はほとんど無いが、うっかりリリアと出会うことになれば大変なことになるだろう。多分、張り手の1・2発は当然のように喰らうだろうからだ。

 とは言っても……大局的に見て、それ自体はどうでも良いコトなのかもしれないが。アヴァイン個人としては、出来れば避けたいところなのが人情というモノである。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る