第8章 ふたりの従者(4)

「つまり、ケイ……お前まで鉱山都市アユタカの屋敷へ行くというのか?」

「はい。お父様」


「ふむ……」

 城の大テラスには、大臣や旧臣にオルブライト・メルキメデスが白々しくもテーブルを囲んで座って待っていた。

 本来であれば、ここへフォスター将軍の1人娘シャリルも来る段取りだったのだ。全てをケイリングが話し、納得させた上で……という条件であったが。

 だけど今は状況がまた変わった。というよりも、ケイリングがそれに条件を付けたのだ。


 オルブライト・メルキメデスはただただ苦笑し、そんなケイリングを黙って見つめ。それから、他の大臣や旧臣がこれに対しどう応えるのかを眺めている様子だった。


 そこは実にお父様らしい、と言える。


「しかし、何故です?」

 大臣だった。

 旧臣5名も、そこは不思議がっている様子だ。


「あの子にはまだ、心のケアが必要です。ですから私も、一緒について行きたいのです!」

「心のケア? 謀反人の娘に、何もケイリング様がわざわざそのような気遣いなど無用でしょう。そうした事は全て、医師に任せて置けばよいのではありませんか?」

 大臣の言葉に対し、旧臣の一人が咳きを軽くつき、次に睨んでいる。


「大臣閣下。そう無闇に、『謀反人の娘』などという言葉を使うのは、お慎み頂けませんか?」

「あ……これは、大変に失礼を! ボルトウス殿」


 旧臣のボルトウスだ。どうにもこの人は特に苦手だった。

 ボルトウスはケイリングへ軽く頭を下げ、次に口を開いてきた。相手が相手なだけに、その言葉を聞く前からケイリングは思わず頭が痛くなりそうだ。だが、

「それが、『どうしても』というケイリング様の願いであるのならば、それもまた『よろしい』のではないか、と思います」


「……え?」

 思っても見ないボルトウスからの返答だったので、思わず目が点になってしまう。

 流石のお父様も、それに対しては『なぜか?』と興味を示していた。

「但し、それならばこちらからも一つ条件があります」


 条件?


 まあ、そりゃそうか。このボルトウスが『はい、そうですね』と素直に納得する訳がない。


「それは?」

「『あの子』を、ケイリング様の従者として頂きたいのです」


「──!?」

「その方が周辺の者に『不審がられ難い』かと、思われますので……。勿論これは、一時的な措置として、ですが」

 聞いてみると、なるほどだ。

 メルキメデス家の者と関わりのない者が向こうの邸宅で過ごしていては、それをやがて不審に思う者も現れるコトだろう。かと言って、シャリルはもう間もなく11歳になるとはいえ、まだあの年齢だ。メイドとして雇う訳にはいかないし、そもそも表に出すのは彼らからしても意味がまるでなくなる。


 ただ監禁するだけにしても、限界はあるのだ。

 向こうの使用人の間で噂となり、それが広まる恐れだって当然にあるからだ。


「何か問題や、その素性がバレることがもしもあれば。その場で『解雇』して頂き。メルキメデス家としては『関知していなかった』、という形にして頂きます。

それで如何でしょうか? ケイリング様」

「……」

 つまりは早い話……素性がバレた時点で『速やかに解雇』し、『役人に差し出す』のが条件である。と、ボルトウスはそう言っているのだろう。

 流石に……このアクト=ファリアナでの外交を、裏で指導している旧臣だけの事はある。これならばどちらに転んでも、アクト=ファリアナとしては損はない。


 大したものよね。


 見ると、オルブライト・メルキメデスもそれには納得顔を見せていた。他の旧臣や大臣も同じく納得顔だ。

 となれば、だ……あとは、ケイリング次第となる。


 どの道、シャリルはこの城から出なければならないだろう。ならば自分の従者として、今はとにかく守れば良い、ただそれだけの話である。


「OK! わかったわ。それで決定にしましょう♪」

 だけど問題は……それをシャリルが受けてくれるかどうかの方であった。



 それから3日後、ケイリングはファーとシャリルを伴って、豪奢な馬車に乗り込み。30名もの騎士団に守られながら、一路、鉱山都市アユタカ近くにある広大な邸宅、森の中の宮殿パレス=フォレストを目指していた。


 可能なら途中で通る州都アルデバルの観光をシャリル相手にしたくもあったが、それは諦めることにした。これだけの騎士団が居ては目立ち過ぎるからだ。


 それは詰まる所、『危険を伴う』ことでもある。


 旧臣ボルトウスとの約束事が、ここに来てつくづく頭痛い……。そのことを思うと、ため息も絶えないくらいだ。

 州都アルデバルでは、馬車の中からその街並みを遠目に眺め、軽く周回し、宿へと入る。

 そしてその翌日にはまた、鉱山都市アユタカへと向かった。



 シャリルは遠ざかる州都アルデバルを遠目に眺め、小さくため息をついている。もしかすると首都キルバレスを懐かしく思い出したのかもしれない……。


 考えてみれば……そうか。

 そこには嫌な思い出ばかりではなく、きっと沢山の良い思い出もあったのだろう?


 ケイリングはそんなシャリルを横目に見つめ、ふと零す。

「いつか、さ……」

「?」


「首都キルバレスにも一緒に、こうやって行けたらさ。きっと、絶対に行こうね♪」

「……」

 ケイリングはそこで、シャリルに対し満面の笑みを向け。自分の今の素直な気持ちを伝えたていたのだ。 


「……ぅん」

 シャリルは控え目ながらも、それには頬を赤らめ、嬉しそうにして頷いていたのである。

 少しだけシャリルの心が、自分と触れ合えた気がした……。



 今なら……今なら、言えるかもしれない!



 ケイリングはグッと息を飲み込み、口を開いた。

「ねぇ、シャリル!」

「?」


「あなた、これからは私の『従者』となりなさい! 

そうすれば、これからもずぅーっと、一緒に居られるし。どぅ……かな?」

「……」

 言ってる途中で、自分でもバカなことだと感じてしまい、ケイリングは最後辺りで勢い無く、無理に言葉を繋いでいた。本当はちゃんと説明して、納得して貰ってから言うつもりであった。それがこんなバカな展開だ……自分でも、自分に呆れてしまう。


 その急な話の展開には、同じ馬車の中で見合う形でソファーに座り聞いていたファーも流石に、思わずコケてしまいそうな程であった。

 仮にも、シャリルはあのフォスター将軍のひとり娘だ。気位だって、それなりにあるだろう。

 ケイリングが貴族員の娘であるとはいっても、属州国に対するキルバレス本国の者の意識の在り方は、幾分か差別的ですらある。


 まさかこの提案にシャリルが頷くとは、ファーにはとても思えなかった。

 だが、


「……はぃ」

 シャリルはそれに対しそう応え、寧ろどことなく意外にも嬉しそうにして頷いていたのである。

 ファーにはそれが、とても不思議な光景でならなかった……。



 こうして、ここにもまた一人、新たな従者が誕生していたのである──。



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