第6章 仮面の商人 (11)

 アヴァインがそうやって、3ヶ月の間に商人としての成功を収めていた頃。共和制キルバレスの最高評議会議事堂パレスハレスでは、いよいよ大きく政変が動き出そうとしていた。


 科学者会関係者の度重なる不祥事に対し、《科学者会の評議会への関与を制限する》という新たな法が議会に提出され、正式可決されたのだ。

 これにより共和制キルバレスは事実上、一院制による最高評議会を中心とした統治が行われることと等しくなる。


 科学者会関係者の度重なる……といった所で、それらの多くはディステランテ・スワート評議員の陰謀が大小なりに含まれたモノが殆どであるのだが。それに対し、異議を唱える評議員も居たものの。それが結果として、科学者会と共に政治家としての命運を断たれた者も続出している。


 それまでも肌に感じられる程であった《ディステランテ派》と《反ディステランテ派》の対立は、見た目にも明らかなものとなり。その対立の様子を、パレスハレスの最高評議会議事堂内にて両手を前で組み見つめていたオルブライト・メルキメデス貴族員は、小さくため息を漏らしていたのである。


 


「やれやれ……これも、一つの時代の流れ……ってモンなのかねぇー?」

 スティアト・ホーリングは、貴族用の邸宅から窓の外を眺めながら、そう呟き言った。それからオルブライト・メルキメデスと見合う形でソファーへと座り、ブランデーを飲まず、それを目の前でゆっくりと回し、その移り変わる色を眺めている。


「コイツは、年月が経つに連れ味に深みが増す、ってのに。人や国ってモンは、草や食べ物みたいに年月が経つに連れ、ただただ腐ってダメになっていくモノなのかねぇ~?」

「ハハ。それは、我々の側から見ればそうなのでしょうが。ディステランテ派の側からして見れば、その印象はそれと真逆なのでしょうからね」


 相変わらず冷静なオルブライト・メルキメデスの返答振りに、スティアト・ホーリングは呆れ顔を見せた。そして、手に持つグラスの中のブランデーとテーブルの上に置いてあるチーズを指差し言う。


「そこは、だ……。『ただ腐るモノだって、工夫すりゃ、こうした美味しいモノに変わる。ただただ腐る食べ物だって、発酵させりゃ、このチーズみたいに美味しい食べ物になる。

ディステランテって男は、そんな事も分からない捨てることしか能の無いバカな男だ!』と……私としちゃ、このくらい気の利いた返答を期待していたんだがねぇ?」

「ハハハ。なるほど! しかし残念ながら、私にはスティアト殿ほど発想の機転が利く男ではないモノですから」


「……ふむ。まあ、いいさ。そういうコトにして置くよ」

 スティアト・ホーリングは困り顔にため息をつき。ブランデーを一口だけ含み、いつもの様に楽しみながらゆっくりとそれを飲んだ。

 オルブライトという男は、口については彼の言う通り上手ではないかもしれないが、頭は実に切れる男だ。しかも、実行力もある。少なくとも、自分よりもだ。


 スティアト・ホーリングはそのことをよく理解していたから、オルブライトのそうした言動などはただの謙遜であり、彼の余裕なのだという風にしか感じられなかったのだ。


「この共和制キルバレスはディステランテ評議員の下、段々と……一つの意思にまとまった強固な国へと変わっている様子です。これで《皇帝任命制度》までも採用されれば、益々もって更にまとまりのある国となるのでしょうね?」

「それは、そうなのかも知れないが……。強い強固な一人の男に支配された国である、という事と。住み良いよき国、とは必ずしも一致するものなのかね?

少なくとも、我々の立場は、益々もって悪くなっていくばかりなんじゃないのかぁ?」


「ハハ。まあ、そうなのですが……」

 オルブライトはスティアトの言葉を聞いて、納得したように頷き笑む。スティアトはそんなオルブライトを見つめ、再び口を開いた。


「来月には、評議会議員の選挙が行われるが。噂によると、反ディステランテ派の評議員に対してはディステランテ派の新たな評議員が候補者として擁立されそうだとのことだ。

相当、金もばら撒いているらしくってなぁー……。

属州国アナハイトのキルク・ウィック殿が刺殺され、これで少しは様子が変わるのかと期待もしていたが。結局のところ、アナハイトはディステランテ側に着いた。それで、資金的にもディステランテを支えてる、って噂だよ。

つまりは、政治的にも経済的にも、彼一人がそれを独占的に手に入れたと言える訳だなぁー」


 スティアト・ホーリングはそこで改まった顔をし、オルブライトを見る。


「3ヵ月後、このパレスハレスに選挙で選ばれて来る評議員の面々が、をした者か。それとも、一人のなのか。実を言うと私は、今から楽しみでならないよ」

「ハハハ。デレデレ顔なのか、それともツンツン顔なのか、って訳ですか?」


「まぁね。そう言われてみると、『ツン・デレ』ってのが一番、バランスが取れてて良い様な気がして来たよ」

「ならばお互いこれまで通り、貴族顔のツンデレ子狐で参りますか?」


「いやいや、これまでは『デレ』の無い『ツンツン子狐』だったからね。問題は、あのディステランテに対し、デレを入れるか入れないか。ついでに言うと『入れたい』と思うか、なんじゃないのかぁ?」


 そのスティアト・ホーリングの『入れたいと思うか?』を聞いて、オルブライトは肩を竦ませ見せた。そのオルブライトの様子を見て、スティアトも同じく肩を竦ませている。


「まあ、これから3ヶ月後。お互い、良い気分で再会出来るコトを願っているよ」



 最高評議会は既に閉会され。次は選挙後の、3ヵ月後と決まっていた。明日から、スティアト・ホーリングもオルブライト・メルキメデスも領地へと戻るのだ。

 恐らくはその間にも、ディステランテはそれを幸いに自分にとって都合の良い共和制キルバレスの形を更に作り上げ構築していくことだろう。


 3ヶ月という期間は、そういった意味でもとても長い期間であった。


 だが、スティアト・ホーリングもどうやら、そのつもりである様だが。オルブライト・メルキメデスもカルロスの子であるルーベン・アナズウェルと連携を取って、そんなディステランテ評議員に少しでも抵抗する構えであった。


 政治力も資金力も、今となってはディステランテには遠く及ばなくなってはいたが。この共和制キルバレスという国の中に居て、『このままで良い訳がない』という思いが、未だに迷いはあるものの、オルブライトの心の中で強く生まれ始めていたのである。



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