第6章 仮面の商人 (12)
世の中とは実に面白いもので、商人としてある程度の成功を収めると、アヴァインの周りに不思議と人が集まる様になっていた。それまでアヴァインのことなど鼻にもかけなかっただろう者までもが、媚を売ってくる始末だ。
「全く、人って勝手なモノだよなぁ……」
アヴァインはついついそう思ってしまう。
しかしそれは、商人としては大変名誉でありがたい事でもある。だが、そろそろその目立って来たのもあり、アヴァインはその深い傷跡の残る顔の上に、《白銀の仮面》を付けるようにし、服装は出来るだけ目立たないようにと思って黒を基調とした格好に変えた。
しかしその事が返って不気味さを他人に感じさせたらしく、最近では《仮面の商人アーザイン》として、人伝いに囁かれるようになってしまう。
事実、殆どの場合不在として、人前には姿を現さないことが多かったので、それも仕方のないことだった。しかしこの日、ギルドのハインハイルが『これには参加して損はないよ。いや、寧ろ参加すべきだ!』というので、余り気は進まなかったが招かれていたパーティーへ急遽出向くことにした。
恩のあるハインハイルからそうも強く言われると、流石に断ることなど出来そうにない。
だけど幸いと言うべきなのか? 顔を売るのも1つの商売と位置付け考える商人では先ず有り得ない、仮面でのパーティーだったのだ。話によると、これはこの地の評議員ファインデル・ヒルデクライス主催であるからなのだそうだ。
これならば、この仮面もそう目立たずに済みそうだ。
事実、仮面パーティーということで、皆、飾り気の多い仮面や羽根突きの帽子など目立った格好をして来ていた。それに比べたら、アヴァインの格好は実に地味である。
一方、そんなアヴァインの思いとは別に、今回のパーティーを主催したファインデル・ヒルデクライス評議員としては、仮面パーティーにするのにはそれなりの理由があった。
属州国コーデリアの州都アルデバルから選出される評議会議員定数は3名であり、ファインデル・ヒルデクライスは現職の評議員で有力者ではあるが。《反ディステランテ派で》ある事から、今回ばかりは落選するのではないか? と囁かれていたからだ。
今回のパーティーは、そうしたディステランテ派の動きを牽制し。また、自分の地盤が現状どうなのかを再確認したい、という思いを含んでのものであった。
しかし、素顔のままではディステランテ派の気配に臆する者も居るだろうと他の者諸々の事情があるのを考慮し、今回の仮面パーティーを思いつき、行うことにしたのだった。
「反ディステランテ派か……」
パーティー会場は、州都アルデバルの政都庁舎がよく見えるファインデル評議員自らの邸宅で行われていた。アヴァインはその会場内から政都庁舎を遠目に眺め、それから会場内を振り返り見てため息をついていた。
自分がまさか再び、こうした政治の場にこの様な形で近づくなど思ってもみなかったからだ。その思いも、実に複雑な心境のものであった。
「お初にお目に掛かります。わたくしは───」という挨拶のあと、自分は商人で主にこういう物を売り
アヴァインはそうした様子を邸宅内にある木に凭れ掛かりながら、遠目に眺め、吐息をつく。
単に物を売ったり買ったりするのはいいが、やはりこうした事は性に合わないな、とつくづく思う。
アヴァインは今、その顔を口元以外仮面で覆い頭には帽子を被っていた。白銀の仮面以外は全身黒尽くめの、いつもの姿だ。出来るだけ目立たない様にしてのことだが、皮肉にもそうした格好が返って本人の思いとは裏腹に商人らしくなく逆に目立ち、ここでも周りの目の利く者の興味を誘っていた。
まさかそうだとは、アヴァイン本人は未だに気づいていない。相変わらずの
あれが最近噂の《仮面の商人アーザイン》ではないのか? なんでも、短期間で莫大な財を得たとか……と、本人も知らないところで口々にその会場内で次第に広まり始めていた。
それから、しばらく経っての事である。
「お初にお目に掛かります。わたくしは、ローズリー・ヒルデクライスと申します。ところで、貴方様は?」
「……え?」
思ってもいないことだったので、アヴァインは驚き、顔を上げた。
それにしても、ローズリー・ヒルデクライスって……ファインデル・ヒルデクライス評議員の親族なのだろうか?
とても若い様だし、まさか娘さんか……?
そのヒルデクライス評議員本人には、ここへ来た一番最初にハインハイルと共に挨拶をしていたのだが。挨拶といっても、多くの者達の挨拶を受けるファインデル評議員本人にこちらが一方的に声を掛け、向こうはそれを受けて笑顔で挨拶を返してきた程度の印象しかない。
その後、ハインハイルは色々な人へ声を掛けていたが、アヴァインは数人目でそういうのにも疲れ、この木の下へと移動していたのだ。あとはここで大人しくパーティーが終わるのを待てばいい、そう思っていたのだが。思わぬ人に声を掛けられたものだ。
その人は、20歳にもなるかならないか位の娘で、どこか面影がルナ様に似た感じの人だった。
「あの……どうかなさいましたか?」
アヴァインがそうこういつまでも考えぼぅとしているので、ローズリーが困り顔で聞いて来たのだ。
「あ、いえ……。貴方様が余りにもお美しい方なので、つい見惚れてしまい……」
「あら! とてもお口の上手な方ですね♪」
ローズリーはアヴァインのその言葉を聞いて、嬉しそうにクスクスと笑んでいる。
「この様に仮面を付けているというのに、貴方にはその様なコトが見ない内からもうお分かりになるのですか?」
言われてみると、確かにそうだった。
ローズリーは仮面を付けていて、その素顔を確かめる事が出来ない。ただ、ローズリーから感じられる人としての雰囲気の様なものが、どことなくルナ様に似ていたのでアヴァインはそう思い、感じたことを伝えたに過ぎなかった。
「ええ。私の勘は、不思議と外れたコトがないのですよ、ローズリー様」
自分でも、昔に比べたら随分と口が上手くなったものだ、とアヴァインは言いながらそんな自分に対し苦笑してしまう。
一方、そんなアヴァインの思いとは別に、ローズリーの方はその事が嬉しかったのか頬を赤らめている。
「わたくしには、貴方の様な勘はありませんが。貴方の声は、なんだかとても優しくて心地よく感じます。
ところで、先程も聞きましたが……貴方様のお名前は?」
そういえば、まだ答えてなかったな。これはまた、迂闊だ。
「アーザイン……アーザイン・ルクシードです」
アヴァインはあれからずっと、この名前を使う様にしていた。今の商人としての自分を知る者は皆、アヴァインのことをアーザインと呼ぶ。
「あ! やはり貴方があの、最近有名な《仮面の商人アーザイン》さん?
余り人前には姿を現さない変わり者だと聞いておりましたが……それはどうやら、少なくともその容姿によるものではなかった様ですね?
とてもスマートで、逞しいお体つきをしておりますもの」
ローズリーが言うとおり、アヴァインは衛兵だった頃の体形を今でも維持していた。それは、ルナ様の仇を討つ為にだ。素振りを欠かしたことなど、1日としてない。
そんなアヴァインの体躯や人柄がローズリーの好みだったのか。ローズリーは特別にアヴァインを屋敷内へと誘い、他には誰も居ない部屋に入れると、間もなくその自らの仮面を外して見せた。
「──!?」
それは、まるで本当にルナ様をそのまま若返らせたかの様に美しい顔立ちをしていた。
「さあ! わたくしは見せたのです。貴方もその仮面を外し、わたくしに素顔を見せて!!」
「……」
アヴァインは迷ったが、この部屋にはローズリーと自分の2人しか居ない。それでアヴァインは決め、その仮面をゆっくりと外した。
「──!!」
アヴァインの顔には、ガストンから切られた時の古い傷跡が大きくある。
ローズリーはそれを見て、思った通り驚いていた。
が、予想に反しローズリーはその傷跡を優しく触り、そこで優しく微笑む。
「わたくしが思っていた通りだわ! 貴方も、とても良い男前の顔立ちをしているわね♪」
「──!?」
外見だけではない。その内面までもが、まるでルナ様のような心の温かい包容力を持った人だった。
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