第6章 仮面の商人 (8)
取り敢えず手っ取り早く稼ぐ方法として、ハインハイルが一つの交易ルートを教えてくれた。
「先ずは、ここの闇市で水晶の民芸品を買いなさい。
特に猫のが今はよく売れてるから、そういう動物系の可愛いのとか。あとは、耳飾や服など身に付ける飾り物などの小物類が良い。
この手のものは女性自身も買うし、男も女性へのプレゼント用として、買い手がつき易い。それらのものを買えるだけ買って、それをアルデバルで売りなさい。目安となる相場表は、コレね。
特別にコイツはあげるけど、常に相場は変動しているから、そこは理解しといてね。
その後は、時計や薬。他には実用的なモノをアルデバルで買い、北にある鉱山都市アユタカを目差しなさい。アルデバルにもうちの支部があるから、そこで買うと良い。本当は会員限定なんだけど、特別に今回だけは手紙を用意し渡して置くよ。はい、コレね。
これで利用は出来る筈だけど、決してどこかに忘れたり、無くしたりしない様に注意してね。私がブリティッシュから叱られちまうからさ。
あと、さっきの続きだけど。鉱山都市では、薬類が重宝されるから、よく売れる筈です。相場表は、こっちのコレね。
そしてそこで、今度は鉱物類を大量に買えるだけ買い、再びアクト=ファリアナへ戻って来なさい。
その時には馬車を買うか、借りるかすると良い。重量的に、鉱物類は一般の駅馬車では積んでくれない場合が殆どだからね。その代わり巧くやれば、その手持ちの銀貨が倍くらいにはなっている筈だから」
「倍……」
本当にそんなにもうまく稼げるものなのだろうか……? と思ったが、州都アルデバルでの猫の民芸品については特に納得いった。実感として、それは本当に交易物としては割りの良い商品だったと思っていたからだ。
これはあとで知ったことだが……ギルドで紹介する交易には、無料のモノと有料のモノがあって。今回ハインハイルが教えてくれた交易ルートなどの情報は、《プラチナ》という高額な有料情報だったのだ。
その日はそれで、ハインハイルにお礼を言い、別れた。
そして、その翌日……。
闇市で言われた通りの買い物をし、ハインハイルから預かっていたサイン入りの手紙を見せると、本当にその場で割り引いてくれた。
それも2割もだ……。正直、驚かされてしまう。
前回よりも多い荷物を背負い、アヴァインは一週間振りに駅馬車の乗り場へと向かい乗り込もうとした。
「あれ? アーザインのお兄さんだ!」
見ると、駅馬車の屋根の上に、荷物見張りのコージがニコリと笑顔を見せて居た。偶然にも、前回と同じ駅馬車に当たったみたいだ。
「やあ、偶然だね。コージ」
アヴァインは客席には行かず、コージが居る荷物置き場へと早速と上がって座った。
「いいの? 自分が言うのもなんだけど。ここ、座り心地といったら最悪な感じだよ?」
「いいんだよ♪」
駅馬車は、間もなく走り始めた。
コージが言う通り、本当にひどい乗り心地だ。だけどその甲斐あって、コージから色々な話を聞かせて貰えた。
この馬車には、首都キルバレスからの客も多く乗るらしく、色々な噂を耳にするらしい。そのコージが語る話の中には、アヴァインの興味を引くものも多かった。
相変わらず首都キルバレスでは、ディステランテ評議員の横暴が続いているらしい。そして、そのキルバレスでは、近々 《皇帝任命制度》というものが始まる予定があるらしく。その初代皇帝には、ディステランテ評議員が恐らくは選ばれるだろう、とのことだった。
アヴァインは、それだけはなんとしてでも阻止してやりたい、と思った。
他にも、ディステランテによる権力や財力は日増しに増えているらしく。話によれば、ハインハイルが言っていた《商用ギルド》にも、ディステランテの権益が及んでいるらしい様子だった……。
「アレにもコレにも、ディステランテか……つくづくだなぁ……」
あの男だけは……。
「本当だよね。つくづく凄い人なんだなぁー、っておいら感心しちゃったもんな!」
「……」
きっとコージには、まだ分からないのだろうな? その為に、あの男がどれ程の人々を苦しめているのかということを……。
「それはそうと、アーザインのお兄さん」
「ん?」
「あの……この前のお金のことなんだけど、さ。もうちょっとだけ、待ってて貰えないかな?」
「ああ、アレか。いいよ、いいよ! ずーっと期待しないで、待ってるからさっ♪」
「だーかーらーさー! そこは一応でも、期待しててってば!」
「ハハハ♪ それはそうとコージ。君の母さんの具合は、あれからどうなの? 少しは良くなった?」
「……うん。それがね、うちの村には一人だけ医者が居るって言ってたでしょ? それがさ、やっぱりあいつ。本当にヤブ医者だったみたいで、おいらが薬のお金を払ったその日のうちに夜逃げしちまってさ。参っちゃったよ……」
「……え?」
話によると、その医者は借金をしていたらしく、激しい取立てから逃れる為に夜逃げしたのだそうだ。
「『なんだか、様子がおかしいな?』とは思っていたんだ。妙にその日は、ヤブ医者の家の中が片付いててさぁー。おいらが金を渡すと、迷った感じで家の中を慌てて探し回っててさ。今思えば、単に最初に眼についた適当な薬を渡して来ただけなんだよ、あのヤブ医者は!」
「……そっか」
それは残念だったけど、医者なら他にもまだ居るだろうし……。
「それで母さんも翌日には死んじゃってさ」
「……え?」
「ヤブ医者の家に行っても、誰も居ないし。そりゃそうだよ、夜逃げしたんだもんなぁ、アイツ。居る訳がないんだよ。
本当にあの日だけは、参っちゃったよ、おいら。あはは♪」
「……」
「アーザインのお兄さん……急にどうしたの?」
アヴァインは、コージを黙って優しく抱き寄せていたのだ。
「コージ……
「うん……それは分かってる。大丈夫だよ、アーザインのお兄さん! だって世の中には、アーザインのお兄さんみたいな人だって居る、っていうのをおいらは知ったからね。
それよりもアーザインのお兄さんこそ、絶対に幸せになってよ!」
「え?」
「良い人こそが幸せになれる。そうじゃないと、おいら、悲しくなっちゃうからさ♪」
「……ああ、そうだね」
アヴァインはコージが言った「良い人こそが幸せに……」という言葉を聞いて、本当にそうであって欲しいと願い、深く静かに頷いていた。
やがて、州都アルデバルのシンボルである科学アカデミービルの尖塔が見え始めた。
アルデバルの中心地にてアヴァインは駅馬車を降り、そこでコージに別れを告げる。コージは満面の笑顔で、両手一杯に手を大きく振り振り振っていた。アヴァインもそれを優しく笑顔で応え、見送る。
それから荷物を背中に担ぎ直し、宿屋へと足を向け歩き出した。
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