第4章 輝かしくも楽しい思い出と……別れ (8)

 首都キルバレス中心街を逃げ回り、地下への入り口を見つけ潜り、そこでようやく落ち着いていた。

「これは……ダメだな。思っていた以上に、傷が深い。どこかでキチンと治療をしよう」


 アヴァインの額から頬にかけて斜めに入っていた傷口に布を当て押さえるが、出血はなかなか止まらなかったらしく。その仮面の男は厳しい様子でそう言い、困った様子でため息をついていた。


「もういいよ……私は、もう死んだも同然だ。それよりも君は何者なんだ?」

「俺か?」

 言うと、男は仮面を外し素顔を見せた。

 誰かと思えば、ファー・リングスだった。通りで、どこかで聞き覚えのある声と雰囲気のある男だと思ったよ。


「ここまで気づかれなかったって事は、俺の変装もなかなかのモンだ、ってことだな♪」

「ハハ……そうかもね?」

 実際は、この顔の痛みとディステランテを仕留められなかったことで頭が一杯となり、単に気が回ってなかっただけだと思うが、今はそう答えて置くさ。

 否定して冗談でも言い合いにでもなると、貧血で倒れてしまいそうだよ。今ここで座り込めば、もう立てる自信すらない。血を流し過ぎた為か、頭がクラクラして、先程から目の焦点も上手く合わない。

 右目が今、使えないからというのもあるのだろうが……。


「とにかく医者を連れて来る。お前はここで、大人しく待っていろよ!」

「ああ……分かったよ、ファー。待ってる」

 そもそもが動けと言われても動けないのだ。辛く感じるほど、身体がまるで鉛の様に重い。

 ファーがそう言い残し立ち去って行ったあと、アヴァインはその場で膝を崩し、背中を後ろの壁にズルズルと擦り付けながら座り込んでいた。


 もうこのまま……死ぬのかもしれないなぁ。


 そんな思いが自然と浮かび、その事を何の疑問もなくリアルに受け入れられる様になっている自分がなぜか不思議と居た。


 人が死ぬ時というのは、案外、こんなモノなのかもしれないね……?


 アヴァインはそんなことをふと思いながら、さも滑稽な思いで笑い、静かに目を閉じていたのである──。


 

 ◇ ◇ ◇ 


 その翌日の事である。共和制キルバレスの最高評議会が、このパレスハレスにて執り行われていた。


「昨晩の事、この度、新たに属州国として併合されたアナハイトの貴族員であるキルク・ウィック殿が殺害された事件は、皆もすでに御存知の事でありましょう。

アナハイトのキルク・ウィック殿は、この度のフォスター将軍討伐に対し、協力を惜しまない旨を表したばかりでありました。そのキルク・ウィック殿を殺害した、アヴァイン・ルクシードという男は、元々フォスター将軍の副官だった者であります。

つまり……今でも関わりがある、可能性がある。そして現在、メルキメデス家の専属衛兵である、と聞き及んでおりますが……。

オルブライト・メルキメデス貴族員、これについて如何に?」


 先日と同じく、ディステランテ評議員に忠実な評議員が彼の代弁をし、その評議員の男は、オルブライトを陥れるつもりなのか? その様な言い掛かりとも思える言い方をして来たのだ。


 オルブライトは吐息をつき、仕方な気に手を挙げ口を開こうとする。が、


「今の発言に、異議あり!」

 そんなオルブライトよりも素早く手を挙げ、口を開く者が居たのだ。


「私が聞いた話では、アヴァイン・ルクシード殿は昨日。メルキメデス家の専属警護の任を自ら辞職されていた、との事。この件は、昨日この私が耳にした確かな情報です」

 誰かと思えば、それを言ったのはスティアト・ホーリング貴族員であった。


 それを受け、評議会会場はざわめき立つ。

「オルブライト・メルキメデス貴族員……。

先程、スティアト・ホーリング貴族員が申された事は誠なのですか?」

「……ええ。それは本当のことです」

 オルブライトのその返答を聞いて、苦い顔をする者や。逆に、ホッと安心した様子を見せる者が居る。

 今の評議会会場は様々な思いの者が交錯し、居合わせている。今現在の評議会内の体勢は、《ディステランテ派側》か《反ディステランテ派側》かに大きく区分されていると言っても過言ではない。

 反ディステランテ勢力の者達からすれば、

ここでのオルブライトの失脚は大きな打撃となる。

 逆に、ディステランテ勢力の者達からすれば、ここでオルブライトを失脚させ、その領地をも召し上げたいという思惑があった。


 そうした狭間の中で、オルブライトとしては実に慎重な対応が求められていた。そこへ助け船を出してくれたスティアト・ホーリング貴族員に対し、オルブライトは感謝の気持ちを抱き、彼を熱い目線で見つめる。

 スティアト・ホーリングはそれに気づき、小さくも力強く頷いていた。実は昨晩、娘ケイリングから色々な話を聞かされていたのだ。

 フォスター邸での出来事。

 ケイリングが抱いている女の子の事。

 そして……アヴァインが言ったこと全てを。

 その話の中で、確かにアヴァインは、自らメルキメデス家の警護の任を辞めた事を告げていたのだという。しかしそれは、正式な文書化されたモノではない事。そして、第三者的証人が不在である事が問題であるが、幸いこの件は馬車の騎手であるハインツも確かに耳にしていた事だったので、何とかなる筈だ。


 いや、ここは何とかするしかなかった。


 評議会での議論はその後も続き、その間中、ディステランテ評議員はこちらをずっと睨み付けていた。

 それに対し、オルブライトは平静を装い、それを交わす。


 結局の所、この件に対して『メルキメデス家の関与を認められるだけの物証はない』として閉幕した。

 そしてアヴァイン・ルクシードについては、『フォスター将軍との繋がりがある』

として認められる事になり、各地へ手配書が配られることとなる。

 オルブライトの心中としては、アヴァインを何とか擁護してやりたかったが。結果として、それはメルキメデス家を危険にさらすことになるので、一言二言フォスター邸での事などを告げるに留めた。

 が、評議会会場は予想以上にざわめき立ち、それを聞いていた科学者の元老員数名がアヴァインを擁護する発言をした。フォスター邸で出来事が余りにも衝撃的な話であったので、それに同情した科学者会の元老員は、その時のアヴァインの気持ちというものを汲もうとしたのだ。

 しかしそれを受け、怒ったディステランテ評議員は、その科学者会の元老員数名を衛兵に即刻捕らえさせ、『フォスター将軍に関わりあり!』と決め付け、反逆罪という重い刑罰に処した。


 それでこの件については、誰も何も言えなくなる……。


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