第4章 輝かしくも楽しい思い出と……別れ (9)

「やれやれ……このキルバレスも随分と窮屈になったものだよ」

 スティアト・ホーリング貴族員は、貴族用の邸宅の窓の外を眺めながらそう呟き言う。それからオルブライト・メルキメデス貴族員と見合う形でソファーにゆるりと座り、ブランデーを一口だけ含み楽しみ、口を開いた。

「科学者会もカルロス技師長を始め、今回の件で多くの主要な人物を欠いてしまう有り様だ。実に嘆かわしい話だよ。

今や評議会だけが……というよりも、ディステランテ評議員一人だけが独占しているのと変わりないんじゃあないのかぁ?」

「ハハハ。お陰で、皇帝制などを改めて始める必要もなさそうですね」


 相変わらず落ち着いた物言いをするオルブライトを見つめ、スティアト・ホーリングは困り顔を見せ呆れたように言う。

「おいおい、そんなにも落ち着いて笑っている場合かぁ? 益々我々の立場は肩身の狭いモノになった、ってコトなんだぞぉ。

まあ、カルロス技師長が居なくなった時点で科学者会なんぞ飾りみたいなモンで大した影響力もなかったがなぁ……。それでも牽制くらいにはなっていた。今後ディステランテはやりたい放題にやるコトだろうよ」

「ならばいっそ我々もツンツン子狐は卒業し、デレデレ子狐に興じてみますか?」


 そんなオルブライトの冗談めいた言葉を聞き、スティアトの方は「そんなバカな冗談だけは言わないでくれ……」といった具合に顔の前で右手を左右に振り呆れ顔を見せた。


「まぁ確かに、最悪もうどうしようもなければそういう芸の1つも身に付けなければならないのだろうがなぁ……。今はまだ考えたくもない冗談だよ、それは」

 それを受け、オルブライトも「それは確かに」と納得顔を見せ、小さく笑う。


「それはそうと、君の娘は今どうしてる? 少しはあれから落ち着いたのかね?」

「ああ、ケイならば今朝方。アクト=ファリアナへ帰しましたよ」


「帰したぁ? しかも今朝方に? それは何故だね?」

 昨晩のあの錯乱した状態から考えれば、数日は安静にして休ませて置くのが当然だろうと思っていただけに。スティアトとしては意外に思え、ついつい勘ぐってしまう。

「そんなにも急いで帰さなければならない事情でもあったのかぁ?」

 別にこれで、オルブライトを何かの策に嵌めるつもりなどない。単なる興味からの勘ぐりだ。スティアトはそれで再びブランデーを一口だけ含み、まるで何事もなかったようにそれを楽しみながらゆっくりと飲む。

 そんなスティアトの惚けた様子を見て、オルブライトも仕方な気に口を開いた。


「昨晩、ケイが抱いていた娘……。実は、フォスター将軍の子であることが分かったものでね」

「──なっ!」


「どうやらアヴァイン殿から守る様にとあの子が頼まれたらしく、決して離そうとしなかったものですから仕方なく」

「お……おいおい! それは流石に拙いだろう……」

 スティアトはそれを聞いて驚き、呆れ顔を見せたあと頭を抱え、それからソファーに深く座りなおし、深いため息を漏らす。

「ディステランテにこの事がバレたら、さすがの君でもヤバイぞ。その事を分かった上でやったのかぁ?」

「ハハ、まあ……覚悟の上だよ。勿論、最善の注意を払って送り出したから心配はない」

 それを聞いて、スティアトは再び呆れ顔をする。

「君って奴は時折どうしてこうも大胆になれるのかねぇ~? 私にもそういう所を是非とも分けて貰いたいものだよ」

「大胆と言えば、本日の最高評議会での貴方の発言もなかなかのモノでしたよ。お陰で私は大変に助かり、危ういところを救われた訳ですが」


 その言葉を受け、スティアトはふっと笑い、肩を竦ませソファーに座り直す。そんなスティアトを見て、オルブライトもソファーに座り直し、小さく微笑んだ。


 言葉一つ一つには飾り気のない男だが、実に生きるのがこのスティアト・ホーリングという人物である。つくづくこの男を友として良かった、そうオルブライトはこの時心深く感じていた。



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 《第四章【輝かしくも楽しい思い出と……別れ】》これにて完結です。


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