第3章 キルバレスの大地より生まれ出でし……イモたち(13)
「ああ、そういえば最近。このような噂話があるのをご存知ですか?」
「……噂話? それは、どの様な?」
急に、スティアトが気になる言い方をしてきたのだ。
「これだけの大国となったキルバレスを、今までよりも強固にまとめる為にも、皇帝制を……との話です」
「皇帝制……ですか。いや、それは初耳ですね。皇帝制となると、今の議会制はどうなるのですか?」
「そこは、今までのままだというのだが……。ただ、その決定権はこれまでとは違い、皇帝に委ねられるとか」
「ほぅ……」
(それを、あのディステランテ評議員の様な紳士さの欠片もない男が得たら、さぞや大変そうだ)
「まあ、これを言い出したのが、あのディステランテ評議員ご本人なんだがね……。
今は着々と、その布石を敷いている、といった所じゃないのかぁ?」
(……なるほど。それは最悪な取り合わせだ。今にも腹を下しそうだ)
「……ふむ。野心家だとは思っていましたが、まさかそこまでの権威欲がお有りの方だったとは……」
オルブライトはため息をつき、スティアトを見つめ、更に口を開く。
「そうなると、北部で彼の言うことを利かない我々は、益々を以って邪魔……となる訳ですか?」
「まあ……そういった所なんじゃないかと私は予想してるがね。いやまったく、やれやれだよ」
そこで互いに肩を竦め、ソファーに深く座り直し、再びため息をつく。それからしばらくして、オルブライトが口を開いた。
「ああ、そうそう。先ほどの件、ですが……」
「ん? 先ほどの件?」
「ホラ、『素直に従えるのか』という……」
「ああ、あれね。……それで?」
「私自身は、このまま平和に暮らせるのであればそれでも良い、とそう思ってきましたが。今回の件で、その考えをもう一度改める必要が有りそうだと思いました」
「……ああ、そうだね。いや、それは大変賢明なご判断だと、私も思うよ」
スティアトはそう言い、実に落ち着いた様子で再びブランデーを1口飲む。
そんなスティアトの、さも当然とばかりの言葉と態度を見て。オルブライトは、彼スティアトも自分と同じ考えなのだと理解した。
「強く、強引に話し合いも持たず。推し進め様とすれば、する程に。それに対し反発したがる人の性、というものの存在を。どうやらあのお方はご存知ないらしいですからね?」
「ハッハ! それで今回は少々お尻を叩いてやると?」
「ええ。これまで通りの紳士的、真摯ある互いの意思を尊重し合える政治であるのならば、私はそれで良いのだと思って参りましたが。それはどうやら私の思い違いであった様ですからね。ここらで少々、軌道修正を可能な範囲で計りたいと思います」
「ふむ……。それは私も望むところだから良いとして。現実にはどの様にしてやるんだぁ? 当然、正面切って戦う、という訳にはいかないだろう?」
「それは勿論、そうです。それは余りにも無謀な賭けですから。
キルバレス南部は元より、北部では、属国同士が互いに敵対心を持っています。唯一の友好国と思われるスティアト殿とは、残念なことに、カンタロスの大水源の山々を間に挟んでいるので。地理的に、東西に分け隔てられてますから、連携も難しい」
そう、そこなのだ、問題は。
「我々が個々で立ち上がった所で、周りは敵だらけ、って訳かね……?
属州都となった貴方のアルデバルでさえも、今や敵でしょうからなぁ……。
キルバレス本国から1万の兵でも送られたら、一巻の終わり、ってことになる訳だ」
「ええ、ですから。武力で訴えるのはハッキリ言って不味いでしょう。
せめて、評議員の1人でもこちら側の味方に付けさえすれば、事態も変わりますが。評議員が我々、外来の貴族員に着くとも思えませんからね。それこそ余程のことがなければ」
「なんだ。それじゃあ策が何もないってことになるんじゃないのかぁ?」
「いや、ですから。その評議員の中からなんとか我々と思いを同じくする同調者を探し出し、その者を
少なくともあのディステランテ評議員への牽制くらいにはなる、と思うので」
「……なるほど。しかし、今の評議員にその様な骨のある人物が居たかね?」
「ええ……問題は、何よりもそこでしょうね」
そこで互いに吐息をつき。再び、ソファーに深く座り直す。
「つくづく……だなぁ」
「ええ……全くで…」
それから間もなく、なにやら急に外が騒がしくなるのに二人は気づき。互いに顔を見合わせ、窓の外……最高評議会議事堂パレスハレスの方を覗き見る。
多くの衛兵達が右往左往し、騒いでいる様子だった。
「何事でしょうなぁ……?」
「さあ……?」
それから更に間もなく、引き止める執事の大きな声のあと。この部屋の出入り口の扉が、いきなり勢いよく開いた。
そこには……服を血だらけに染めた、ケイリングが立っていて。見知らぬ小さな娘を抱きかかえ、息を「ハァハァ……!」と切らし、涙目にこちらを見つめていた。
「ケ、ケイ。これは……一体、なにがあったのだ?!」
その場から数歩ほど歩いた所で膝を崩し、身を落とす娘ケイリングの傍までオルブライトは急いで行き。その両肩を掴み、軽く揺さぶりながら聞いたのだ。
するとケイリングは、ガタガタと震えながら血の気の失せた顔をゆるりと上げ、泣きながら叫ぶようにしてこう言った。
「お願い! お父さん。アヴァインを助けてッ!
お願いだから、アヴァインを……アヴァインを、助けてやって──!!」
これは……只事ではないな。
オルブライト・メルキメデスはこの時、慎重にケイリングから事情を聞くことに決めた。
《第三章【キルバレスの大地より育まれ出でし……イモたち】》これにて完結です。
感想、評価などお待ちしております。今後の作品制作に生かしてゆきたいと思います。ありがとうございました。
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