第3章 キルバレスの大地より生まれ出でし……イモたち(11)
その翌日の午前中から、パレスハレス内の最高評議会会場では、白熱した議論が交わされていた。
「この資料と報告書を読む限り、フォスター将軍の背信行為は明白であります。
よって、本日を以ちまして、フォスター将軍討伐の軍令を早急に発するべきであると私は考えますが。他の評議会議員の皆様は、如何に?」
前回同様、《精霊水》に関する資料とフォスター将軍に関する報告書が、その場に居た全評議会議員の手元に置かれてあった。評議員はその中身を確かめては、近くの同議員や親しい貴族員などとヒソヒソ囁き合っている。
そんな中、ディステランテ・スワート評議会議員に忠実な評議員の一人が代弁し、その様に言ったのだ。
それは傍目から見て実に白々しく、それに反抗心を掻き立てられる者も中には居た。
「しかし……前回でも同じ意見が出ましたが。フォスター将軍は、その様なお方なのでしょうか?
せめて、あと1ヶ月……いや、2ヶ月もあれば。より正確な現地の情報が届く訳ですから……」
「そうさな……そんなにも急がせることなど……」
「しかし、この報告書通りなら。そんなにも長い期間、このまま放置して置くのも危険ではないのか?」
会場はざわめき、前回同様の様子を見せ始めていた。
その様子を見て、ディステランテ・スワート評議会議員は苛立ちげに歯ぎしりをしている。
対し、オルブライト・メルキメデスはため息をつき。目の前で両手を組み、周りの様子を黙ったまま伺う。
「今回は、その《精霊水》のサンプルがあると聞きましたが……?」
それを受け、ディステランテ評議員は目配せをし、その《精霊水》が入った小瓶を中央の壇上に置いた。
それは実に、不思議な青白い輝きを放ち続けている。まさにこの世のモノとは思えない時として金色にも輝く水の色であった。それを見て、評議員達の目の色は一変する。
「おお! これは、凄い……」
「本当に……この様な水が。現地では、当たり前のように流れているというのか……?」
「この資料によれば、ただこの水を飲み続けるだけで。噂に聞く魔法さえも、使えるようになるとか」
「そればかりではなく、この水を使った《新兵器》も既に現地にはあるのだろう?」
「なるほど……これはフォスター将軍でなくとも、ついつい欲を出してしまいそうな程の魅力的魔力を秘めておりますなぁ……」
《精霊水》の神秘的な輝きは、フォスター将軍の人格がどうこうという、それまでの議論自体をささやか問題程度に思わせ感じさせるほどに曇らせ、その価値意識を落としてしまっていた。
それほどまでに、それを初めて目の当たりにした者達からすれば、精霊水は実に魅力的な黄金にも勝るとも劣らないモノとしてその瞳の中で輝き映っていたのだ。
「確かにこれは、早急に手を打った方が良いのかもしれんなぁ……」
「取り敢えずは軍令を発し、先発させ。追って、早馬で指示を出す。というのは、如何ですか?」
「おお、なるほど! それならばそれほどの問題も生じなさそうだ」
ディステランテ評議員はその意見を耳にし、そこでニヤリと笑む。
そんなディステランテ評議員を遠目に見て、オルブライト・メルキメデス貴族員はため息をついたあと。軽く手を挙げ、仕方な気に口を開くことに決める。
「しかし仮にもし、それが間違いであった場合には。フォスター将軍は果たしてその事に対し、どう思われることでしょうか?」
普段、滅多な事では口を開かないオルブライト・メルキメデス貴族員の言葉に、多くの評議会議員や貴族員が途端に彼を注視する。
これまで、その影響力が故に極力発言を最大限控えめにしていたオルブライト貴族員がここで発した、ということに対し、皆、興味を抱いたのだ。
ディステランテ・スワート評議会議員は、その議会会場内の予想外な変化を見て小さく舌打ちをし。その発言者であるメルキメデス貴族員を厳しい表情で高圧的に睨みつける。
しかしオルブライト・メルキメデス貴族員はそれをまるで無視し、口を閉ざすこと無く構わずに続けた。
「本来、謀反人ではない彼を謀反人に仕立て上げたとなれば。その気のなかった彼を、結果的にその気にさせる可能性も生まれるのではありませんか?」
「それは……確かに。ふむ……」
再びそれで、最高評議会会場内はざわめき始め、意見が分かれた。
「もし、そうなら。困るな」
「では、今回も延期に……?」
「いや、しかし……」
そんな中、一人の貴族員が静かに手を挙げる。
「皆様、今一度、手元の資料に目を通しては頂けませんか?」
それまで評議会内では見たこともなかった、小柄で神経質そうな男が口を開いていたのだ。
思わぬことに会場内は急に静まり返る。
「フォスター将軍、6万。カスタトール将軍、3万……。
対し、ワイゼル将軍、5万。アナハイト駐留軍と先遣軍を合わせて、8万。
これへ再び、今回の軍令で大軍勢を送りさえすれば。例えそうなったとしても、先ず、数の上でこちらが負けるなどという事は考え難く。また仮に、フォスター将軍が本当に謀反を起こしていた際の保険にも成り得るのではないか? と思われるのですが……如何ですか?」
「……なるほど」
評議会議員の多くが、その男の意見に賛同をし始めた。
ディステランテ評議員も、それには満足げに頷いている。
そして、先ほど発言した男の方もそんなディステランテ評議員の反応を見て、口元で薄く笑みを零した。
間違いなく、この二人は裏で繋がっている。
オルブライト・メルキメデスは、それに対し渋い顔をしたが。目を閉じる他なかった。
彼の手元にある情報など、彼らディステランテ評議員側からすれば、取るに足らない程度のものであるだろうからだ。
「あの、今の男は?」
オルブライトは、近くの評議員に聞いたのだ。
「ああ、今度新しく属州国として併合された、アナハイトの貴族員で。キルク・ウィック殿ですよ」
「……なるほど。そうでしたか、ありがとうございます」
「いやいや」
つまり……アナハイトは、ディステランテ評議員の側についた、という事か?
あの者の背後には今後、《沿海属州国アナハイト》の影有り……か。
オルブライトはそのことを感じ取り、これは手強い相手だ、という印象を抱く。
と、なれば……尚更に、このまま評決されては拙いな。兎に角ここで引く訳にはいかないだろう。
オルブライトは刹那、そう判断した。
「しかし、悪戯に内紛の火種にも成り得る事態を生み出すというのは、如何なものでしょうか?」
「内紛……?」
ディステランテ評議員だ。
ようやく、本丸のご登場といった所か?
「今は、国難の時ですぞ! オルブライト貴族員。
そもそもその内紛とやらを漂わせ、この最高評議会内をこのように騒がせているのは、フォスター将軍の方でしょう。
違いますかな?」
「……」
相変わらず、相手の揚げ足を取るのにかけては、巧みな御仁だ。
「そういえば……あなた様の元には、元・フォスター将軍の副官だった男が居ましたね?」
「──!?」
そう来たか。これは……拙いな。
「内紛、といえば……メルキメデス家こそ、果たして本当に信用してもよろしいのですかな。
まさか、『実はフォスター将軍と裏で繋がっている』なんて事はないのでしょうなぁ?」
「……」
……この男。実に大した、策士だ。
もっとも、その言葉、そのままそっくりディステランテ評議員殿へお返ししたい所ですが。それを言ったところで、この場に私の味方となってくれる者が何名居ることやら……。
最高評議会会場内は、その話題で今度はざわめき始めている。
その様子をディステランテ評議員は遠目に見つめ回しながら言う。
「他にも実は、居るのではありますまいな?!
まぁ見なさい……あの《精霊水》の実に魅力的な輝きを……。
確かに、あの水の輝きを見れば、そうした野心が生まれるのも致し方なき事。理解だけは致しましょう。
しかし、その野心は……きっとその身を滅ぼすことでしょうなぁ。オルブライト貴族員殿。
あなた様もそうは思いませんかな?」
「……」
何も言い返して来ないオルブライトを見て、ディステランテ評議員は満足気に笑み。再び口を開く。
「どうやら今回の案件ではもう一つ、挙げねばならない重要事項がありそうですなぁ……。
フォスター将軍と繋がりのある者の徹底調査。これを是非、書き加え願いたい!
それから……一度、ルナ殿にもここへ来て頂きましょうか。その方が手っ取り早いでしょう」
「……」
ここは最早、評議会会場などと呼べる場所ではない。彼、ディステランテ・スワート評議員の独壇場だ……。
オルブライト・メルキメデスは諦め顔に、そこで身を引くことに決めた。
この件でこれ以上、悪戯に言及した所で、身を危うくしてしまうばかりだろう。そう判断した為だ。正直、場が悪過ぎる。
オルブライトとしては何よりも先ず、メルキメデス家を守らねばならない責任と立場というものがある。彼、個人の意思のみで考え決め。更には、軽はずみな行動を起こすことなど、許される立場ではなかった。
アヴァイン殿……すまないな。全ては、この私の力不足による結果だ。許してくれ……。
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