第3章 キルバレスの大地より生まれ出でし……イモたち(8)

「ん? なんだ……」


 首都キルバレスに近づくにつれ、正規軍とは思えない、不揃いな装備を身につけた兵員らしき者達が街道沿いにたむろしていた。


 キャンプテントを張っている者、夕食を用意している者、酒を酌み交わす者、そうした者達がチラホラと目についてきたのだ。


 その人数は恐らく、5千を軽く超えている。



 アヴァインはそうした者達からの視線を感じながらも、真っ直ぐに首都キルバレス市内を目指し進んだ。下手に絡まれ口論となり命を落とす者も居る、とよく聞く。


 ああいう手合いには関わらないのが一番なのだ。


 どうにか市内へと絡まれることもなく無事に辿り着いたが、このキルバレス内においても多数の目つきの厳しい、見るからに荒そうな男たちが街中を俳諧はいかいしていることに気づく。


「これは……どういうことだ??」


 今朝、出掛けるまではなかった異様なキルバレス市内の雰囲気を強く感じ。アヴァインは、この状況を知ろうと最高評議会議事堂であるパレスハレスへと足を向け、ベンゼル衛兵長官を尋ねることにした、が。



「お! お前っ、アヴァインじゃないか。久しぶりだなぁー!! 元気にしてたかぁ?」

「え?! あ、えと……まさか。ガストンかぁ?」


 パレスハレス建屋内へと入り、中央階段を上がっていると。その途中で、思わぬ男と出くわしたのだ。


 あのカンタロスの大水源で出会った、そこの責任者であるガストン・オルレオールだ。

 相変わらず、大きな体躯で、同じ衛兵の姿でもアヴァインとは随分と印象が違って見える。


「どうしてまた、こんな所に居るんです?」

「おい、おい。どうして、って事はないだろう!

実はな、つい先月。ここの衛兵隊長の一人として配属されたんだ。お前が抜けたからな。その代わりに、ってことでだよ」


「へぇー……」

 つまり、私が帰る場所は今更もう無い、ってコトか? この彼のせいで……。


 もちろん、ガストンのせいでないことは分かっているが。思わず、そんな気持ちが出てしまう。

 別に、ケイリングの警護が嫌だという訳でもないのだが。


「それよりも、もう直ぐ俺の仕事は終わる。

だからなっ、ちょいとコレでも一緒に飲みに行かないかぁ?」


 ガストンは片目を瞑り、右手をクイックイッと口元へ数度ほどやり、飲む仕草をアヴァインに見せていた。


 酒を飲もう、ってことなのだろう。


「いや、私はこれから衛兵長官に……」

「衛兵長官? ベンゼル衛兵長官のことか?

それならば今は不在だぞ。俺もついさっき、業務報告で行ってみたばかりだが、居なかったんだよ。

仕方ないから業務報告書だけ置いて、出て来たトコだ。

なんだ? 急用なのか?」


「いや……そういう訳じゃないよ。

ただ、どうもこのキルバレス周辺の様子が変だからね。何があったのか、聞いてみようかと思っただけだよ」

「この周辺って……ああ、あのゴロつき共の事か? 

ハッハ! だったら問題ねぇな。その件なら、この俺にでも説明くらいは出来るぜ。

よしっ! つー訳で、決まりだな。これから飲みに行くぞ──!」


「決まりだな、って───うわあああーッ!? ちょっと!」


 アヴァインは、ガストン・オルレオールから首根っこを腕で絡められ、そのままパレスハレスを後にした。


 それにしても、なんて強引な人なのだろう……。



 パレスハレスから2キロ程離れた場所に、兵士らがよく行く馴染みの酒場があった。

 アヴァインとガストンの二人はそこへ来たのだ。


 ガストンはテーブルに着くなり店員を呼び、早速とビールを景気よく頼み始めた。


「取り敢えず、4杯だ! じゃん、じゃん。持って来てくれやっ! わはは♪」

「いや! 自分は、そんなには飲めないよ……」


 アヴァインは、酒がどうも苦手だった。

 ワインなども、たしなむ程度なのだ。


「そんなつまんないコト言うよな、なっ♪」

「はぁ……まあ、自分のペースで兎に角飲むよ」


「ああ! そりゃあ、もちろんだ♪ はなから無理強いするつもりはないさ!」


 人によっては、無理強いする者も居るけど。ガストンは、そういう事はしないタイプの人らしい。安心した。


「それよりも、ガストン。さっきの話なんだけど……」

「ん? ああ、あのゴロつき共の事か。アレはな、今回のフォスター将軍追討の為に集められた傭兵共だよ。

各、属国や属州国も、正規の軍を出すのを今回ばかりは惜しみやがってな。結果、あんなゴロつきみたいな奴等ばかりが集まって来たって訳だ。

お陰さんで今は、治安が悪化しやしねぇ~かとヒヤヒヤしながらここでビールなんて飲んでる始末さ♪」


「ヒヤヒヤって……やの美味しいビール、の間違いじゃないのかぁ?」


 そんな下手な冗談をアヴァインが言うと、ガストンはニンマリ顔で受け、ガハハハハ♪と笑い出した。


「おっ♪ オメェー! なかなか、上手いことを言うなっ!! ガッハッハッハ♪」


 そりゃあだって、どう考え見てもガストンがそんな心配なんかしている風には見えないモンなぁ~。


「それにしても……最高評議会は明日、開かれ。フォスター将軍についても、そこで決まるのだと聞いていたのに。もうから随分と手回しのいいことだな。

まるで初めっから、フォスター将軍の討伐有り気みたいじゃないか」


 アヴァインのその言葉を聞いて、ガストンの表情が急に険しいものへと変わる。



「……ふん。みたい、なんてモンじゃないのさ。

まさに、その『有り気』なんだよ。コレはもう、な……」

「え? それはどういうことだよ??」


「余りここだと大きな声では言えないが……。

当地のパーラースワートロームで対峙しているのが。評議会議員であるディステランテ・スワートの甥である、ワイゼル・スワート将軍だ。知っていたか?」

「ああ、それなら聞いてる」


「そうか。だったら、話は早いな。

今回の討伐遠征も、言ってしまえばそういうことだ。

そのワイゼル・スワート将軍の為に行われているようなものなんだよ」

「え? そうなのか!?」


「いや。コレは単なる噂と推測、って奴さ……。

しかしな、実際の当地の情報はあと一ヶ月か二ヶ月後にしか実態が分からないことになっている。本来ならば、当地の情報をちゃんと把握し得た上で軍を動かすのが常識だし、筋道の筈だ。

所がな、評議会……いや、ディステランテ評議会議員はその情報が来る前に、性急に事を進めている。

余程、その情報がディステランテには不都合な内容のモノなんじゃねぇ~のかぁ? ってのが、俺達の間じゃ、そりゃあ~もう大勢の見解なんだよ」


 ガストンは酒をグイグイと飲み飲み、淡々とそう言っている。

 その表情は、不満気にも見えた。


「だったら、評議会議員の一人ひとりに、その点をどうにか正して貰うべきなんじゃないのかぁ?」

「それはそうだがよ。ディステランテ候の影に、みんな怯えちまって、まるで駄目らしく。下手を言った途端、地方へ飛ばされた者まで居る、って噂があるほどでな。

それで皆、ビビっちまってんだよ。もぅどうしようもねぇ~のさ」


「どうしようもない、って……本当に、それで良いとガストン。お前は思っているのか?」


 アヴァインがそう聞いた途端、ガストンの表情がまた更に険しいものへと変わる。


「良い、なんて誰も言ってやしないし。誰も、思ってやしねぇーよ!

けどな……この国が大国と呼ばれる様になって、20年か30年となった今じゃあーな。しかもついに、あの大国アナハイトまで手中に治め、今やこのキルバレスに楯突こうなんて国がどこにも居やしなくなった現在では、だ。

『保守的権益思想の強い者が、よりよく勝ち上がってゆくんだ』、とよ。

それなモンだからな、国政の奴等の多くは、国外から国内の権益ばかりに目が行く様になっちまってるし。保守的思想の強い、それこそ権益のみに興味がある、そうした協調者共だけが馴れ合い順当にのし上がって上に立っている様だ。

奴らからすれば、それが共存共栄なのだろうがな。視点を変えれば、単に国民を喰い物にしているだけの、白蟻だよ。そうやって今のキルバレスって国が、最近は固まり始めている様に……この俺の目には、どうしても映るんだ。

その内にこの国は、大黒柱がスカスカのボロボロになるのやもしれん。

このパレスハレスに配属となって、その思いは少し前から有りはしたがな。今じゃ、確信にも変わって来てる始末さ。

なぁ~アヴァイン。俺はな、ちーっとばかし呆れてんだよ。

一体、何が、誰が、この国をこんなにも腐らせちまったんだぁ?」


 これはイケナイな……それを言いたくなる気持ちも分かるが、こんな所で声を大にして言うべきことじゃない。ちょっと飲み過ぎだ。


 アヴァインはそう判断した。


 実際、その目の前のテーブルの上には、もう12杯目のビールが置かれている有り様だった。


 しかも、目付きの悪い奴らがテーブルの向こう側で、もうからこちらを睨んでいる。


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