第3章 キルバレスの大地より生まれ出でし……イモたち(9)
「ガストン。場所を変えよう……ここは、ちょっと拙い」
「ン? なんでだよ……」
既に、殺気立った数名が、アヴァインとガストンのテーブルの近くに座り、こちらの様子を伺っていた。
「とにかく、ここを出よう! 残りは、あとでちゃんと聞くから」
「……そうか? なら、そうしようか。ヒック。それにしてもよぅ……あのディステランテってのはよぅ~……」
そうして立ち上がった所へ、ガストンの肩をイキナリ掴む男が居た。
「ほぅ……ディステランテ候が、如何したのかな……?」
「あ、なんでもありませんよ! コイツ、ちょっと飲み過ぎちゃったみたいで!!」
「ぶわぁあ~か♪ こンくらいで、飲み過ぎた内に入るかよ。
でぇ~? アンタ、誰だあ? ディステランテのボンクラの、飼い犬かなんかかよ?」
───ガンンッツ!!
ガストンがそう言った途端、男は、ガストンをいきなり殴りつけていた。
それでガストンは、一気に酔いが覚めたのか? さっきまでとは違い、ハッキリとした視線で、その男を睨みながら立ち上がった。
「この俺に手を出すとは、良い度胸の奴も居たモンだ……なぁあ──ッ!!」
ガストンはその男に飛び掛り、男はそれを鮮やかに交わした。しかし直ぐに、ガストンは振り返ると、相手に飛び掛かり。しかしそれを素早く避ける相手のマントを掴んで、強引に引き寄せ、足をその場で払い倒し。更に、上から体重を乗せ蹴り付け様とした。が、相手はそのガストンの足を捕らえて掴み、そのガストンを今度は逆に倒し転がしていた。
それから互いにその場で床に倒れたまま、殴り合いの掴み合いとなり。結果として、力だけは物凄いガストンが相手をのしていた。
しかし、そんなガストンを他3名の重装備で身を包んだ黒ずくめの男たちが剣をサッと抜いて取り囲み、そのガストンの首根っこに突き立てた。
流石のガストンも、それで動けなくなる。下手に動けば、いつ首が飛んでも不思議ではない状況と気迫の様なものが、その3名からは感じられたからだ。
アヴァインもそれを感じて、下手に動けなかった。
「フン! 拳で勝てない、となったら。お次は、コレかい? 恥ずかしい奴らだぜ!」
それでもガストンは、負けじとそう言う。
度胸があるのはいいが、この状況では無謀過ぎるぞ。ガストン! 相手がここで開き直ったら、それで一巻のお終いだ。
「……。おい、お前たち。その剣を引っ込めよ!!」
誰か? と思えば、今もガストンに抑え込まれている男だった。
その者の命令を受け、3人の男たちは仕方な気に剣を下げていた。どうやらガストンと腕試しをした者が、この中では一番に力ある人物であるらしい。
少なくとも、最低限の恥というものを知る相手で助かった。騎士道精神の欠片もない相手なら、今ので終わっていた可能性があるからだ。
その者は起き上がると、埃を軽く振り落とし、こちらを見つめ口を開いた。
「私の名は、ルシリエール・スワート。我が叔父の名を、汚されたのでな。つい、カッとなったのだ。先程の無礼、どうか許して貰いたい」
そう言い、その者は……兜を脱いだ。
驚いたことに、その者は女性であった。それもブロンドの髪と美しき蒼い瞳を持った女性だったのだ。
それには、流石のガストンも驚いていた。
もちろん、アヴァインも一緒にだ。
◇ ◇ ◇
「あっはっはっは! それにしても、お前っ強いな。気に入ったぞ!
名は、何という? わたしは名乗ったんだ。そちらも名乗るのが、礼儀というものだろう?」
どう見ても自分たちよりも若干年下に見えるのに、随分と上から目線な物言いだ。まだ16か17歳といったところだろう。礼儀がどうこうというのなら、先ずは自ら律するのが順序だろうに、と思うのだが……。
アヴァインとガストンは、互いに顔を見合わせ、困り顔を向ける。それから仕方なげに口を開いた。
「ガストン……ガストン・オルレオールだ」
「へぇー、ガストンさんか! とても良い名だ。
で、アンタは?」
まるで、モノのついでのように言われた。
「アヴァイン……アヴァイン・ルクシード」
「アヴァイン?」
途端、ルシリエールの顔色が変わり、曇り始める。
「……そうか。アンタが、あのアヴァイン……。元・フォスター将軍の副官だった、っていう」
「……」
なるほどね、そういうことか。
今のこの時期だ。フォスター将軍と関わりがある、ただそれだけで余り良い顔をされない。
もっとも、その『この時期』というものを演出し描き出したのは、他でもないこの人の叔父にあたる人物なのだが。
「悪いが、アンタとは仲良く出来そうにないね。
でも、ガストン……アンタとなら、仲良くなれそうね? そうだろう?
ほら、どうする? このわたしとこれから二人きりで、一緒に飲み直さない?
それともこの人と男同士で、辛気臭い不味い酒でも飲み続けるつもり?」
「……」
なんとも明らさまな誘いでガストンにピタリと近づき、ルシリエール・スワートはそんな事を言っていた。
ガストンはアヴァインの方を向いて『こりゃ、どうすりゃあ~いいんだぁ?』って顔を向けてきた。
アヴァインは、肩を竦め。『好きな様にしてくれよ』って風に目配せをする。
それを受け、ガストンも肩を竦ませ、ため息をつき、ルシリエールを改めて見つめ口を開いた。
「えーと、る、ルシリエールさん?」
「ルシルでいいよ」
「そ、そうかい? じゃあ、ルシル。
この俺には、ちょっと勿体無いくらいに魅力的な誘いなんだが……。今晩はコイツと、とことん飲むって決めてたんだ。
悪いけどよ。それはまた、今度ってコトにしてくれや。なっ?」
「…………そう、分かったわ。案外つまらない男ね。
その今度がいつやって来るのかわからないけど。その時にもこの私の気が変わってないことを神にでも祈っておくことね?」
そう言い残し、ルシリエール・スワートはくっくっと小さく笑み浮かべながら3人の男たちを連れ、この酒場を出て行った。
それまであった緊張感漂う場の空気が一変し、アヴァインはほぅとため息をつく。
隣をみると、ガストンも同じ様子だった。
「マムシの子は、マムシ……ってかあ~?
あんなのに掴まって噛み付かれでもしたら、ちょっと大変そうだなぁー」
ガストンのその言葉を聞いて、思わず吹き出し笑ってしまった。
「悪いがな、アヴァイン。今日はもう、飲む気分じゃなくなった。俺はもうこれで、帰ることにするよ。また今度、飲み直しといこうや!」
「ああ、私もそうしたいと思っていたところだ。そろそろ、門限だしな」
「門限? なんだい、そりゃあ??」
「うちの上司は厳しいお人でさ。あんまり帰りが遅いと、たちまち機嫌が悪くなるんだよ、いつも」
「ふぅん……なんだか分からないが、お前も大変みたいだな?」
「ハハハ♪ それほどでもないさ。結構、楽しみながらやってるよ」
それでガストンとは別れた。
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