第1章 カンタロスの女神(22)

 丁度、その頃……アヴァインは、カルロス技師長の戻りが余りにも遅いので、苛々し始めていた。


「もうそろそろ、約束の一時間だよなぁ?」

「はい。もう、そのくらいは経ったかと思われますが」


「──よし! 松明を急いで点けてくれ。用意出来次第、直ぐに向かう!」


 松明を持ち、自分は兵を引き連れて洞窟内へと深く進んでいった。


「……ここは、どうやら。カンタロスの水門へと続く間道みたいだな?」

「ええ、どうやらその様です」


 その事を歩き進みながら途中で気がつき、更に進むと。激しい水音が聞こえ始め、急に明るい場所が二十メートルほど先に見えてきた。


 おそらくはそこに、カルロス技師長が居るのだろう。


「カルロス技師長!! どこですかあー!」


 声を張り上げるが、返事が返ってこなかった。しかし間もなく、近くから何かを叩く音が聞こえてくる。耳を澄まし、音がする方を見ると。腰くらいの高さしかない一メートル四方程の四角い穴があった。中を覗き込むと、その奥でカルロス技師長が丁度、思いっきりつるはしで何かを叩き壊す瞬間が見えた。


「うわッ!!」


 両耳を塞いで、その音をかわす。それから直ぐに、中を覗き込みながら慎重に潜り抜けた。


「カルロス技師長。そんな所で、何をなさっているんです?! ……なんですか、それ?」


「……ん? ああ、これかい。これはな、ただのスクラップじゃよ。ふぁっはっはっはっは♪」

「スクラップねぇ……」


 どう考えても、ついさっきカルロス技師長が壊したばかりと思われるモノなのだが。そこは他の兵士も居る手前、敢えて追求しないでおく。


 カルロス技師長の立場を、無闇に悪くしてはならないからなぁ。


 その壊れた何かの上に石版があり、それに文字が刻まれてあることに気がつく。


「……なんですかぁ、あれ?」

「ふむ……」


 カルロス技師長はそれをつるはしで壁から引き剥がすと、それをいきなり自分へ渡して来たから参る。


「大事に持っておれ」

「いや、ちょっと!! うっわ、重ッ!!」


 自分の抗議の反応も無視する様子で、カルロス技師長ときたら「ふぁっふぁっふぁっ♪」といつもの調子で笑いながら、さっさと独り一メートル四方の入り口へと向かい、もうから抜け出し。更にそのままこの洞窟の出入り口へと歩いていった。


 思わず呆然とそれを見送ってしまったけど……『渡された』ってことは、つまりアレだよなぁ?『これは捨てるなよ』って意味になるんだよな?


 だけど、コレ。結構というか、かなり重いぞ!! 



 そう思いながらも捨てる訳にはいかず、ヒーヒー!とうめきつつもなんとか運び出し、ようやく太陽の明かりが当たる外へと出られた。


 そこでようやく一息つき、そこに書かれてある一文を何となく確かめ見る。




〝愛するが故に……我は思い、今、その決意を形にする〟


《──ああ。全ては、過信が生み出した

        結末だった、のさ……──》




 これは一体、なんの事やら……? さっぱりだ。全然、わかんねぇー!


「あのぅ……これは一体、なんなのです? 意味不明なんですけど」

「……ふむ。さてのぅ……」


 さてのぅ、って……相変わらず白々しいお人だなぁ~……。


 中身的なことは分からないけど、この石版がカルロス技師長にとっては意味のある大事なものだ、っていうのは解る。この理解不能な一文も、そう考えると意味のないものではない筈だ。


 そうこう考え耽っていると、技師長が急にこんな一言をいってきた。


「お前さんには、コレから何かしら、感じられるものはないんかい?」

「何かしら、感じられるもの……ですかぁ?」


 急にそんなことを聞かれても困ってしまうけど。この下段の一部からは少しだけ、思うものがありはする。部分的にだけど『過信』ってところが。


「この部分……なんだか今のキルバレスのことをうたっている気がしちゃいますよね? ハハ♪

あ──すみません。よくわかんなくって!」

「……ほぅ」


 意外にも、そこでカルロス技師長は自分を満足気に見つめていた。そして──、



「アヴァイン。お主はまだまだ、大きな男となれる筈じゃ……。

よいか、アヴァイン。今に満足せず、常に前を見よ! お前はもっと、大きな男となれ!」

「……え?」


 それはカルロス技師長からすれば、ただの気まぐれの一言だったのかもしれない。いや、きっとそうなのだろう……。だけどこの時、それまでゆっくりだった自分の中にある何かしらの針が、この瞬間から少しずつ……そしてやがて激しく、確かに動き出してゆくのを肌に感じていた。



 更に、そのカルロスのこの一言と石版がのちに、彼アヴァインに大きな決断をさせる切欠になるのだが……この時点では、この場に居合わせた誰一人として、想像すら出来ないことであった──。




  ──第一章、カンタロスの女神──

  感想、評価などお待ちしております。

  今後の制作に生かしたいと思います。

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