第7話 休日の決闘(前編)


「はれ? 私……」

「ああ、気が付いたのね装果」


 目を覚ました装果に笑顔で話しかける私。ここは装果の部屋だ。


「あれ、私どうしてベッドで寝て……お嬢様も、どうして私の部屋に?」

「え、えーっと、ほら、装果が外で倒れたから、ここまで運んできたのよ」

 私はにこやかに、義妹を気遣う姉の態度で話す。


「え、倒れたって、私が? どうして……」

「あー、きっと過労ね。装果、あなた少し働きすぎなのよ。今日はお休みにしてもらいなさい。宗谷さんには私から言っておくから」

「あれ? え、私……え? 過労で倒れたんですか?」


 目をぱちくりして、信じられないという顔をする装果。


「倒れる前の装果、ちょっと様子がおかしかったもの。びっくりしちゃったわ」

 私がそう言うと、装果はどこかすまなさそうな、申し訳なさそうな表情を浮かべる。小学生でこんな気遣いに溢れた顔が出来るのもこの子くらいだ。


「す、すみません。ご心配をおかけしました」

「いいのよ。今日はゆっくり休んで。私の事は私でやるから」

「す、すみません。あの、何かあったら呼んでください。その時は」

「あーダメダメ、今日はしっかり休むこと。これは絶対よ。お姉ちゃんの言う事聞いてもらうわ」

 私がはにかむようにして笑いかけると、装果もちょっとだけ恥ずかしそうにしながら、シーツを引っ張って口元を隠すようにして笑う。ああ、こんな可愛い仕草されたら抱きしめちゃうぞ。


「すいません。じゃあ、その……ちょっと休ませてもらいます」

「うん、そうしなさい。あ、ご飯が出来る頃にまた見に来るから」

「お、お手数おかけしますお嬢様」

 お姉ちゃんに向かって堅苦しい口調を使うのも、いつもの装果だ。


 私はその様子を見て安心して、静かに装果の部屋を出た。


「ど、どうでしたか? 装果は?」

「大丈夫、もう元気そうだし。それにあの子さっきの事全く覚えてないわ」

 私は部屋の外で待っていた宗谷さんに親指を立てながらそう報告する。宗谷さんはそれを聞いてほっとしたようだった。


「装果さんが酔っぱらった時の事を覚えていないタイプで助かりましたね。魔力酔い、と言っても普通にお酒で酔うのと同じですから」

 ダキニの言葉に、私もうんうんと頷く。


「ほんと、びっくりしたわよねあの装果は」


 顔を真っ赤に染め、宗谷さんにメロメロ状態だった装果。うん、普段のあの子と比べると凄いギャップだった。


「それにしても、宗谷さんも隅におけないなあー。装果ったら宗谷さんに首ったけだったじゃない」

「お、お嬢様。装果は酔っぱらっていただけですよ」

「いやいやー、あれは宗谷さんのこと本気で好きよー。うっとりした顔できゃっきゃ言いながら抱き付いてたものねー、このこのっ色男なんだから!」

 私が悪乗りで宗谷さんを肘でつつくと、宗谷さんは困ったような、ちょっと照れたような複雑な顔をする。私と同じ三白眼が細められる様子を見るに、どうやら宗谷さんもまんざらではなさそうだ。


「あー、そうかー、装果は宗谷さんのことが好きだったのねー。何だかあの可愛い装果が恋なんてする歳になっちゃったのかと思うと、お姉ちゃんとしてはちょっと複雑な気分だけれど。でも応援してるからっ! ねっ、宗谷さん!」

「お、お嬢様、困りますよ」

「なーに言ってるのっ! 装果みたいな可愛い子、そうそういないわよ! 手、出しちゃってもいいからさっ!」

「マスター、装果さんってまだ小学生ですよね?」


 ダキニの冷静なツッコミ。うんまあ、手を出したら宗谷さん捕まっちゃうか。


「それにしても、あの装果が食べた梨というのは、どういうものだったんですか?」

「えーっと、私がダキニを中継して魔力を注いだもの、だったかしら?」


 宗谷さんの疑問を受けて私がダキニを見ると、ダキニは説明を始める。


「正確にはマスターの魔力を、私が形に出来るものに変換して梨に渡したものです。果肉もある程度出来ていましたから、果肉が魔力を受け取って膨れ上がったもの、というのが正しいですね」


 魔力を渡して物体を膨れ上がらせる。勿論、そんな魔法の使い方は聞いたことがない。


「マスターには水風船と説明しましたが、どちらかと言えばあれは水や空気を温めて膨張させるように、果肉を魔力で膨張させたものになるのですかね」

「はあ、魔法というのは本当にすごいですね。それで魔力を持った梨がお酒のように装果を酔っぱらわせたと、そういう事ですか?」

「その通りです」

「ねえ、ちょっと待って。何で魔力で酔っぱらうの?」


 ダキニの説明を最初聞いた時も思ったが、装果が酔っぱらった原因は私の魔力だという。魔力で酔っぱらう、なんていう話は今まで聞いたことが無い。


 尤も魔力を食べ物に込めることが出来るというのも、今日初めて知ったのだが。


「マスターも仰っていたように、魔力は普通、他人が使ったりすることは出来ません。マスターの魔力を持って生まれた私ですら、中継するのがやっとですから」

「うん、波長が合わないのよね」

 そもそも魔力というのは、魔法を使うために必要な燃料のようなものだ。その燃料を使って魔法を使うのが私達魔法使い。


 そして魔法使いは皆、一人一人が違った人間だ。車の燃料を電車に使えないように、飛行機の燃料を船で使えないように、私達の中で生まれた魔力は私達自身でしか使うことが出来ないのだ。


「波長が合わないから使うことが出来ない。ですから波長の合わない魔力を無理やり吸収してしまうと、体の感覚が麻痺して酔っぱらうのです」

「アルコールと同じですね」

 宗谷さんが付け加える。成程、原理はお酒と同じなんだ。


「じゃあ、えっと、後遺症とか……無いのよね?」

「魔力自体は波長が合わない訳ですから、すぐに体から抜けてしまいます。酔いもそれと一緒に醒めるはずですから、後遺症があるとすれば、お酒と同じ感覚で考えていけばいいのかと」

 ううむ、あまりちびっこにはお勧めできないわけね。


「ならとりあえずは安心ですね。装果も酔いから醒めたみたいですし」

「そうね。次からは気を付けるわ」

 流石に毒見役を装果に任せたのは良くなかった。大事に至らなかったとはいえ、ちょっと反省。


「それでお嬢様、その梨をどうするおつもりなのですか?」

「え? どうするって?」

「これから量産していくのでしょうか? それとも、実験に使っただけで流石に出荷する予定ではありませんか?」

「しゅ、出荷?」


 宗谷さんの言葉に、私は初めて現実に目を向けた。


 そうか、果物が実ったら出荷するんだ。よく考えれば当たり前か。


「え、ええと、そう言うのは考えてなかったんだけれど……そもそも量産って出来るの?」

「マスターの込める魔力さえあれば簡単に量産出来ますよ。さっきのように、まだ熟していない実でもすぐに膨らみますし」


 そっか、もう作ろうと思えばさっきの梨を量産出来るんだ。何だか全然実感が湧かない。


 そもそも私は身近な人に食べてもらう事を前提に作ろうと思っていたのだから、出荷だの何だの言われてもあまりピンとこないのだ。


「まあ今のままでは、どの道普通の梨として売り出すのは無理でしょう。魔力で酔っぱらう梨など売り出したら、それこそマスターの名誉に関わるかと」

「そ、そうね。こんな梨簡単に売りだせないわよね」

 そもそもこんなデンジャーな梨が市場に出回ってもいいのだろうか?


「食品ですので、安全基準は大事な課題になります。スーパーに出回らせる場合には、さらに見た目にも気を付けなければなりません」

 宗谷さんはそう教えてくれる。成程、ちゃんとそういう所にもルールがあるのね。


「魔力の籠った梨……なんて、誰か買ってくれるのかしらね?」

 物珍しさに人は集まるかもしれないが、魔力に酔う危険があると知れば誰も食べたがらないだろう。

「魔法の事は私にはよく分かりませんので……そういう事でしたら、かおるさんに相談してみるのはどうです?」

「あっ、それいいわね。今なら丁度仕込み前だし」


 私は宗谷さんの一言で、この梨について薫さんに相談してみることに決めた。


「あの、マスター」

「ん?」

「薫さん、というのは誰ですか?」

 顔に疑問符を浮かべるダキニ。確か昨日案内した時は厨房にはお邪魔しなかったっけ。


「ああそっか、まだ会ったことないわよね。と言っても、あんたは今日も薫さんに朝ごはんご馳走になってるわよ」

 私がそう言うと、感のいい彼女には察しがついたようだった。


「そう、薫さんはとってもワイルドで美人な、うちの専属シェフよ」



――



「おーい、薫さーん!」

 外の厨房に繋がる扉の前で薫さんを見つけた私達は、手を振って声をかける。人づてに薫さんの場所を聞いてきて、ようやく出会えた。


 薫さんは遠くからでもよく分かる黒髪の長髪を揺らせて、こっちに顔を向ける。


「おうお嬢、どうした?」

 私たちが近づいていくと、薫さんは何やらゴソゴソ……。

「あー! 今タバコ隠したでしょっ!?」

 私が走って距離を詰めると、案の定左手で後ろに隠したタバコの箱を発見。すぐさま取り上げる。


「お、おいおい勘弁してくれよお嬢」

「だーめ! うちは禁煙でしょっ! 目を離すとすぐこれなんだから」

「外でくらい吸ってもいいだろ?」

 薫さんは子供みたいな口調で、まるでおねだりするように私の取り上げたタバコを返してくれとジェスチャーする。


「だーめ、私の前ではタバコ禁止。ただでさえ薫さん吸いすぎなんだから、ちょっとは我慢して」

「えー」

「えー、じゃないの」

 私は得意げにそう言って、薫さんから取り上げたタバコを手で弄ぶ。薫さんの苦笑する顔を見ていると、私の気分も何だか自然と良くなってくる。


「あの、マスター。この方が薫さんですか?」

「ええそうよ。ダキニは初対面だったわね」

 私は後ろからついてきたダキニに紹介する。


「この人がうちの専属シェフの薫さんよ」


 私はそう言って薫さんを見る。


 相変わらずのほれぼれするくらいに真っ直ぐで、さらさらな黒髪の長髪。切れ長の目。すべすべで羨ましい綺麗な肌に整った顔立ち。私よりちょっと背が高くて、すらっとしたシルエット。本当にいつ見ても美人さんなんだから。


 いつもの白いワイシャツにジーンズ、その上に黒いエプロンを羽織った姿は、シンプルでかっこいい。たったこれだけの地味な取り合わせでも絵になるのが薫さんの凄い所だ。


「いやお嬢、初めまして、ってわけじゃないぜ」

「え? 何? 初対面じゃないの?」

「今日の朝、厨房に緑茶を取りに来たからな」

 ああ、そういえばそんな事してたわねダキニ。


「はい、その節はどうも。改めまして、ダキニです」

「おう、よろしく。お嬢の使い魔……ってことでいいんだよな?」

 薫さんはそう言って私に目配せする。何か言いたそうな仕草で。


「そうだけど、何? 薫さん?」

「お嬢、ちょっと」

 薫さんに手招きされて、耳を貸すようにしてダキニに聞こえないように内緒のやり取りをする。


「お嬢、ダキニって……その名前ってあれか? ひょっとして、神格持ちか?」

「ええ、そう……みたい。ちょっと本当かはまだはっきりしないんだけれど」

 ダキニの素性を聞かれ、私はちょっとだけあやふやに答える。こいつの正体に関しては本当にはっきりとしたことが言いづらい。


「すげえなお嬢。とうとう神格持ちを呼び出したのか」

 薫さんは心底驚いたように言った。


 そう、この態度を見れば分かるかもしれないが、薫さんも魔法使いだ。


 この家では私と装果、お父様に続き、四人目の魔法使いとなる。


「いやあ、それほどでも? といってもこいつの素性はちょっと不確かだから、神格を持った使い魔かどうかは、まだはっきりしないの」

「そうか。で、こっちはどう接すりゃいい? やっぱ多少は敬ったりしたほうがいいのか?」

 これが神格を持った使い魔を前にした普通の魔法使いの反応だ。滅多に拝めない、かつ神聖で英雄的存在である場合も多く、宗教上敬われる立場だったりするものだから、神格を持った使い魔イコール敬語を使う相手、というのが常識だったりする。


「うーん、あんまり気を遣わなくてもいいかな。こいつ基本口調は丁寧だけれどちょっと腹黒だし」

「聞こえてますよ、マスター」

 ダキニはそう言ってにこりと微笑んだ。あはは、と私もちょっとばつが悪い感じで愛想笑いを返す。


「うん、そういう事だから変にかしこまらなくていいわ。なんかこいつに困らされたら私に言ってくれればいいし」

「マスター、私を厄介な子みたいに扱っていませんか?」

 そうダキニは抗議するが、こいつは事実装果を困らせたりしているから油断ならない。


「ははっ、流石お嬢。そこまで親しくなってるとはな」

「もう、薫さんも装果も、どこを見たら私とこいつが親しげに見えるのよ」

 私はため息をつく。こういうのは親しいというのではなくて扱いに慣れたというのだ。まあ一方的に慕われていると言えなくはないが、どこかちょっと歪んだ愛が見え隠れしているのでそれを認めるのが怖い。


「で、お嬢。何か用か?」

「ああそうそう、これなんだけれど」

 私はさっき装果に食べさせた梨、もといその残骸を薫さんに見せる。汁がこぼれるのでビニールに入れて持ってきていた。


「なんだこりゃ? 梨……の皮か」

「うん、さっきまでは実が残ってたんだけれど、溶けちゃって」

 私がそう言うと、薫さんは怪訝な表情を浮かべる。


「何? 溶けた?」

「そう、これうちの梨を魔力で膨らませて作ったものなんだけれど。魔法で未成熟の果実を実らせることには成功したんだけれどね……ちょっと、失敗作というか、予期せぬ梨が出来ちゃって」

 そこまで言うと、今度は薫さんの口がぽかんと開かれる。目を見開いて、私と私の持っている梨の残骸を交互に見比べる。


「お、お嬢……魔法で植物の瞬間育成に成功したのか?」

「うーん、完璧な成功じゃないっていうか、半分成功っていうか、そんな感じ?」

「お嬢……やっぱお嬢は天才だな」

 はー、と息を吐きながら、本当に感心したように薫さんがそう言った。薫さんほどの魔法使いにそう言われると、何だかちょっと照れくさい。実際にはほとんどダキニの手柄なんだけれども、それでも嬉しかったりする。


「まあそれほどでも? で、この魔力の籠った梨、えーっと、魔力梨なんだけれど、なんかいい利用法無いかな?」

「……お嬢、俺にも分かるような説明をしてくれ」

 眉をしかめてそう返す薫さんに、かいつまんで今日のことを話して聞かせた。


「成程、魔力で酔っぱらう、か……確かに聞いたことねえな」

「なんかうまい解決法無いかな? せっかく作れるようになったのにこれじゃ売り物にならないみたいで」

「あー、まあ、そうだろうな。しかし魔力の籠った食べ物なんて、今まで例がないから、どうしたもんかな」

 薫さんは顎に手を当て、何やら思案するように目をつぶる。


「加工品にするにしても、どうしても魔力で酔うっていうのがネックになるわな。安全を考えるなら、そもそも人間が口にしていいものじゃないかもしれないな」

「でも、装果は美味しい美味しいって言ってくれたわよ。あの時の装果、薫さんにも見せたかったわ」

 あんな気が狂ったようにはしゃぐ装果は一生に一度見れるか見れないかというレベルだろう。事実酔っぱらって気が狂っていたわけだけれど。


「そうだな。その梨、いくつか貰えるか?」

「うん、作るの自体は簡単みたいだから、後で持っていくわ」

「元が梨なんだから、話を聞く限り食えないものじゃないみたいだしな。いくつか試してみりゃ、魔力酔いに関していい解決策も出てくるかもしれないし」


 そう言って薫さんはごく自然に、私の頬に片手をすっと伸ばす。


「折角お嬢が作った梨だもんな。俺がしっかりと調理してやるからよ」

「もう、いいこと言ってるのに仕草が女たらしみたいよ薫さん」

「そうとってもらっても構わないぜ?」

「もー、薫さんってば調子乗っちゃってー」

「ははっ、昔はもっと可愛げあること言ってたのに、随分大人になったもんだな。ほらほら子供扱いして欲しいんなら頭なでちゃるぞー」


 きゃー、と言いながら薫さんの手から逃げる私。無論本気で逃げているわけじゃない。きゃっきゃ言いながらちょっとカップルがイチャイチャするみたいに薫さんとじゃれついているだけだ。


「じゃ、お嬢。また後でな」

「うん、梨持っていくから」

 ひとしきりはしゃいだ後に薫さんはそう言ってその場から離れていった。


「あー、全く薫さんってば。子供なんだから」

「マスター……随分と楽しまれていたようですね」

 その言葉に振り返ると、ダキニはこめかみをぴくぴくとさせながら笑顔を作っていた。器用な真似をするものだ。


「うん? まあ私と薫さん仲良しだもん」

「そうですかそうですか。まあ、マスターにもそっちのケがあると分かっただけ良しとしておきましょう」


 ちょっと待った。どっちのケよそれ?


「それにしても、薫さんもそうでしたがマスターのお屋敷に仕える者は皆美女ばかりですね」

「え? そうね。言われてみればそうだけれど」

 といっても薫さんは……。

「顔で選ばれていたりするのですか?」

「ちょっと人聞きの悪いこと言わないでよ。まあ、選んでいるのはお父様だけれど」

 流石に顔で使用人たちを選んでいる、とは考えたくない。確かにうちのメイド達はどこへ出しても恥ずかしくないくらい可愛い子ばっかりだけれど。


「まあ、薫さんは要注意人物という事がよく分かりました。女の身でありながらあそこまでマスターをかどわかすとは。敵ながら参考にしていきたいですね」

「えーっと、ダキニさん? 何を言ってるのかな?」


 というかやっぱりこいつ勘違いしている。


「あのね。薫さんは美人だけれど、美女じゃないわよ?」

「え?」

「薫さん男だもの」


 あの時のダキニの顔は今でも忘れられない。


 顔に笑顔だけ張り付けて、目がまるで親の仇を思い浮かべているかのような、憎しみで見開かれていたのだから。


「なんて顔してんのよ。薫さんよく女だと間違われるから見間違えるのも仕方ないわよ」

「……男、男の身でマスターに」

「男としても女としてもカッコいいのよねー薫さん。タバコ好きなのもワイルドでいいでしょ? って、あー!?」

 私はそこまで話してようやく気付く。


「タバコ盗られてる!? ちょっと薫さーん!!」

 振り返ってみると、薫さんが駆け足で逃げていくのが見えた。さっきの頬を手で撫でられた時だ。どさくさに紛れてすられたのだろう。

「全く、本当に子供みたい」

 ふふっ、と思わず笑みがこぼれる。薫さんの手にはしっかりとタバコの箱が握られていた。


「……マスター、彼は魔法使い、ですよね?」

「え? ああ、やっぱりさっきの会話聞いてたのね。そうよ、薫さんも魔法使いよ。それも凄腕のね」

 薫さんは最初、うちにボディーガードとして雇われていたんだから。


「昔はその腕を買われてお偉いさんのSPもしたんだって。凄いわよね。今でも魔法少女試験のために戦闘の特訓させてもらったりするんだけれど」

「マスター、私も彼と勝負……いえ、特訓させてもらってもいいですか?」

 ダキニは拳を握りしめて不敵に笑う。さっきまでのリアクションといい、特訓なんて名目で薫さんを亡き者にしようなんて考えてないわよね?

「いや、言っておくけれど薫さんめちゃくちゃ強いのよ? 私戦闘苦手だしいっつもボロ負けで……」


 そこで私ははたと気づく。


 いや、どうして今まで気づかなかったのだろうか。


「あんた……闘ったりとか、出来るの?」

「ええ、昔は闘戦勝利の神として祀られることも……それが何か?」


 私は、目からうろこが落ちたような気分だった。

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