北嶋勇の心霊事件簿3~時を超える魔人~

しをおう

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 俺は北嶋。北嶋 勇。ハードボイルドが売りの心霊探偵さ。今、俺は布団を相棒として睡眠中だ。疲れているからだ。理由か?毎日毎日こき使われている日々だからだ。

 なぜなら婆さんからアホみたいに仕事が来るからだ。理由は新しい社用車を買う為らしい。つまり神崎が請けた訳だ。

 神崎の趣味全開の車を社用車にするのには抵抗が…全く無い。何故なら神崎の車を今現在社用車として使っているからだ。要するに私物を事務所の為に使わせて貰っている訳だな。俺の中古車もそうだけど。

 まあ、そんな訳で、新しい社用車も神崎の要望に応えようと放置しているのだ。どうせ運転は神崎がするし。

 兎も角、朝飯を作る音が止もうが、旨そうな香りが漂おうが、起きる気が全く無い。たまにはオフもいいだろ。働き詰めはイカン。労働基準監督署に訴えられてしまう。俺の事務所で俺が訴えると言う意味不明な事態は避けなければいけない。

「ご飯出来たよ~」

 階段下から神崎の声。出来たからなんだと言うのだ?食いに来いとでも言うのか?俺は惰眠を貪るのに忙しいって言うのに、なんて自分勝手な女なんだ。

「だから、朝ご飯出来たってば」

 とんとんと階段を上ってくる音。マズイ。強制的に起される。俺は布団を抱き込んで起床拒否の構えを取った。

「やっぱりまだ寝てる!!」

 ドアを開ける音と共に神崎の呆れ声。これは実は毎朝の光景だ。

「ほら、起きて着替えて歯を磨いて顔を洗ってご飯を食べる!!」

 グイングインを揺さぶる神崎。俺は身を固めて不動の構えで迎え撃つ。

「はあ…毎日毎日…」

 来る!!今日こそは勝つ!!俺は更に身を固める。

「起きなさいって言ってんのよ!!」

 固めた俺の身体、具体的には脇腹に凄まじい衝撃が走った!!

「ぐはあああああああああああああああ!!!」

 文字通り飛び起きる俺。かたわらにはベッドに腰掛けながらも険しい顔の神崎。

「毎度毎度余計な手間掛けさせないでよね!!」

「こおおおおおおおお…お、お前こそ毎日毎日暴力で起こすな…耳元で優しく囁いて起こせよ…」

 めっさ痛む脇腹を擦りながら苦情と要望を言う。

「そんなんじゃ起きないでしょうが?」

「せめてエルボードロップはやめろ。本気で痛いから」

 体重を乗せたエルボーで爽やかな目覚めが出来るか。

「じゃあお母様はどうやって起こしていたのよ?優しく揺り動かす程度じゃ絶対起きないでしょ?」

「親父とおふくろは俺が赤ん坊の時に事故で死んだから、起こして貰った事は無い」

 ぎしっと固まった神崎。マズイものに触れたって感じだ。

「へ、へー。じゃあお婆さんとかは?」

 ほう。此処で同情を見せないとは、やるな神崎。普通なら、つか田舎から外に出た時に出会った連中はみんな同情的な単語を並べて来たのに。

「バッちゃんにはぶん殴って起こされたな…フライパンで」

「フライパン!?あれ硬くない!?痛くなかったの!?」

 そりゃそうだろ。柔らかいフライパンってどんなんだ?アルミ製か?ウチのフライパンはティファールのチタン製だからな。

「痛いに決まっているだろうが。だから優しく囁いて起こして貰うのがささやかな願いだってのに」

「だよね。つか、そんなささやかな願いを叶えてくれる人、今まで居なかったの?」

「あー。元カノは夜の仕事だったから一緒に住む事も無かったしな。結果俺が勝手に起きて勝手に仕事に行くしかなかったからな。故に起こして貰った覚えが無い」

 またまたぎしっと固まった神崎。今度は信じられんと言った目を俺に向けてくる。

「え?北嶋さん、彼女いた事あったの!?」

 そこに驚いたのかよ。いやいや、普通にあるがな。

「お前は俺をなんだと思っているんだ。この歳だぞ。彼女の一人や二人、いた事もあったわ」

「私は今まで誰ともお付き合いした事ないんだけど…」

 なんと、それはマジか?それは悪い事を言ってしまったなぁ…

「…何か哀れんだような目をしているけど、修行で忙しかったから恋人を作る暇なかっただけなんだからね!!モテない訳じゃないんだから!!」

 しまった。モロ表情に出たか。だが、そうか。確か高校卒業と同時に婆さんに弟子入りしたんだったよな。

「それよりも北嶋さんみたいに滅茶苦茶な人に恋人がいた方が驚きだわ…」

「ちょっと待て。俺も意外と人気者だったんだぞ、学生時代は。元カノだって向こうから声を掛けて来たから付き合ったんだ!!」

 目を剥いた神崎。なんで?そんなに意外か?

「え?その人ボランティアか何か?」

「俺と付き合う事がボランティアだってのか!!休日にパチ屋に行った時に、出なくて泣いていた女に出る台教えてやったら好意を持たれて告られたんだよ!!」

 何でも明日明後日に金が必要だって言ってパチで増やそうとしたらしいのだが、当然ながら逆に財布が薄くなり、泣きながらパチを打っていたのだ。

 ギャンブルで金を増やそうと考えただけでもアホな女だと解るだろう。だが、俺はその告白に応えた。

 理由は簡単。おっぱいがデカかったからだ。そのおっぱいが背中に押し付けられたのだ。男として否とは言えんだろう。

「へぇ?そんな出会いもあるのか…なんで別れたの?」

 興味津々で聞いてくる。神崎も意外と聞きたがり屋だなぁ。

「そいつが金持ちを騙して結婚したからだ」

「………は?」

「だから、金持ちを騙したんだよ。そんで結婚まで持ち込んだんだ。当然金持ちじゃない俺はいらん男になったっつー事だ」

 今度こそ同情の目を向ける。いや、同情はいらんから。何故ならば!!

「その女ってソープランドに勤めていてさ。外資系の企業のOLだって嘘ついて、コンパに紛れ込んで金持ちゲットしたんだよ。ポケモンのように。んで、どうにかこうにか騙して結婚まで持ち込んで俺を捨てたんだよ。だが、俺だってただ振られた訳じゃない。ソープ勤めをバラしてやるっつって慰謝料ぶんどったんだ」

 多額の慰謝料をゲットしたんだから痛み分けだろ。寧ろ俺の勝ちだろ。

「向こうも最低だけど、北嶋さんも負けず劣らずのような…」

 ほう?ここでも元カノの職業に突っ込みを入れないのか?流石だ神崎。大抵は職業差別よろしくな単語を並べるが、それをせんとは。

 流石俺の嫁だ。つか、俺の見る目が正しい証明だな。うんうん。

「でも納得だわ。いくらこの家が安くてもローンも組まないで家は買えないからね」

 事務所を立ち上げた時に神崎に聞かれた金融機関との取引。銀行におかしな情報が乗っていないか確認する為らしい。借金が凄いのなら銀行も運転資金は貸さんっつー事で、やけに心配していたのだ。

 なので俺は綺麗な身体だと。借金は無いと。じゃあこの家はと聞かれて、現金だと言ったら酷く驚かれたのだ。

「だがまあ、慰謝料だけで家は買えんがな。あの女も自分の金はあんま持っていなかったから。結婚相手を騙して手に入れた金だけではさすがに家は買えん」

「結婚相手を騙して慰謝料を作ったんだ…」

 おののく神崎。だが知らん。あの女がどうやって金を作ったのか興味が無い。俺はふざけた真似をされたからケジメを取っただけだ。

「じ、じゃあ貯金使ったの?」

「いや?退職金を充てた」

「そっか、この仕事をやる前は普通のお仕事なんだよね」

 仕事は色々やったな。建設会社のバイトに運送業のバイト、バーの雇われ店長もやったか。

 だが、ちゃんとした就職は事務所を立ち上げる前まで勤めていた食品会社だ。退職金はそこから貰った訳だ。尤も『交渉』でたんまり上乗せして貰ったがな。

「…なんか邪悪に笑っているけど…」

「いや、ちょっと思い出して。そこの上司がパワハラ野郎でさ。俺にはちょっかい出して来なかったけど、他の連中に酷い嫌がらせしてたんだよ。んで、あんまムカついたからぶん殴ったらクビになってさ」

 どうせ辞めるつもりだったし。ぶん殴ったのは逆に丁度良かったのもある。

「パワハラは駄目だけど、殴っちゃうのはもっと駄目でしょう…」

 ジト目で咎める神崎だが、マジ酷かったんだぞ。一生懸命頑張っている奴に、やる気が無いなら帰れって言うのが挨拶代わりだったんだから。手柄は自分でヘマは部下の責任だし。全く尊敬できない奴だったな。ぶん殴った時は会社の連中、拍手喝采だったという。

「んで、クビになるんなら退職金くれっつったら、お前が悪いから出さないとか言われてさ。んじゃ俺より悪い奴が居たらどうなるんだっつって動画を見せたんだよ」

「…嫌な予感しかしないけど…」

「その動画には、今まで食品表示偽造していた証拠がぎっしり映ってんだな。他にもいろいろ証拠は持っていた。写メとかボイスレコーダーとか。それをマスコミに売れば退職金代わりにはなるだろ、っつったら何故か焦って沢山くれてさ。おかしいよな?偽装最中はどこもやっているから問題ないっつってたのにさー」

 思い出し笑いよろしくでゲラゲラ笑う。問題無いならマスコミに出しても当然問題無いだろうに。マジ大笑い。

「酷すぎる…けど、表示の偽装は普通に犯罪だし…で、その会社どうなったの?」

「交渉の時に出した証拠は全部くれてやったんだが、その他にも色々持っていたからな。後輩や同僚にくれてやった。もうちょっとで騒ぎになるんじゃねーかな?お茶の間で」

 俺のようにスマートに交渉できる奴等じゃないから普通にマスコミにチクるだろうし。そしたらワイドショーで一躍有名会社だ。

「まあ…うん…爽快感がまるで無いけど…うん…」

 無理やり納得する神崎。普通にまともにやってりゃこんな目に遭わずに済むだけなのだが。俺は悪くない。悪いのは元カノとバカ会社だ。

「そんな事より腹減ったな。朝飯だ朝飯だ」

「話し込んでいる内に冷めちゃったかな。温め直すから、その間に着替えとかちゃんとしてよね」

 そう言って部屋から出て行く。うむ。旦那との早朝コミュニケーションと言い、冷めた飯を温め直す事と言い、出来た嫁だ。これでおはようのチューがあれば、もっと出来た嫁になるのだが。 

 ともあれ、俺は朝飯にあり付くべく、速攻で着替えて顔を洗いに降りて行った。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 朝ごはんを戴き、少しまったりする。

 今日は案件が無いので師匠からの案件待ちだが、そろそろ事務所単体での仕事が欲しい。と言っても新車の為にこき使っているけど。休日も無しで。

 もう北嶋さんのぼやく事ぼやく事。それを一切聞かない振りをし、強引に進めているのだが。

 しかし、やはり下請。マージンがキツイ。二割は取り過ぎでしょ。師匠も厳しいなあ。まあ、やって行く分には全然大丈夫なんだけど。

 まあ、今日はこれでもいいかな?たまには休日をあげないとね。

 …此処北嶋さんの事務所だよね?経営者だよね?なんで一所員の私がお尻を叩いて仕事をさせなきゃいけないの?所長の休暇の心配をしなきゃならないの?

 ま、まあまあ、アルファロメオの為だと思えば。だけど結局は社用車だし。私の車じゃないし。だけどBMWを社用車として貸し出しているし。でもでも、北嶋さんの軽自動車も社用車扱いだし。

 考えるのはやめよう。その方がきっと平和なんだろう。色々とおかしい所もあるけれど、平和が一番だ。


 ピンポ~ン……


 考え事をしていたら、誰か来たようだ。まさか依頼人?あ、でもセールスかも…

『奥さんですか?』から始まり、北嶋さんが『恋人です』と言って肩を抱く。そして私が他人の目の前で、肘で北嶋さんのお腹を思い切り小突く。

 これが一連の流れ。コントのような流れだ。


 ピンポ~ン……


 いけない。考え事をしている間に二回も呼び鈴を鳴らされた。

 万が一依頼人だったら待たせるのはいけない。

「はい少しお待ち下さい」

 いそいそと玄関を開けた。

 そこには女の人が立っていた。

 私より少し歳上らしき女の人は、ブリーチで髪が金髪に近い色になっている髪を少し鬱陶しそうに掻き上げて私を見た。

 何ていうか、見定められているような?

 しかし、凄いスタイルのいい人だなあ。胸なんて、もう…

 服やバックなんかはブランドで固めてあるし。お金持ちなんだなぁ。

 ボーッと見ていると、焦れたのか女の人から声が掛かった。

「ここは北嶋の家で間違い無いですか?」

「そうですけど、ご依頼ですか?」

 私の問いにフンと鼻を鳴らす女の人。なんだろ?感じ悪いなぁ…

「上がらせて貰うわ」

 そう言って返事も聞かずにズカズカと家に入って来た。

 いきなりで驚いたが、もっと驚いた事が。

「ち、ちょっと!靴は脱いで下さい!!」

 女の人はブーツを履いたまま上がって来たのだ。非常識過ぎるでしょ!!

 ちょっと待ってと後を追う。その女の人は居間でピタリと止まった。

 そこにはソファーで呑気にお茶を啜りながら新聞(おそらく4コマ漫画だろうが)を読んでいる北嶋さんの姿。

「勇…」

 ん?今、北嶋さんを名前で呼んだ?

 北嶋さんは湯呑をテーブルに置いて言う。

「なんだ。由香か。なんの用だ?」

 由香?この女の人の名前?

「あの、どちら様ですか?」

 勇気を出して聞いてみる。

 女の人は、私をじろりと睨み付け、名乗った。

皆藤かいとう 由香ゆか。このロクデナシの元彼女よ」

「ロクデナシとはご挨拶だな?俺を裏切ってIT企業の社長と結婚したウスラバカ女の分際で」

 北嶋さんと皆藤さんが睨み合っている。

 って!!

「えええええ!!元彼女?こんなに綺麗な人が?北嶋さんの?何かの冗談でしょ!?」

 大きな声を出して驚く!この人が今朝話に出ていた、お金持ちと結婚する為に北嶋さんを捨てて慰謝料を取られた人!?意外過ぎる!!こんなに綺麗な人だったとは!!

「残念ながら、本当よ…!!」

 皆藤さんが苛立ち、頭を掻き毟った。

「で?何の用だ?ソープ勤めがバレて旦那に棄てられたか?」

 そう言えばソープに勤めていたって…この人が?こんなに綺麗なのに?

「…っ!棄てられる訳が無いでしょう!!私は女優より演技が上手なのよ!!」

「その割には俺に瞬時に見切られただろうが?クソ女だって。言ったら逆ギレして別れるとか言ったよな?んでホントに別れようとしたら泣いて縋りやがって…あの時はマジ迷惑だったんだよ。お前はおっぱいだけしか取り柄が無かったからな。後はみんなカス!!クズ!!クソ!!」

 北嶋さんの口撃こうげきに苦虫を噛み潰したような表情で応える。

「つか、お前は金目当てで結婚したんだから、好きを演じるのは当たり前の事だろう」

 まあ、同感だが、仮にも元カノでしょ?もうちょっと優しくしたら…と言おうとしたがやめてしまった。

 北嶋さんの目が、見た事も無いくらい、冷たい眼差しなのに気がついたかだら。

 興味が無い人にはこんなに冷たい目を向けるの?なんと言うか…怖い…

「あ、あの、それで、ご用件は何ですか?」

 とにかく話をしに来たのなら話して貰わなきゃどうしようもない。復縁を希望しに来たのなら、生乃の代わりに追い出さなければならない。

 すごく、すごぉく気が重いけど…

 皆藤さんがフンと鼻を鳴らす。

「私がここに来たのは、命令だから。まさかあの方の標的が、このロクデナシなんて思いも寄らなかったけどね」

 再び頭を掻き毟る皆藤さん。苛立っているのが丸解りだが…

「ちょっと、そんなに掻いたら…っ!!」

 床に目を向けた時に信じられない物を見た。

 皆藤さんの髪の毛がごっそりと抜け落ちて散乱していたのだ。

「か、皆藤さん…あなた…?」

 そこで漸く気付く。皆藤さんから漂う香り。きつい香水の香り。しかし、時折臭ってくるのは腐敗臭?

「そっか。ロクデナシはともかく、アンタはあっち側の人だもんね」

 皆藤さんが私を睨む。私の生業の知っているのか!!

「その化粧も顔色を隠す為なのね!!」

 皆藤さんから2、3歩離れ、印を結ぶ!

「アンタには用は無いわ。マトはロクデナシ。なんで勇がマトにされているのか解んないけどね」

 北嶋さんを狙っている?でも、解んないって?いや、そんな事は後回しだ!!北嶋さんが危ない!!

「おい?マトって何だ?それに神崎。何緊張してんの?こんなクソでクズな女に?」

 緊張感が全く無い北嶋さん。暴言のおまけ付きだった。

「皆藤さんは、もう死んでいるわ!何者かが偽りの命を与え、北嶋さんを狙うよう指示を出しているの!!」

 皆藤さんが笑う。

「アッハッハッハ!!無理無理!!この人には理解出来ないわよ!!」

 激しく同意した。確かに北嶋さんには理解が難しいのかもしれない。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 由香が既に死んでいる?誰かが偽りの命を与えた?命令で俺の命を狙っている?

 う~む…う~む…う~む…う~む…う~む…

 考え過ぎて知恵熱が出そうだ。

「良く解らんが、お前はくたばっている訳か?」

 解らん事は聞く。そこに本人が直接いるのだから実に手っ取り早い。

「…アンタのねぇ……そのデリカシーの無さがだいっっっ嫌いなのよぉ!!」

 由香が俺に飛び付いて来た。

「北嶋さん!!」

 神崎が叫んでいるが、さて、どうしたものか。

 死んでいる訳だが身体がある訳で、飛び付いて来た由香の身体は生前と同じな訳で、デカイおっぱいがムニュッとかする訳で…

 う~む…こいつ身体だけは良かったんだよなぁ…他は最悪だったんだが。

 俺は神崎をチラッと見た。

 神崎は心配そうに、俺に向かって来ていた。

 つまりはだな、由香より神崎の方がいい俺はだな、由香と抱き合うよりも、神崎と抱き合いたい訳だ。って事はだな、由香を退かさなきゃならない訳だ。

「うらあ!!」

 俺は由香のテンプルにフックを喰らわした。

「ぐあっ!」

 由香の身体が一回転し、俺から離れる。

 その隙に俺は神崎の手を取り、抱き締める。

「き、北嶋さん!そーじゃなくて!!」

 神崎がバタバタと暴れているが、気にしてはいけない。これは神崎の照れ隠しなのだ。う~ん、神崎いい匂い…柔らかい…

 ハードボイルドな俺にも安らぎは必要だ。

 そう、例えるなら俺は船。荒波を航海し、傷ついている船だ。

 神崎は港だ。傷ついた船を優しく迎え、休まる場所を提供してくれる港。

 まさにベストカップルと言えないか!!

 俺がウットリしていると、ゼロの隙間の筈の俺のボディに衝撃が走る。

「ぐああ!!?」

 俺は跪いた。食った物がリバースする程のダメージを腹に喰らったからだ。

「今はそんな事をしている場合じゃないでしょ!!」

 神崎の右拳が赤くなっている。俺のボディに衝撃を与えたのは、神崎のショートフックのようだ。拳が赤くなる程叩きつけたのか。

「し、しかしだな、愛し合って…ぷふぁっ!!」

 今度は神崎の右足が俺の顔面にヒットした。しかもつま先だ。冗談抜きで痛い!!

「皆藤さんは死んでいるのに動いているのよ!!少しは緊張感持って!!」

 そうだった。由香はくたばったのに動いているのだ。

「つまりはゾンビか。幽霊みたいに姿が見えない訳じゃないから楽だな」

 今までの敵は姿が見えないので、勘でぶん殴っていたが、ゾンビなら姿が見えるので楽チンだ。

 現に由香が頭を振って起き上がる様が見える。

「痛い!?何で!?痛みを感じない筈なのに!?」

 由香が何やら驚いているが、テンプルにモロにヒットしたから当たり前の事だろう?

「もう一度ぶち殺す前に聞いておいてやる。お前何でくたばった?」

 元カノとは言え、かつて愛した女だ。言う程愛していなかったが。まあ、多少の縁はある訳だから、くたばった訳くらいは聞いてやろう。

「旦那の会社が倒産したのよ!旦那は私に睡眠薬を飲ませ、家にガスを流したの…無理心中よ!!」

 由香が憎しみのまなこを以て、俺を見据えながら言った。

「死んですぐにあの方が私を蘇生してくれたんだけど、ほっとくと、どんどん腐敗してくのよ!!腐敗を止められるのはあの方だけ!!だから私はあの方の命令には背く事が出来ないの!!」

「あの方?そいつの命令で俺の命狙っている訳か?」

「そうよ。何故アンタを狙っているかは全く解らないけどね…勇、私の為に死んでちょうだい!!」

 由香がサバイバルナイフを両手で持ち、構えた。

「北嶋さん!刃物を持ったわ!ヤバくない!?」

 幽霊の刃物は見えないから平気だが、由香のサバイバルナイフはバリバリ見えるから危ないのは解る。

 俺は天を仰いだ。家の中だから天井になるが、兎に角仰いだ。

「まぁ、お前はもうくたばっている事だし、容赦しなくていいか」

 構える俺。別に由香の刃物如きにビビる必要は無いが、まあ保険だ。

「き、北嶋さん?空手?」

 俺は神崎を見てニヤリとする。

「まぁ、見てな」

 いきなり由香が突っ込んで来る。

「お前いきなりか!!そーいや、俺を振ったのもいきなりだったな!!」

 俺はサバイバルナイフを躱して裏拳を由香に叩きつけた。

「ぶっ!!」

 由香が一瞬怯んだ。それを見逃す俺じゃない。ナイフを持っている腕を蹴り上げる。

「あがっ!!」

 由香のサバイバルナイフが天井に突き刺さった。

「だから何で痛みが走るのよ!?」

 由香が苛立っているが気にしない。そのまま顔面に右正拳を叩き込む。

「えぶしっ!!」

 由香の顔が陥没してしまった。

「くたばっているから脆いな」

 そのまま右回し蹴りを延髄にヒット。

「ぶふぁ!!」

 倒れ込む由香は憎まれ口を叩く。

「も、元カノに容赦無いなんて…アンタ本当にクズね!!」

「お前がどうなろうと、俺の人生には影響が無いからな。向かって来たからぶっ叩く。殺しに来たのなら殺す。ごくごく当たり前の事だ」

 倒れている由香に蹴りをぶち込む。顔、腹、頭、足、腕。目に入る部分を蹴りで埋め尽くす。

「いや!やめ…ぎゃっ!!酷い…がぁっ!ひゃっ!ぐはっ!!」

 暫く蹴り続けていたら、由香が丸まって震えていた。ゾンビでも痛いとそうなるのかと他人事のように思った。実際他人事だけど。

「そろそろ楽になるか?」

「こ、このロクデナシ!かつての彼女を容赦無く滅多打ちにするなんて!!」

「俺を殺しに来たウスラバカにそんな事を言われるとはな」

 俺は神崎に頼んだ。

「悪いがとどめを頼む。ゾンビは打撃じゃ死なないんだろ?」


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋さんがゾンビとは言え、元カノを滅多打ちにしている姿を見てしまった。此処で疑問が湧いた。

 DVを日常的に行っていたのかしら?

 それに空手の型…いつも私に簡単に殴られている北嶋さんらしくない。

 怖い。単純にそう思った。

 恐れながら見ていると、北嶋さんがとどめをお願いして来た。

 打撃じゃ死なないのはそうなんだろうけど…思う所が無いのだろうか。

「え、ええ…解ったわ…」

『浄化の炎』を発動させる。

 生きている者には害は無いが、死して悪行を行っている輩を燃やし尽くす炎。当然ゾンビにも有効だ。

「え?何?火?火が……があああああああああああああああああ!!!」

 浄化の炎は瞬く間に皆藤さんの身体を灼く。

「はぁ!はぁ!はぁ!また死ぬ!また苦しむんだ!!嫌!嫌あああああああああああ!!」

 皆藤さんの身体が消滅した。絶叫しながら消滅した。骨も無くなった。

 きっとあるべき所に納まったのだろうが…

 皆藤さんをゾンビにし、北嶋さんを狙った人物…

 誰なんだろうか?私は北嶋さんを見た。心当たりがあるか聞きたくて。

 だが今は言葉をかける事を躊躇う。

 北嶋さんは、燃えて消えた皆藤さんが居た所を寂しそうに見ていたから…


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 由香が消えた。神崎のとどめのおかげだろう。

 少し、いや、かなり寂しいものがある……

 由香…お前は…………

 おっぱいだけは最高だった……

 おっぱいだけは名残惜しい。つか、おっぱいしか好印象が無かった。ぶっちゃけ顔もあんま覚えていない。おっぱいは鮮明に思い出せるが。

 やはり改めて考えも取り柄はおっぱいくらいだったな。

 おっぱい…いや、由香。もう化けて出るなよ。出るならおっぱいだけにしてくれ。


 パチパチパチパチ…


 俺がおっぱいを惜しんでいるその時、玄関から拍手する音がする。

「…なんだお前?いつから居た?」

 玄関にてニヤニヤしている男。そいつが拍手をしていたのだ。

 年齢40歳くらいか?外国人だな。なぜ外国人が俺の家に来たんだ?

 俺が考えていると外国人の方から勝手に口を開く。

「いやいや。恐れいったよ。かつての恋人を躊躇無く殴るとはね」

 外国人がニヤニヤしながら嫌味を言いやがった。

「日本語が達者なようだが、なぜ俺の元カノと知っている?」

 神崎が険しい表情をする。

「…あなたが皆藤さんを蘇らせた…?」

 外国人は大袈裟に驚いたリアクションを取る。

「ご名答!かつての恋人ならば、その男も安易に刺されるかと思っていたが…成程、まさに悪魔の如くですね」

 相変わらず嫌味を言いやがる。

「ふざけないで!皆藤さんを倒す北嶋さんの気持ち…あなたに理解出来たの!?現に皆藤さんが消滅した時の北嶋さんの表情は寂しそうだったじゃない!!そうでしょう北嶋さん!!」

 神崎が熱く俺を語る。

 おっぱいが名残惜しいなど絶対に言えない状況だ。ここは神崎に乗っからねばならない。

「と、当然だ!!」

 多少声が裏返ったのは気にしてはいけない。ハードボイルドとは言え声くらい裏返るもんだ。

 神崎が外国人を睨む。俺の裏返った声はスルーしてくれる模様。よかったよかった。

「あなたは何者?名乗ったらどう!?」

 外国人は嫌味ったらしく笑いながら応答した。

「これは失礼。私はサン・ジェルマン伯爵。以後お見知りおきを」

 外国人が恭しく頭を下げた。シルクハットを被っていたら様になっていただろう辞儀だ。

「サン・ジェルマン伯爵ですって!?」

 神崎の驚きようったら相当なもんだった。目を見開いて硬直している。

 しかし、俺は全く知らない。

 知らない奴に命狙われるってどーよ?

「その伯爵が俺に何の用事だオッサン」

 取り敢えず聞いてみなければ始まらない。聞いた後にぶっ飛ばすけど。不法侵入だからいいだろ。

「ふふふ…特には貴方が標的ではありません。目的は別にありますが、貴方はあの人に随分見込まれておられる様子でしたので。その摩訶不思議な力もあの人に授けて貰ったのでしょう?私の宝を使って」

 嫌味ったらしく笑う外国人のオッサン。あの人って誰だ?宝?授けて貰った?

「よく解らんが、取り敢えずぶん殴る」

 俺はオッサンの懐に一気に入り込む。

「!速いですね!!」

 右正拳をオッサンの顔面に叩き込むも当たらない。と言うか拳の先には何もない。誰もいない。オッサンの姿が消えたのだ。

 俺はキョロキョロとオッサンを捜す。

「危ない危ない。一瞬遅かったらモロに食らっていましたよ」

 天井から声がした。なので見上げる。

「おおっ!オッサン器用だな!」

 オッサンは天井に背中をくっ付け、張り付いている格好だった。

「ほ、本物のサン・ジェルマン伯爵?」

 神崎はまたまた仰天している。信じ難いから確信したに変わった感じだった。

「貴女はご存知の様子…あの方のお弟子さんですね?あの御嬢さんは大きくなったのでしょうか?」

 天井に張り付いているオッサンがカッコつけて笑うのが滑稽だった。吹き出しそうになるのを堪える。

「婆さんに用事のようだな」

 シリアス展開に水は差せん。なので笑いたいのを堪えながら天井に飛び蹴りを放った。

 オッサンは素早く回避する。まあ、そんな大技が簡単に決まる筈も無いからな。

「なるほど、驚くべき身体能力も持っていますね?空手ですか?」

「通信空手9級だ」

「「通信空手ぇ!?9級ぅぅぅ!?」」

 神崎とオッサンはほぼ同時に声を出す。

「おう、呼吸法とか胆田がどうとか書いていたから、そのとおりに行ったが、面倒になって辞めた」

 だってさぁ、教本送られて来る程度の習い事が面倒じゃない訳があるまい?

 まぁ、結果、打撃だけは強くなったよーな気がしたけどな。

「し、信じられませんね…いや、ある意味予想通りと言うべきか」

 いつしかオッサンの嫌味な笑みが消えていた。あの余裕綽綽な振る舞いも消えている。バリバリ緊張しているのだ。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


 北嶋さんは、空手の教本だけで達人レベルまで空手を極めたらしい。得意のイメージだけで。

 見えない悪霊達に、打撃を与えている理由が、何と無く理解出来たような気もする。でも、何で私のパンチは避けられないのだろう?不思議で不可解だ。

「き、北嶋さん。皆藤さんの生前にDVをした?」

 皆藤さんには躊躇無く攻撃をしていた。そこは気になるし、あの空手でDVを行っていたとしたら許させる事じゃない。

「俺は味方には手を出さないぞ?由香は敵に回ったし、もう死んでいるって言うから自衛の為にだな」

 成程、敵には容赦しないって意味か…ならば生前は付き合っていた訳だし、味方とも言えるかな…?

「それはそうと、やはり貴方は水谷さんが見込んだ通りです」

 気が付くとサン・ジェルマン伯爵が、北嶋さんとの間合いを取っている。警戒しているんだ。

「あなたはなぜここに来たの?目的は?」

 サン・ジェルマン伯爵…私達の世界では有名人だが、北嶋さんを狙った意味が、よく解らない。

 師匠絡みなのは理解出来るけど…

「…どうやら早とちりのようですね。以前からイメージで物事をやり遂げて来た人のようですし」

 質問には答えていない。勝手に納得しただけか。

「質問に答えて!!」

 印を結ぶも、私の技が生者には通用しない事は理解している。

 それも伯爵は承知のようで、ただ私をフンと鼻で笑って見た。

「貴女の術は私には通用しませんよ?それに、彼氏さんは聞くつもりも無いようですね」

 北嶋さんがサン・ジェルマン伯爵に一気に詰め寄っていた。

 パンチを浴びせる格好になっている!!も!!

「彼氏!?やはりそう見えるか!!」

 振り翳した拳をいきなり緩めて、伯爵の両手を握り、ブンブン振る!!

「!!今は当たるかと思いましたが…いや、助かりました」

 ニコニコ友好的に両手を握り、ブンブン振る北嶋さんに、苦笑いのサン・ジェルマン伯爵。間合いに入ったのは知っていたのに焦った?速過ぎて追い付かないと判断したのか?

「ちょっと北嶋さん!今さっき命を狙われた敵に…」

 敵意から豹変し、友好的になった北嶋さん。

 理由は何となく解るが、嘘であって欲しいと願う。

「神崎!このオッサ…いや、この紳士は理解力があるぜ!俺を『彼氏』と言ったのだからな!!」

 北嶋さんは相変わらずニコニコしている。それはそれは嬉しいのだろう。だけど…

「今はそんな事言っている場合じゃないでしょ!!」

 どんだけなのこの人!?戦っている最中だよね!?

「い、いやはや…こんなに切り替えが早い人は初めて見ましたよ」

 伯爵は握られた両手を軽く払った。

 伯爵の額に汗が吹き出ている。呆れながらも驚嘆しているのだ。

 北嶋さんが友好的にならなければパンチが当たっていたのだから。

 この人って本当に本能だけで動いているの!?

 私は呆れた。

 伯爵は溜め息を一つ付く。

「ここには無いようですね。水谷さんが貴方に私の宝を渡したのは考え難い。こんな能天気な人には危なくて預けられないでしょうから。それでは、お騒がせしました」

 伯爵は深々と頭を下げたかと思うと消えてしまった…!!

 まばたきをする一瞬の間で!!

「瞬間移動!?逃げられた!!」

「なぁなぁ!彼氏だって!やはりそう見えるんだな!!」

 歯痒い思いの私にハイテンションの北嶋さんが私の回りをくるくる回る。

「彼氏でも無ければ彼女でも無いわよっ!!」

 八つ当たり気味の私のパンチが北嶋さんの顔面を捉える。

「なんでっ!?」

 喰らう意味が解らないのだろう。だが、それでも鼻血を噴き出して仰向けに倒れて行った。

 殆ど八つ当たりだから流石に良心が咎める。ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ。

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