人魚と昼食

@yjsan

人魚と昼食

会社員になりたてのゆうきが川岸のベンチで昼食を食べていると、川の方から誰かに声を掛けられた。女の子の声だ。

「ねぇねぇ、ちょっとこっちに来てよ。」

藪をかきわけて川の方をのぞく。

人魚だ。

「私は見てのとおり人魚。名前はメルっていうの。おにいさん、もしよかったらその食べているもの私にも分けてくれない?おいしそうだからさ。」

人魚のメルはそういって手に持っているおにぎりに指をさす。

ゆうきは動揺してあたりを見回す。それから深呼吸をする。

「驚いたな…。あ、でもこれは食べかけだから、新しいのを持ってきてあげるよ。」

 それからというもの、ゆうきは毎日1つ多くおにぎりを買って川岸に来るようになった。他の人が近づいてくるとと彼女はすぐに水中に隠れた。2人はいろいろな話をした。生活のこと、仕事のこと、趣味のこと…。


夜、人魚のメルは川底の仮住まいで一か月前のことを思いだしていた。

たまたま川に遊びに来ていたメルは川底から出てきて水面近くを散歩していた。夜の川は暗闇に覆われ、水面近くといえど人の目につくということはまずない。

(川遊びも飽きてきたしそろそろ海に帰ろうかな。なにか面白いことないかなぁ。)

川岸を見ると仕事帰りのゆうきが空を眺めている。もちろん、メルからしたら名前も知らない一人の青年である。

(あの人、ここでいつもご飯食べてる人だ。何を見てるんだろう。)

メルが彼の視線の先に目をやると美しい満月がこうこうと光を放っていた。

(わぁ)

メルは驚いた。なんてきれいな月だろう。川の水面にも月の光が反射して、ひとつの風景画のようだ。それから2、3分くらいだろうか、水面を境にして上下に分かれ、2人は一緒に月を見ていた。メルはたまに川岸へ視線をやったが、ゆうきはただ月を眺めているだけだった。それからちょっとして、ゆうきは駅の方へと歩き出した。メルはなぜだか声をかけようと思った。もちろんそれは危険なことでもある。

「あのっ」

とっさに声をだしてしまった。しかしその声は川岸のやぶの中に吸い込まれてしまって、ゆうきには届かない。メルは彼の後姿をただ見送るばかりであった。


その次の日もゆうきはおにぎりを持って川べりに来る。ゆうきはたずねる。

「そういえば、どうして僕に声を掛けようと思ったの?ご飯を食べてる人は他にもいるのに。」

メルは少し間をおいて、とびきりの笑顔で答えた。

「あなたの持ってるおにぎりが、一番おいしそうだったからよ。」

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