第一話(前半) 竜舎にて

/ 竜舎にて


 晴れ渡った空から、初夏の日差しが気持よく草原に降り注いでいた。

 絵の具で染めたような鮮やかな青空に、白い雲。空気も澄んでいるのか、普段は見えないような遠い山々や浮遊大陸まで見渡せるぐらいだった。


 バサバサ、と風をきる音に目を向ければ、大きく翼を羽ばたかせて空を舞う竜の姿。

 陽の光を浴びてキラキラと鱗を青く輝かせているのは、空竜スカイドラゴンと呼ばれる飛竜だろう。


 牛より大きな――ちょっとした家ぐらいはありそうな巨体だが、空を舞うその姿は俊敏そのものだった。

 時折、空気を震わせるような鳴き声を上げながら、まるで自由を謳歌するように青々とした空の中を飛竜は飛び回っていた。


「おおー、立派な空竜だな」

「へへー。そうでしょう、そうでしょう。ウチの竜舎で一番大きいんだよ、あの子」

 俺が飛竜の威容に思わず感嘆の声を漏らすと、一緒に飛竜を見上げていたカレンちゃんが得意げに胸を張った。

 カレン=ラザフォード。この竜牧場の管理人の娘さんで、風と太陽に溢れたこの牧場の中をいつも元気よく駆け回っている。

 ハイウインド王国に多い綺麗な金髪を後ろに束ね、動きやすそうな薄緑のシャツとズボンという出で立ち。よく日焼けした肌の色と相まって、15歳という年齢よりも少し幼い印象を受ける娘だった。


「雷火らいかちゃんも、いつかはあのぐらいの大きさになるのかな? アルフさん」

「どうかなあ、そうなると凄いけどね」

 薄く青みがかった目で見上げてくるカレンちゃんに、俺は軽く笑って答えながら、目の前の愛竜に目を向ける。


「どうなんだ雷火。お前もあそこまで大きくなるのか?」

「きゅー?」

「あはは、わからないって言ってる。雷火ちゃんは可愛いなー、もう」

 俺の問いかけに、子犬か、と突っ込みたくなるほど可愛らしい声で応じたのは、羽竜フェザードラゴンの雷火。

 全身を白い羽毛に覆われており、その外見は全身を鱗で覆われた鱗種スケイルドラゴンよりも、鳥やグリフォンに近い。実際、この雷火も仔馬ぐらいの大きさなので、時々白いグリフォンと間違えられる。


 ただカレンちゃんにクシャクシャと頭を撫でられて気持ちよさ気に目を細める雷火を見ていると、グリフォンというよりも、仔馬ポニーに近い気がしてならない。

 もうちょっと竜としての威厳があってもいい気がするのだけれど……。


「……お前が威厳とか迫力を身につけるのはいつごろなんだろうね? 雷火」

「きゅー?」

 俺の問いかけに、雷火が再度小さく首をかしげる。その仕草は確かに愛らしくて、俺も思わず小さく笑ってしまった。


「まあ、無理して大きくならなくてもいいか。お前は」

「そうだよ、そうだよ! 雷火ちゃんは今のままでいいよね。可愛いもん」

「きゅー」

「でも、やっぱりもう少し育ってくれたほうが……」

「だーめ。雷火ちゃんは可愛いままがいいの。ね?」

「きゅー」

 やけに雷火を気に入ってくれているカレンちゃんに、俺は軽く肩をすくめてから視線をまた空へと向けた。


 降り注ぐ日差しを背景に、黒々とした影を落としながら舞う大きな空竜。全身を覆う鱗と、その背中から生える巨大な羽は、いかにも竜という風体で見ていて頼もしい。

 一般的に飛竜と言えばああいった鱗種を指し、雷火のような羽毛種はあまり見かけない。


 鱗種は体が大きく、力もあるため、輸送や護衛任務の多い「竜使い」に好まれるからだろう。火竜、氷竜といった口から炎や氷の咆哮ブレスを吐き出す有名な種族も、この鱗種に属する。

 雷火のような羽竜は体が小さいため、輸送業務や戦闘などにはあまり向かない。

 ただ体に秘めた魔力の量が多いため、鱗竜では活動が困難な濃い魔力雲の中でも支障なく飛行できる。そのため『異界』と呼ばれる辺境の地の探索や冒険を行う「竜使い」には、こちらの種が好まれる――のだが。


 ただ、そもそも異界に行こうと言う物好き自体が少ない。

 加えて、羽竜自体の個体数が少なく、捕獲・飼育が難しい、といった事情もある。そういう理由が重なって、どうしてもこういった牧場で飼育される竜の殆どは鱗種になる。実際、この牧場で羽竜は俺の雷火だけだ。カレンちゃんが雷火のことを特に気に入ってくれているのは、羽竜が珍しいから、という理由もあるのだろう。


 ただ俺は別に異界探索を生業にしているわけじゃない。普通に輸送・護衛の仕事を請け負うことも多いので、もう少し雷火で運べる貨物量が増えてくれると助かる。


「ということで、ご飯をいっぱい食べるんだぞ、雷火」

「もー、だからダメだって。いいじゃない小さいままでも」

 頑なに雷火の可愛さを優先するカレンちゃんだった。この娘も俺の肩までぐらいの身長しかないから、ひょっとして小柄の雷火に仲間意識があるのかもしれない。


「……今、私のことも小さいって思ったでしょう。アルフさん」

「思ってないよ?」

 雷火との身長差を見比べていた俺に気づいたのか、カレンちゃんが頬を膨らませて非難の声を上げた。


「嘘。わかるもん。なんか見下すような視線だったもん」

「それは流石に被害妄想だ」

「もう! そんなアルフさんは、輸送なんてやらないで異界探索者をやればいいんだよ。だったら雷火ちゃんが可愛いままでも困らないでしょう?」

「困るわ! というか、どうして俺が異界探索なんて危ない真似をしないといけないんだよ」

「だって儲かるんでしょう?」

「そりゃあ、上手く行けばね」

「だったらいいじゃない。カッコいいじゃない、異界探索者アルフ=クリフォード」

「格好いいかなあ」

「カッコいいって。『異界探索者アルフ=クリフォード、暁に死す』とか。ほら、カッコいい」

「勝手に殺さないでくれるかな!」

「でも異界って危険だって聞くし」

「だから、行きたくないんだってば」

「あ、雷火ちゃんを危ない場所につれていっちゃダメだよ?」

「雷火が居ないとそもそも異界にいけないだろうが。どうしろと言うんだ、君は」

「わ、きゃー!」

 もはや言いがかりの発言が増えてきたカレンちゃんの頭をワシャワシャと撫で回す。


「もう、いきなり撫でないでよ、もう!」

「きゅー」

 頭を撫で回されてどこか嬉しそうにはしゃぐカレンちゃんと、それにつられて鳴き声を上げる雷火。

 そんな二人の賑やかな声を聞きながら。


 ――まあ、もうそんな危ない所(異界)なんかには行かないよ、と。


 と、しみじみと俺は胸の中で誓うのだった。

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