部屋にオカマの霊がいます
大澤めぐみ
部屋にオカマの霊がいます
リターントゥティファニーのハートのブレスレット。
シルバー925。
いわゆるスターリングシルバー。
要するに、銀が92.5%で残りをほぼ銅で割ってあるって意味。
ところが、ティファニーのスターリングシルバーはなんか特殊な配合があるらしくて、微妙に希少な割り金を使っていて輝きが一味ちがう、とかいう話もあったりする。
でも、たぶんハッタリだと思う。
まるで液体のようにヌルヌルつやつやとした光沢を放っているのは、たんに研磨剤を何番まで使ってどれだけ入念に磨き上げるのかっていう問題。
しかも、この嘘くさい白みの強い輝きはロジウムメッキがかかっているだけで、表面の光沢はシルバーの地肌じゃない。
つまり、ティファニーの仕上げじゃあない。
とはいえ、別に偽物っていうわけでもなくて、ざっくばらんに言うと中古品。
おそらくは質流れ品。
それをどこかの業者が再研磨して、ロジウムメッキでお手軽にヌルヌルつやつやの光沢をつけて、新品同様! って触れ込みで売りに出したやつ。
それをユザワヤかどっかで買ってきたやつ。
最近じぶんの部屋で寝るとめちゃくちゃ金縛りにあうので、いい加減うんざりして金曜の夕方に仕事が終わって一旦帰宅するやいなや、荷物をまとめていっくんの部屋に避難してきた。
いっくんっていうのはわたしの彼氏。
いわゆるダーリン。
マイスイートハート。
のはずなんだけど、最近わりとダラダラなーなーになってきていて、どうせ部屋でご飯食べてお風呂入って、適当にブルーレイでB級映画でも見ながらなんとなく成り行きでセックスして寝る展開。
今はその第二段階で、ご飯食べ終わってわたしはお風呂から出たところ。いっくんはお風呂入ってるなう。
わたしは髪の毛を乾かすために持参したナショナルのマイナスイオン(何?)ヘアドライヤーをコンセントに繋ごうとして、ベッドの下に蹴り込まれている延長コードを引っ張り出したところ。
引っ張り出したところで延長コードと一緒に出てきたリターントゥティファニーのハートのブレスレットに気が付いたところ。
ブレスレットがユザワヤかどっかで買ってきたセコいセコハン品で、そういやサエコもセコいセコハン品のリターントゥティファニーのハートのブレスレットを着けてたなあって思い出したところ。
つーか、これサエコのやつじゃん。
ハート型のプレートのプリーズリターントゥティファニーアンドコーニューヨーク925って文字の彫りのところに、サエコがつけていたのとまったく同じ、引っ張ったような溝がうっすらと入ってしまっている。
これ、再研磨する時に力づくでバフに当てちゃうとこういうことになるの。三流の仕事だなぁ。
サエコはこれなんだっけ、彼氏のマーク=フランクに貰ったとかでめっぽう大事にしていた気がするけれど、いやマーク=フランクってなんだよ。お前らまず意志の疎通が大してできてねぇじゃねぇかよ。
サエコは高校の時から飛び抜けて英語がサッパリだめで、わたしがどれだけ我慢強く教えても、そもそもSVO型の言語という概念が理解できないらしくて、一生ルー語のまま。
なのに、ノリとバイタリティもまんまルー大柴だから、なんやかんやでルー語で積極的に外人に絡みに行くアクティブ派。
それで、カタコトのルー語でお付き合いするところまで行っちゃう向こう見ず。
ちなみに、実際の告白のシーンではわたしがお互いの言っていることを通訳した。
マーク=フランクはユーに俺のステディになれよと言っています。マーク=フランク、サエコは喜んでと言っています。
おいおい、そんなことで今後もやっていけるのか?
まあでも、たとえ相手が日本人だろうとサエコが彼氏とちゃんと意志の疎通をしていた試しなんてないか。
どうせ、好きか嫌いかぐらいしか評価軸がないのだから、アイラビューだけ分かれば充分って話もある。なるほど合理的だ。
ところで、なんでいっくん、つまりわたしのカレピッピ、のベッドの下にサエコのリターントゥティファニーのハートのブレスレットが落ちているのか、それが目下の問題だ。
サエコがマーク=フランクに貰ったやつ。
ちなみにマーク=フランクはマーク=フランクのひとまとまりが下の名前で、マーク(名)フランク(姓)じゃない。
ニックネームはマルコ。
ヴィン・ディーゼルみたいなクドイ顔のモリモリマッチョメリケン野郎で、熱いハートとドープなフロウとボディアンドソウルがどうたらこうたら。まあ、図体のわりに中身のないやつ。
いや、マーク=フランクの話はいいよ、サエコのリターントゥティファニーのハートのブレスレットの話だよ。
サエコのリターントゥティファニーのハートのブレスレットが、なんで市岡(呼び捨て)のベッドの下に落ちてるのかって話だよ。
ていうか、分かるけどさ。わたしもアホじゃないんだから。
うーん、こりゃ髪の毛を乾かしている暇はないな。とりあえず予定変更。
完全に寝るモードだったTシャツと短パンを脱いで、ブラつけてジーンズとセーターを着る。
濡れたままの髪の毛はとりあえずバスタオルをターバンみたいに巻いて中に仕舞う。
フランフランで買った吸水性抜群のもこもこふわふわバスタオルだから、なかなかのボリューム感でだいぶ異様だけど、真顔で宗教上の理由とか言っておけばどうにかなるでしょ。各人の信仰の自由は尊重されるべきだ。
脱いだTシャツと短パンも畳んで、持ち物を全部カバンに詰めてジッパーを閉めて、準備万端でその隣に正座をしたところで市岡が「ああ、さっぱりした~~」 とか言いながら、上半身裸のままバスタオルひっかけてお風呂から出てきたので、わたしは「これ」 って言って、リターントゥティファニーのハートのブレスレットを釣り上げた魚みたいにぶら下げて突き出して見せる。
「なにそれ」
「ティファニーのリターントゥティファニーのハートのブレスレット。シルバー925。いわゆるスターリングシルバー。これはユザワヤかどっかでマーク=フランクが買ってきたセコいセコハン」
「うん?」
「サエコのやつ」
「あっ……」
はい、ギルティ。
もう顔でギルティ。いや、そりゃブレスレット見つけた時点で知ってたけど。
「は~~~~~~~~??????お前なに考えとんじゃ!!!!浮気もそもそもアカンけどお前サエコはわたしの高校の時からの友達でしょうが!!!な~~~~~に彼女の親友と寝とんじゃお前は~~~~~~~~~~!!!!!!!!!」
「いや、違うこれは」
「違わんやろがお前これお前な~~~~!どっからどう見てもサエコのブレスレットやろこれお前!見ろ!分かるか!ここンところな!?ここンところのティファニーの文字の彫りのふちっこのところに再研磨の時にバフで引っ張っちゃった跡がついてるやろ???? これな、サエコのやつ!!!! 間違いなく世界にひとつしかないサエコがマーク=フランクに貰ったユザワヤかどっかで買ってきたセコいセコハンのやつ!!!!!!」
「聞いてくれ、そういう予定じゃなかったんだ。ただ会社帰りにたまたま会って、ちょっと飲みに行こうかみたいな話になって」
「知るかボケ~~~~~~!!!!!」
ボカーン! って、手首をクルっと返してリターントゥティファニーのハートのブレスレットを拳の中に握りこんでグーパンする。
自分でもビビるくらいに綺麗に顎にヒットして、脳震盪でも起こしたのか市岡は「あっ……」 って言ってそのままヘナヘナって崩れ落ちちゃったから、わたしは即座に荷造り完了済みの鞄を持って部屋を出る。
出ようとしたけどやっぱりまだムカついてたから、もう一発蹴りを入れてから部屋を出る。
ガンガンガンってド派手な音を鳴らしながら、鋼鉄製のアパートの外階段を駆け下りる。
とはいえ、流石に風呂上り直後のすっぴん濡れ髪巨大もこふわバスタオルターバン踊るマハラジャスタイルで電車に乗って自宅まで帰るのは流石に厳しいので、仕方なくタクシーを拾う。
ここからタクシーで帰るとわりと手痛い出費だけどまあ仕方がない。
ついついブッキラボーな感じでポイと投げるように行先を言ったら、タクシーの運転手はグッと親指を立てて「オ~イエ~オ~ライッレッツゴ~♪」 っつって、レッツゴーじゃねえよ。別にカタコトなわけじゃねえし。
ちょっと独創的なファッションしてはいるけど日本人だよ。
ていう展開で、仕方なしに自分の家に帰ってドアを開けたら「あら~~~、どうしたのそんな象に踏まれたみたいなショボくれた顔しちゃって。随分と早いおかえりじゃない? 泊まってくるんじゃなかったの? あ! 彼氏のベッドの周りで浮気の証拠でも見つけちゃった?」 とオカマが出迎えてくれる。
いや、お前どんだけ勘がいいんだよ。
ていうか、やっぱりまだ居たのかよ。
オカマって言ってもすっぴんにヘアバンドで前髪上げて、ピンクのタンクトップに白の短パンってスタイルで固定だから、ただのオカマ口調の細マッチョ兄貴だけど。
ちなみに霊である。
いわゆるゴースト。
メイビー地縛霊。
先週くらいから、ずっとわたしの部屋に居座っている。
玄関先に鞄をドサっと下ろして、ターバンにしてたバスタオルを解いてダイニングの椅子に座る。1DKの6畳+6畳間。このへんにしては、そこそこ頑張っている広さの間取り。
したがって、お家賃もまあそれなり。わたし地べたの生活ってどうしても耐えられなくて、椅子とテーブルは絶対にほしいから、そうなるとやっぱりワンルームではちょっとキツイ。
ダイニングテーブルはイケアで買ったダークブラウンのやつで、傘がかわいい暖色系の照明によく合う。
せっかくインテリアとか頑張ってお気に入りの空間を作り上げたのに、今じゃなんでかイケアのダークブラウンのダイニングテーブルの向かい側がオカマの霊の指定席。
名前はアッコ。
根が明るくて、サバサバ系の気の良いナイスガイなのがせめての救い。
ナイスガイじゃないか、ナイスオカマ?
「これ」 って言って、そのまま勢いで握りしめて持って帰ってきてしまったリターントゥティファニーのハートのブレスレットをイケアのダークブラウンのテーブルに投げ出すと、アッコは「あら、こんな安っぽいの、アンタの趣味じゃないわね。どこの馬骨?」 と一瞬で察しやがる。まったく勘がいい。
「サエコっていうわたしの高校ン時からの友達のやつ。カスのベッドの下に落ちてた」
「あら^~~、よりにもよってマブダチってわけ? そりゃあそんな象に踏まれたみたいなショボくれた顔にもなるわよね。どうする? 飲む? 飲みなさいよ。飲んだほうがいいわよこういう時は。付き合うから」
付き合えねえじゃん。アンタ霊じゃん。実体ないから飲めないじゃん。まあいいや。
「あ~ちくしょ~! しゃ~ないな! 飲むか!!」
「そうよ! 飲みましょ! 飲まないとやってられないわよ!」
冷蔵庫から、緊急時用に常備してあるエビスビールの350缶を出す。
緊急時というのは、つまり今のこういう状態のことであって、まあこういう事態も想定して普段から備えているってわけ。備えあれば憂いなし!
憂いあるよバカ!
自分用に、デュラレックスの強化ガラスタンブラーと、ちょっと考えてからアッコ用にシンプルなロックグラスを棚から出す。
ロックグラスに半分目くらいにエビスを分けてあげて、アッコの霊の前に置いてあげる。
お供えする? みたいな感じ。
自分のグラスに残りを注いで 「はいはいお疲れさま~~!」 と、アッコと乾杯する。って言っても、アッコは普通に霊だから、グラスを手に持ったりはできないので、わたしが勝手にロックグラスにタンブラーをカチンと当てるだけなんだけど。
これ、他の誰かにもアッコはちゃんと見えるものなのだろうか。わたしにしか見えてないとしたら、客観的にはだいぶヤバい人だよね。
「それで? なにがどうなってアンタの高校以来のマブダチとアンタの彼氏がアンタの彼氏の家で寝る展開になるわけ?」
「いや、わたしも知らんけど。言い訳も聞かずに顎にグーパンして出てきちゃったし」
「その状況でも冷静に顎狙いに行くところがアンタらしいわね」
「あと崩れ落ちたところで腹に蹴りも入れて来た」
「手慣れ過ぎじゃない? なに格闘技でもやってたの?」
「いや全然。イメージトレーニングの成果です」
「普段からどんな想像してるのよアンタ。暴力的ね~~」
なんか誰かに対してムカつくことがあったら、そいつを殴り飛ばすところをなるべくディティールまで詳細に想像することで、わりと気分がスッキリしちゃうところがあって、でも、そのおかげで実際の暴力を振るうことは滅多にないわけだから、それを暴力的と言われるとちょっと違うんじゃないかと抗議したい気持ちもないことはない。
しかし、やっぱり普段からディティールまで詳細にイメージトレーニングを重ねておくと、いざという時でも意外と身体は動くものなのだなあと自分でもビックリである。
刃を抜かないためのイメージトレーニングなのだけれど、抜くべき時には迷わず抜くためのイメージトレーニングでもあるってわけで、武士道とはイメトレと見つけたり←結論。
「でも、全く知らない仲でたまたま偶然にアンタの彼氏とアンタのマブダチが寝たってわけでもないんでしょ? アンタがどこかで引き合わせたの?」
「あー、うん。付き合いたての頃にサエコがわたしの彼氏を見たいっていうのでダブルデートてきなやつをしたことがあるから」
「なに? サエコってのがアンタの彼氏を見たがってたの? それってひょっとして計画的犯行なんじゃない?」
「いや、たぶんサエコのほうはそういうのではないと思う」
普通に頭スッカラカンの尻軽なだけで、わざわざわたしの彼氏を寝取るためにダブルデートを持ちかけて面識を作っておくとか、そういう策略じみたことを発想するタイプじゃない。
ていうか、そういった長期的な計画性とか皆無で昔っからその瞬間瞬間に生きているから、たぶん狙ってやろうとしたところで能力的に無理だと思う。
ちなみに、ダブルデートした時のサエコの彼氏はまだマーク=フランクじゃなくて普通の日本人のアンチャンだった。
ラテン系のノリで外人みたいなクドい顔したヤツだったけど。やっぱ傾向的にはそういうのが好きらしい。
市岡はぜんぜんそんな系統じゃないから、サエコのほうもマジ狙いってわけじゃないだろう。
酔ってのうっかり事故みたいなやつっぽい。
「しっかしな~、どうしてくれようかな~わりとマジで」
「どうするってなに? どうにかするわけ?」
「え? だって普通にどうにかはしないといけなくない? 完全にケジメ案件でしょ」
「でも、もう殴って帰ってきちゃったんでしょ?」
「女の細腕で殴ったぐらいのことで、おあいこってことはないでしょ」
綺麗に顎を横に振ってやっただけだから、脳震盪さえ収まればダメージなんかほとんどないだろうし。あんなのはなんていうのか、手付金みたいなモンだ。本番はこれからだ。
わたしは腕を組んでウンウン唸ってから 「うーんと、慰謝料とかそういうの……?」 と提案してみる。
「無理じゃないかしら? 普通に付き合ってただけで別に婚約とかしてたわけでもないんでしょ? 法律的には赤の他人だもの」
アッコの返事はつれない。掌を下に向けて左右に振る。たぶんダメダメのリアクションだと思うけど、どっちかっていうと、ちょっとDJDJな雰囲気。デュクデュク←スクラッチ
「法律~、法律かぁ~それは考えたことなかったなぁ。ていうかアッコなにそういう法律とかに詳しいわけ?」
「そりゃオカマだもの」
アタシたちオカマの一番辛いところは、パートナーとそういう法律的な約束を結ぶことができないってところだもの~、なんて、なんかわりとヘビーな話。
ああ、そうか。オカマだって恋愛くらいするだろうけど、相手が男だと結婚はできないんだなぁ。
「それに、仮に慰謝料としてナンボかを貰ったとしてさ、それでアンタは元の鞘に収まる気があるわけ?」
「は? 無理ムリむり。そんなの無理に決まってるじゃん」
お金で維持する人間関係とか無理すぎる。それはもうとっくに破綻しているってことでしょ。って言ったらアッコが露骨にムッとなる。
あ、なんかの地雷を踏んだっぽい。
でも、怒るでも言い返すでもなく、グッと飲み込んで話を流している感じがあって、ああ大人だな~って感じ。
わたしもたいがいガサツだけど、わりとそういうのは雰囲気で分かる。
せっかく聞き流してくれてるのに、わたしのほうからソレを蒸し返すのも難だから、ごめんしてねって心の中で謝る。
「じゃあ、慰謝料は毟るしヨリを戻す気もないって話? やめておいたほうがいいわよ。余計にめんどくさいことになるだけじゃない」
とはいえ、やっぱりちょっとイラついたのか、アッコの辛口具合に拍車がかかっているな~って思って見てみたら、なんだか顔がちょっと赤い。
アレ? ひょっとして酔っているのか。
適当にお供えしただけのビールがちゃんと効いているっぽい。意外とテキトーだな霊。
わたしが 「えーっと、じゃあどうする。目には目を歯にはハニワ王」 とかグズグズ言っていたら 「なに? 浮気されたから浮気しかえしてやるとかそういう話?」 と、アッコが聞いてくる。
「だって、やっぱそれが妥当じゃない? やられたらやりかえすのが筋でしょ」
「でも、浮気しようと思ったら一度ヨリを戻す必要があるわよ」
「ああ~~~~」
そりゃそうだ。彼氏が居る状態で別の男と寝るから浮気なのであって、カスを放り出して別の男と寝たって、そりゃ単に新しい男作ってるだけのことだもんなぁ。そりゃ難儀だ。
アッコ頭いいな。頭いいよ。よし飲むか!って、わたしは冷蔵庫から新しいエビスを出す。
アッコのビールももうぬるくなってるだろうなって思って取り換えてあげようとしたら、なんかが変。
そんなに置いたわけでもないのに、もう炭酸が出てないし、鼻を近づけてみてもあんまりビールの匂いがしない。
アルコールがとんでる?
やっぱ、なんらかのなにかで霊的に飲んではいるみたい。古いビールをシンクに捨てて、また新しく注いで置いてあげる。
「え~、じゃあもう泣き寝入りするしかない感じコレ~。やだやだ納得できな~い!」
「まあ、単になにかダメージを与えてやりたいってだけの話なら、どうにかやりようがないわけじゃないけれど。そいつの人間関係一帯に知れ渡るように言いふらして歩くとか」
「あ! すごい! アッコ冴えてるじゃん! それだ~それで行こう。落とせるだけ評判を落としてやろうそうしよう」
「やめときなさいよ。そいつの評判を落とすだけならいいけど、かわりにアンタ自身の品格も落とすことになるわよ」
「ええ~ 品格? 品格ってなんだよ~~?」
アッコ冷たい。冷血。まあ血が通ってないんだから冷血もクソもあったもんじゃないけれど。
「じゃあどうすればいいって言うのよ~、なんか泣きたくなってきた」 ってわたしが言うと、アッコは 「あら、やっと泣きたくなってきた? じゃあ泣けばいいじゃない」 なんて、サラリと言う。
「アンタね、その怒りで全部を誤魔化そうとする癖、やめたほうがいいわよ」
「別に……誤魔化してるわけじゃないけど」
わたしはなんだかドキリとしてしまって、ついつい声が小さくなる。
「そうやって、次から次とやるべきことを詰め込んでいけば悲しまなくて済むから楽なのかもしれないけどね。誰を騙したっていいけれど、自分に嘘をつくようになったらダメよ」
と、アッコは頬杖をついて、もう一方の手でスイっとわたしのことを指差す。
「アンタはいま怒っているんじゃなくて、傷付いているのよ。アンタにいま必要なのは、そうやって先のことをアレコレ考えることじゃなくて、休息なの」
アッコにピッと指差されて、わたしはその指先をじっと見つめたまま、なんでか知らないけれど、ボロボロボロボロと泣いている。
泣いている自分に気が付く。
「涙ってね、心の水洗いみたいなものなのよ。泣くべき時にちゃんと泣いておかないと、心にギトギトした油汚れが溜まって、取返しのつかないことになっちゃうわよ」
許せないなら許せないで復讐の計画を練るのでもいいし、仕返しの方法を考えるのでもいいけれど、そういうのはまずちゃんと泣いて悲しんで、しっかり休んでからにしなさいって、アッコが言っているのが聞こえる。
わたしはイケアのダイニングテーブルに突っ伏して、ううう~って、声を出してボロボロに泣いている。
でも、悲しくて泣いているはずなのに、声を出して泣きながら、なんでだかわたしの心はすごくクリアに澄んでいる。
そうか。なんだかんだ言って、わたし、彼氏に浮気されてちゃんと悲しかったんだなって、なんだか自分で驚いている。
変な言い方になっちゃうかもだけど、そうやって悲しくて泣いている自分自身を愛おしく思っちゃうような気持ちが沸いてきている。
なんだ、意外と女の子じゃん。わたし。
わたしがブワブワ泣いている間、アッコは黙って向かいに座っていてくれて、なにをしてくれるでもなくなにを言うでもなくただ座っていてくれて、幽霊のくせして妙な存在感があって、それがとても心強くてわたしは安心して泣いていて。
ひとしきり泣くだけ泣いたらすごくスッキリしちゃって、水に沈んでいくみたいにごく自然に眠りに落ちる。
自分でベッドに移動したような記憶があんまりないのだけれど、ふとした瞬間にベッドに横になって寝息を立てている自分に気付く。
まあ、アッコは霊だから、わたしを移動させたりできないはずだし、いつのまにか自分で勝手にベッドに行ったんだろうけど。
ああ、いいな。
スッキリして安心して、グッスリ眠れるのって、すごくいいなって。
そう思った矢先にめちゃくちゃ金縛りにあった。
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