第4話 ‐愛しい夜‐ ~トラブリング・ダウン・シャドウナイト~【後編】




 まだ本調子ではない癖に、おしゃべりを続けようとするナズナを、病室に押し込めて、あたし達は、進藤の潜伏先の診療所に戻った。


「それで、明日から実験がはじまる。双子坂くんも、協力してくれるね?」


 進藤が、ホットココアをもってきて、こう語りかけた。


「協力もなにも、僕達の体のことですから。進藤教授こそ、ご協力、感謝します」


「相変わらず、堅苦しいな。もっとリラックスしたまえ。君は、コーヒーでいいかい?」


 双子坂にはコーヒーを手渡すと、進藤はソファーに、腰を下ろした。


 チカが、なぜか少し不機嫌そうに、口を開く。


「今日、双子坂の女に会った。思った通り、雷門がみえるらしい。裏も取れた。双子坂の鵺(ぬえ)ウイルスが、定期的に減少するのは、そいつに、鵺を弱らせる能力があるためだ」


「ああ。その通りだ。鈴原くんの力には、僕も以前から注目してね。彼女を鵺ウイルスに感染した、施設の子どもと接触させる試みを秘密裏にしていたんだ。ただし、体の負担を考え、今は中止している状況だけどね。彼女について、他に何か、知っていることはあるかい?」


「ああ。そいつは、古ぼけた神社の跡取り娘だ。没落したとはいえ、もとは平安時代から続く、退魔筋の名家だ。霊を視認したり、悪霊を祓うのは、造作もないことらしい」


「ただし、今の彼女はかなり不安定だ。実験から外してもらいたい」


 双子坂は、コーヒーには口をつけないまま、チカの言葉を引き継いだ。


「もちろん、無理強いはできない。だが、千夜とナズナくん、このふたりには、鵺と、よくよく縁があるようだね」


「いまいち、腑に落ちねえけどな。進藤、双子坂、お前らは、千夜の家族を知ってるか」


 チカが、ふたりを振り仰ぐ。


「ああ。飲酒癖のある無職の父と、失踪中の母と、数年前まで三人暮らしだったと聞いたよ。親戚とは、あまり折り合いがよくなく、顔もめったに合わせないらしい。だが、それ以外は、普通の家庭で、先祖も、取り立てて何かあるわけでもないとか」


 双子坂は、そこまで言い切ると、やっとコーヒーに口をつけた。


「聞けば聞くほど、謎が残るね。むしろ、ここまでなにもないと、怪しいぐらいだ。僕には、意図的に何か隠されていると感じるよ」


 進藤が、双子坂の話を引き継ぎ、双子坂が、うなずいた。


「同感です」


「……ちょっと待て」


 あたしは、割り込むように口をはさんだ。


「あたしになにか、秘密があるって? そんなの、おかしいだろ。だってあたしは、普通に育ってきて、確かに、ママはいなくなったけど、それはきっと、あたしや親父に、愛想をつかしたからで、お前らが言うようなことは、なにもない!」


 いまにもソファーを立ち上がり、怒鳴りだす、とでもと思ったのか、チカが、あたしの手を、ぎゅっと握って制した。


「悪い。目の前で、べらべら言うことじゃねえよな。お前が怒るのも、無理はねえ。ただ、ここではっきりさせておかねえと、お前の身になにか起きた時、対処できねえ。お前のいないところで、こそこそ密談するような真似も、したくねえしな」


『同感だ。それに、俺は、どうもきなくせえ波動を感じてる』


 それまで、だんまりだった雷門が、いきなり口を開いた。


 驚いて、振り向いたあたしに、雷門が、不機嫌そうに言う。


『お前の体には、なにかある。実験でそれは、明らかになるだろうが、それ以前に、なにか得体のしれない因果の糸が、見え隠れしてやがる。ひょっとしたら、千夜。お前が思う以上に、お前の存在は、ばかでけえのかもしれねえ』


——俺たちにとっても、世界にとっても。と雷門は、顔をしかめ、腕を組みながら、締めくくった。


「そんな……そんなこと、あるわけねえだろ……っっ」


 ぎゅっと握りしめた、あたしの拳の上から、チカは優しく、掌をかぶせた。包み込むような、そのぬくもりに、すこし救われた気がして、あたしは憤(いきどお)りをこらえた。


「いずれにせよ、明日の実験次第(しだい)だ。千夜、今日は、進藤の診療所に泊まっていけ」


 チカが、あたしをみつめながら、その手に力をこめた。


「でも」


「大丈夫、オレ達も泊まってやるから」


 どうせ、オレも宿ねえし、とチカは、あっけらかんと続けた。


「推奨(すいしょう)はしないが、許可しよう。君は、水図(みと)くん同様、施設の人間に狙われている。今のところ、ここが一番安全だろう」


 さあ、夕食にしよう、と進藤は締めくくると、キッチンへと向かった。


 なにを作るかと思い、雑談をしながらしばらく待っていると、持ってきたのは、人数分のカップラーメンだった。


「おっ、うまそう」と、さっそく手をつけようとする、チカをよそに、あたしは静かに、肩を震わせた。


「……進藤」


「なんだい、せっかく作ったんだ、君も食べたまえ」


「――なんだよ、これ」


「なにって、夕食だよ」


「……そうじゃねえだろ! なんだよ、この粗末な食事! こんなの、メシじゃねえだろ!!」


 あたしは、ぷりぷりとしながら、台所に立った。

 幸い期限間近の卵と、野菜と肉があったので、手早くフライパンで炒めていく。


「千夜、お前、料理作れたのか」


 ひょい、とつまみ食いしようとしてきた、チカの手をはたき、あたしは具材をひっくり返した。


「炒めるだけだろ。ママはもういねえし、クソ親父は面倒くさがるし、あたしが作るしかなかったんだよ」


 だから、簡単なやつなら一通り出来る、と再び、ひっくり返しながら言った。


「僕も手伝うよ」と双子坂が、台所に入ってきたので、サラダと味噌汁、つけあわせを頼んだ。


「じゃあオレ、味見するわ」とチカがまた手を伸ばしてきたので、「お前は邪魔だから、おとなしく座ってろ」と客間に追いやった。


「僕は、なにをすればいいのかな」と、居間兼客間に座ったままの進藤が、声をかけてきたので、


「お前はチカと、カップラーメン食ってろ。これからメインの料理が来るから、そこそこにしろよ」


 と、切って捨てた。




 夜は更ける。

 あたしの隣に川の字となって、眠るチカが、身じろぎをする。


「……ん」


 あたしの手とつないだまま、あられもない格好で、寝返りを打つチカを眺めながら、あたしはふと思った。


 この時間が、いつまでも続けばいい。


 あたしのカラダのこととか、隠された事実があるとかないとか、不安材料はつきない。


 でも、それでも今、あたしのとなりには、こうしてチカがいる。

 あんなに会いたくて、会いたくてたまらなかった太陽が……こんなに近くに。


 その頬に触れようとして、ためらった。

 チカの手がのびて、あたしの腕を掴んだからだ。


 どくん、と心臓がはねて、チカの顔を、まじまじとみつめたが、


「ん~、ホイコーロー、まーぼーどうふ……」


 と、むにゃむにゃ口元をゆるませるチカは、どうみても、熟睡(じゅくすい)していた。


 少しほっとしたような、残念な気持ちを抱えながら、あたしは瞼をとじた。


 こいつと一緒なら、どこまでも行ける。

 なぜだか、そんな気がして。




 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ぱちり、と目を開けると、オレは、千夜の腕を掴んだまま、枕もとに近づいた。


 千夜は、ぐっすりと眠っている。


 どんな夢をみているのか、時々うなりながら、歯をぎりぎりと、食いしばっている。


 その無防備なまぶたに、キスを落とすと、オレは、その布団にもぐりこみ、長く、柔らかい髪をすいた。


 まもなく、眠気がやってきた。

 オレは千夜の胸に、顔をうずめると、その体を柔らかく、抱きしめた。


 たとえ、朝が永遠に、やってこなくとも。


 こいつと一緒なら、どんな闇も、耐えられる気がして――。

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