‐Ⅱ‐“反逆者”<Beloved Sky>

「ダチ……?」


 あたしはいいかげん、いぶかしげな顔をしていたと思う。


「あんたとあたしが?  ……それ本気で言ってる?」


「ああ。戦友<ダチ>だ。戦う友と書いて。ダチ。なろうぜ」


「いや、なんであたし? っていうかダチってなるもの? もっと段階とかあるだろ」


 思わず真面目に返してしまって、言い直した。


「っていうか、お前みたいなのと仲良くするとか無理だから。他あたれよ」


「お前じゃなきゃやだ」


 チカは真面目な顔で言った。


「――ハァ?!」


「間違えた。お前じゃなきゃダメなんだ」


 ダメ押しとばかりに、繰り返され、思わずうっと喉をつまらせた。


「――意味わかんねーし!!」


(何こいつ、恥ずかしいこと言っちゃってるわけ? 頭大丈夫か!?)


 襲い来る恥ずかしさをごまかすように、怒鳴ったあたしをスルーし、やつは後ろを向くと、おもむろに歩き出し、手をひらりと組んだ。


「とにかく、戦友<ダチ>になって、一緒に戦おうぜ」


「……何とだよ」


「……――世界と!!」


 両手を広げ、振り向いたその晴れやかな笑顔に、あたしの胸はどくんと高鳴った。


なんだこいつ、と思ってにらみつけると、チカは、「いいだろ?」と言って笑った。


 目を細めて、いたずらっぽく首をかしげるその姿に、もういてもたってもいられなくなった。


(――くっそ、なんだこいつ!!)



 なんだこれ。鼻が、目が、全身がむずむずする……! ……顔が熱くなる! 鼓動が早まる!!


(なんなんだよ、ちくしょう……っっ!!)


 突然の嵐みたいな、体の異常に戸惑いながら、あたしは今度は涙目で、もう一度やつをにらみつけた。




……窮屈? ——退屈? ああ、その通りだ。


 あたしはきっと、ずっと待っていた。

 こんな、くそったれな毎日を変えてくれる「なにか」を。


 きっかけなんて、なんでもよかった。


 ただ、認めてほしかったんだ。お前がいい、って言ってほしかったんだ。

 誰でもいい、ただ、誰かに。


 嘘でもいい。ただ、言ってほしかった。

 あたしが必要だ、って。あたしじゃなきゃダメなんだ、って。

 

 なんであたしとそんなにダチになりたいのか、はっきり言って謎だ。

 考えてみれば、初対面のはずだし、こいつに昔、会った覚えもない。


 だいたい、こんなおかしなやつに、おかしな言葉で口説かれて、うなずくやつなんているわけない。


……だけど、なんでだろう。


 あたしはこいつの言葉に、言動に、いや、そんなのを超えたすべてで、動かされていた。


……心臓の音が、聴こえる。


……うるさいぐらい、鳴いている。


早く「イエス」と言えって、全身が、叫んでいる。


あたしは、思わず顔をそむけた。


……チカは、待っている。

 あたしの返事を。


——あたしがうなずく、瞬間を。


 あたしは、チカのほうを、盗み見た。


 やつは、太陽の光を浴びて、信じられないほど、まばゆく笑っていた。


 広げた両手は、大空を翔る真っ白な翼みたいだっていったら、きっと笑われるだろう。

 だけど、あたしは、こいつのその姿に、希望をみた。


——もしかしたら。


 みたことのない世界を、みつけられるかもしれない。

 ……大嫌いな夏だって、好きになれるかもしれない。


 そんなおかしな錯覚は、きっと、暑いからだけじゃない。


 太陽よりもまばゆくて、魂ごと瞳をうばう、こんな笑顔をみせられたら、認めるしかない。


 こいつは、死んだように生きていたあたしに、止めをさしにきた、<晴天の刺客>だって。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 翌日、公園に行くと、チカは「よっ!」と言って手を挙げた。


「昨日の話、考えてくれたか?」


 そう言ってチカは、ててっ、と寄ってきた。


「別に……嫌じゃねえけど……」


 昨日の話、とは友達申請のことだろう。精一杯の「イエス」を言いつつ、顔を背けた。


「マジか! やっぱり千夜ちやは最高だな!!」


――言うなり、なんとチカは、いきなり抱き着いてきやがった!!


「——っっ!?? 何すんだ!!」


 全力で押しのけると、「え、嫌か?」と至近距離で言われた。


——だから近い! 近い!!


「そういう問題じゃなくて!! もっと段階とかあるだろ!!」


「え? いきなりちゅーからか? 大胆だな」


(こいつ何言ってやがる!!??)


「お前の脳内どうなってんだ!! つうかキモい!! 離れろ!!」


 無理やり引きはがすと、チカは口をとがらせて、「ケチ」とか言いやがった。


 やっぱり早まったかもしれない。とんだ変態につかまってしまった。


「つうか、なんでお前、そんなになれなれしいんだよ。昨日はじめて会ったばっかだろ」


「そうだったか?」


 チカは小首を傾げた。


「ボケ老人かよ」


 引きながらつっこむと、チカは、すっ、と表情を変えた。


「……運命だったんだ」


「はあ?」


「——ずっと、お前に会いたかったんだ」


 チカは、澄んだ炎のような瞳で、つぶやいた。


「……今なんて言った?」


 なんか乙女ゲーとか、恋愛漫画みたいなセリフだ。

 あたしは、ぽかんとしながら聞き返した。


「それでも、もう、お前を死なせたくないんだ」

 

 チカの瞳が、ふいに陰(かげ)る。


 風が吹いて、チカとあたしの、長い髪をなぶった。


 その言葉に、聞き覚えがあったような気がして、あたしはぼんやりとその炎のような揺らめきをみつめた。


……やがて、はっとなったように、チカは言い直した。


「いや、違う、そうじゃない。オレはただ……」


 どこか戸惑(とまど)ったような表情で、チカが言ったとき、ざわり、と草木が揺れ動いた。


「…………っ!!」


 チカの目が光った。その目が


「……悪い、千夜、お前はもう帰れ」


 チカは、こちらをみずに言った。


「どうしたんだよ?」


「……みつかった。始末しまつしないと」


「……え?」


「いいか、振り向くな。まっすぐ帰れ。 ——あとは、オレがなんとかする」


「……チカ?」


「じゃーな」


 言って、チカは、まっすぐ、植え込みに向かって行った。


 なんかの特撮の真似事か? と不審に思ったが、どうせ変なやつだと、今までのやりとりで知っていたので、気にせずそのまま公園を後にした。



 翌日、同じ時間に公園にくると、公園内が荒らされていた。

 そこらへんに生えている背の高い草は、ところどころずたずたに引き裂かれていたし、木にはナイフでえぐったような傷が残っていた。


「よう」


 チカは昨日と同じく、気安く寄ってきた。


「おい、その傷……」

 

 あたしは、チカの二の腕を指さした。

 そこには包帯がぐるぐるとまかれ、うっすらと血がにじんでいた。


「ああ、名誉の負傷だ!」

 

 チカは顔に手を当て、変なポーズをとった。


 あたしはほっとした。なんだ、ジョークか。

 きっと暗黒の使者? とかと戦ったという設定だろう。血みたいなのも、たぶん、ケチャップだ。


「バカかよ」


「クックック……、我に死角などない……」


「言ってろ」

 

 話がかみ合っていない。


 まあこいつは、もとからこんなやつなんだな、とあきれたが、この軽口がどこか心地よくて、あたしは気が付くと笑っていた。


 あたしは、放課後に公園に寄るのが、習慣になった。

 チカは、いつ行ってもいた。もはや、公園の亡霊レベルだ。


 さらに、天気予報や当たりくじを、必ず当てたし、なんらかの特技?  予知能力?  的なモノを持っていたりしたら、マンガみてたいですげえな、となんとなく思っていた。


 気になって聞くと、ああ、あれな、とチカは言った。


「わかるんだよな。何月何日の何時何分に、何が起きるのか。……わかるっつうか、オレはぜんぶ、知ってるから」


 その時のチカの瞳はひどく暗く、あたしはぞっとしたが、「なんてな。嘘だっつうの」とチカはケラケラと笑った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 チカは星をみるのが好きだった。

 眠れない夜に公園に行くと、必ずチカがいて、星を見に行こう、と誘った。


 海岸沿いで、あたし達は冷たい風になぶられながら、星を見上げる。

 そんなとき、きまって口数は少なくて、でもそれが心地よくて。


 そんなある日、チカが言った。


「約束なんかいらねぇっておもわねぇ?」

「――なにそれ」

「織姫と彦星」


「――ああ、七夕?」


 あたしは、気のない返事をした。


 運命に引き裂かれて、1年に1回だけしか会えない恋人。



――また来年、会おう。それまで待っていて。私を、僕を、忘れないで。


 そんな、ロマンチックという名の、しみったれた行事。



「そんなんなくたって、会いにいけばいいんだよ。カミサマが邪魔すんなら、ぶっとばせばいい」


「……なにその、鉄拳制裁」


 あたしは、少し笑って、隣に座るチカをみた。


「……鉄拳制裁か。いいな。運命変えてやんだよ。力づくで」


「ふーん……」



「――そしてはじまる、鉄拳交際」


「いや、神様と付き合ってどうすんだよ。織姫と抱きしめあうんじゃないのかよ!」


「それは場合による」


 なにそれ、とあたしは笑った。

 カミサマをぶっとばして、運命をぶんなげる。チカらしかった。


 だから、あたしは気づかなかった。


 チカの押し込めた闇に。チカの、「真実の物語」に。




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